第112話 ダメですか?

 俺だけじゃなくクラッカルまでもが魔王城へ乗り込むなどと言い出したものだからカヌレル国王の狼狽ぶりはそれはひどいものだった。


「クククククっ、クラッカルっ、な、何をいい言いだすんだ!!」


「落ち着けよ国王!」


 いい方な、メル! 仮にも国王様だから……


「お父様、タケル様の情報が確かならばこの国が攻め込まれる危険はありません。幸いこの城と国の外壁には強力な防御魔法が施してあります。私がいなくても暫くは問題はないでしょう」


 クラッカルの言う通りここ何日かは国中の魔道士の力を借りて魔法陣への魔力の蓄積を行なっていた。だとしてもクラッカルがこの国を離れるのはあまりにも危険過ぎる行為だと思われた。


「気持ちはわかるけどクラッカル王女が魔王城に行って戦うなんてのはあまりにも無茶というか……」


 俺は、なるべくやんわりと言葉を選んでクラッカルに話しかけた。頭ごなしに言えばますます意見を曲げない事がこれまでの付き合いでなんとなくわかっていたからだ。しかし、いつもなら国民第一と考えるクラッカルが、こんな考えを主張するなんてらしくないな。


 隣で目を閉じて考え込んでいた、いかにもTHE重鎮というような容貌のヒゲの爺さんが突然目をカッと見開きクラッカルを睨みつけた。


 おそらく王女としての身勝手な意見を諭すに違いない。王女だけでなく国王ですら叱りつける事ができるであろう風格がこのヒゲの長老にはあったのだ。


「ゴホン……」


 長老は、重々しい咳払いをした……この後に紡がれる言葉は、クラッカルを一瞬で黙らせてしまうのだろう。


 ヒゲに手を伸ばしいささか整えるように撫で付けた長老。それはさながら神が世界の地図を書き換えようと思案している様子を連想させる。


「良いかな、クラッカル王女……」


「はい、なんでしょうか? 大賢者メジカル様」


「そこの塩をとってくれんかな」


 おいっ! 塩かよ!!

 ハズレたよ俺の予想……!

 それにしてもこの世界の大賢者にロクな人いないのか!!


 にこやかに塩を渡すクラッカル。どうやらメジカル様はクラッカルに好かれているらしい。


 ううむ、どうにもとぼけた爺さんだ……。


「ところで今の話だとクラッカル王女は、魔王城へ行くようすじゃが大丈夫なのかな、カヌレル王よ」


「はい、大賢者様、私自身は止めたいのですが、なにぶん頑固な娘ですので、どうしたものか」


「お土産はあるのか?」


「あるわけないよ、じじい!」


 いい方! メルっ! ちょいちょいはさむよな、お前っ!


「なにっ! 無いのに行くのか! どうかしとるんじゃないのか! クラッカルよ!」


 あんたがどうかしてるよ! どんだけお土産欲しいんだよ!! これはひどい! ポンコツどころの話じゃないだろ!


「はい、メジカル様。ですが私は、魔王城へ戦いに行くわけではありません。空間移動の魔法の為に一度魔王城へ向かう必要があると考えたのです。ご存知の通り、一度行った場所でないとそこへの転送はかけられませんので」


 クラッカルは、あくまで冷静だった。やみくもに魔王城へ向かおうとしていたわけではなかったのだ。確かに空間移動ができるのであれば兵士達は長い道のりで体力を浪費することなく一瞬で魔王城へ向かうことができる。

 クラッカルが空間移動の魔法が使えるなんて初めて知ったけど……


「じゃが無事に帰って来れるのか? お土産を持って」


 お土産忘れろよ! 大賢者!


「メジカル様、お土産は、ともかくクラッカル王女の安全が第一です」


 ここぞとばかりにグラッサンさんがまくし立てる。理由はどうあれアピールするだけの勝算があるのだろう。


 くいっ!


 グラッサンは、人差し指で眼鏡を吊り上げた。

 更に秘策があるのか眼を細め付け加える。


「もし、王女様を止めるのが無理だと言うならば私の『萌え兵』をお貸ししても良いのですが……」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるグラッサン。


「なにっ! それは本当か! も、萌え兵をか!?」


「ええ、萌え兵です」


 グラッサンが指をパチリと鳴らした瞬間、空間に不鮮明なノイズが入り、少しずつ人の形となり始めた。


 黒い空間に黒い人影……

 コレが萌え兵なのか!?


 やがてそこにゴスロリメイド姿の美少女が現れたのだ。ゆるくウェーブのかかった腰までの長い金色の髪、透き通るような白い肌、深海を思わせるほどの深い青をたたえた碧眼、外見は、ヒナやアリサと同じ頃合いの歳に見える。


「クソメガネの呼び出しによりキュレリア渋々参上しました。まあゴミクズばかりのこの国で私の力に頼りたいのはわかりますがいい迷惑です。ヒゲじじいを喜ばせる気など毛頭ありませんし、ましてやこの場にいることで、そこの筋肉汁野郎と同じ空気を吸うことさえ嫌悪感でしかありません。しかし敢えて言わせてもらう……なら……」


 出てきて早々に流れるような毒舌を展開したキュレリアは、話の途中で俺と目が合い、どうしてだか驚いた顔を見せ言葉を詰まらせた。


 いいように言われた筋肉汁野郎は、ちょっぴりムッとして何かを言おうとしたがもごもごと言葉を押し込めた。このキュレリアって子は、それほどなのかホサマンネンさん!


