第101話 虹のてがかり
アリサの父親アレンさんが俺達の世界の人間だった。あちらの世界の人間がいる。その事実は、俺を喜ばせたが同時にガッカリもさせた。アレンさんに会えば有益な情報を得られるかもしれない。しかしアレンさんがあちらの世界に帰っていないとすればアリサの歳を考えると10年以上も帰る方法を見つけられていない、と判断もできるのだ。
「お父さんはイギリスって言う国にいたみたいなんだけどそこにも大きな時計台があったみたいなの、お兄様」
アリサは、いつものような機械的な話し方では無く、本来の自然な話し方に戻っていた。それが嘘や冗談ではない事を物語っていた。アリサは、俺とヒナの驚いた反応を楽しんでいるのか、いたずらそうな笑顔を見せていた。
「ねえ、アリサ、お父さんは自分の世界に戻る方法を知っているのかしら?」
ヒナは、ためらいながらも答えを求めた。俺達がこの世界にやってきたようにシュベルトみたいな一部の魔族が使える次元転移の魔法が存在するはずなのだ。次元を移動する方法はある、だが俺達に可能な手段で無ければ意味がないのだ。
「どうだろう、帰った様子はなさそうだし、もしそうだとしたら『びーる』って言うお酒を持って帰ってきてるはずだから」
この世界には、酒はあるのだがその殆どが果実を発酵して造られたワインに近いものだった。
きっとアレンさんは、娘に語るほど、この世界に存在しないビールを飲みたかったんだと思う。
「そうか、でもアレンさんにはまた詳しい話を聞きたいな」
「う、