 ブツブツと独り言を話すキュレリア。少し変わった子なのかもしれないな。グラッサンさんところの部隊らしいし。


「ふふふふふっ、これが私のお掃除部隊、つまり萌え兵の精鋭部隊の筆頭、キュレリアです!!


 くいっ!


 ドヤ顔のグラッサンは、またもメガネを指で押し上げた。ズレていないメガネを上げすぎて今やオデコの位置にある。


「そこの可愛らしい子が、クラッカルの護衛に付くと言うことなんですか? グラッサンさん」


 えっ、という顔をしてもじもじし出したキュレリア。顔をふせてまた、何かボソボソと独り言を始めた。


「イエス、隊長タケール、キュレリアは、出来る娘なんです。彼女の正確さとスピードに追従する者はなく、それに加えて特殊な能力を持っているんです。外敵を掃除するスイーパーとしての能力は、超一流だと断言出来ます」


「お掃除部隊ってそう言う意味だったんですね。キュレリアが強い事は分かりましたが特殊な能力って一体どんな能力なんですか!?」


 くいっ!


「それは、ご自分の目でお確かめ下さい」


 再びグラッサンは、クールな顔でメガネを指で押し上げた。

 もはやメガネは髪の上でカチューシャみたいになっている。リゾートかよ、あんた!

 まあ、あまり特殊能力については、明かさない方が良いと言う考えなのかもしれないな。


 俺は、キュレリアに目線を移した。彼女の華奢な身体のどこにそんな力が秘められているのだろう? 声をかけても毒舌で返って来るんだろうけどひとまず挨拶しなきゃな。


「キュレリア、俺が兵士達の隊長をやってるタケルです。頼りない俺のせいで君に面倒をかけるけど、どうか仲良くしてもらえるかな」


 俺に突然話しかけられて驚いたのかキュレリアの目は大きく見開かれた。


「いえいえいえいえいえいえ、キュレリアは、ちっとも迷惑では……ありません。あ、あのそのタ、タケル様は、に、虹のゆ、勇者様なのでしょうか……あ、いえ、失礼なことを……」


 さっきまでの流れるような毒舌は影を潜め、泣きそうな顔で目をそらしながら答えるキュレリア。

 きっと初対面は苦手なんだな、この娘は。俺がそう思った時、またもメルが口を挟む。


「虹の勇者様の個人情報に関わることなので勝手な質問をしないでもらえるかな、キュルリア! 話しかけるならあたしを通して欲しいんだよ」


 それだともう虹の勇者と認めてるよ、メル。

 特に秘密にしてるわけでもないけど……

 そのメルの言葉に黙っていられなかったのかキュレリアは、光の速さで即答した。


「私の名前はキュレリア、かわいそうにあなたのような脳筋に人の名前を覚える能力は、ないんでしょうけど。忘れないように後で手のひらにペンで書いてあげるわ。虹の勇者様は、直接私と話してるの部外者のダサローブは黙っておいて!」


「ふふ、黒マイタケみたいな服を着ているアンタに言われる道理はないよ。そのダメな口をクリップで挟んであげようか!」


 メルも負けじと交戦するがこれでは拉致があかない。俺はすうと息を吸い込むとワザと声を荒げた。


「ふたりともいい加減にしろ! 今は大事な会議をしてるんだから!」


 我に返ったキュレリアは、目に涙をためて一生懸命謝罪の言葉を述べた。少なくとも俺にはそう思えたのだ。


「あの、ご、ごめんなさい……タ、タケル様……キュレリアは、悪い子でした。本当にごめんなさい。嫌われたくなかったのですが、失敗しちゃった……みたいです」


 目から溢れた涙が頬を伝う……


 ええと、言い過ぎたかな……俺。


「わかればいいんだよ、黒マイタケ!」


 お前は、反省しろよメル!!

 しかもなんで上からなんだよ!


「いや、嫌ってないからキュレリア。だから気持ちを切り替えて今後の事を話し合おう」


「えっ、はい……でも今後のふたりの事は、後で……と言うか……ここでは」


「いや、魔王城の件なんだけど……力を貸して欲しいんだ、キュレリア」


「あ、ああ……そうだった……。はいっ! 喜んでタケル様を護衛致します!」


 ようやく頬を染めながらニッコリと微笑んだキュレリア。守る対象がズレてるけど……


「ちょっと、まったあ!! それはあたしの役目だよ!!」


 手を広げて前し差し出したメル!


「!?」


 俺は、メルの手のひらにペンで何かの文字が書いてあるのに気が付いた。


「キュレリア参上……」


 って、いつの間に書いたんだよ、キュレリア……


 驚いた俺が目線を送ると少しはにかんだ顔を見せるキュレリア。この場の誰もがその動きを追えなかったのだ。


『萌え兵』その尊い力は未だ謎に包まれていた……




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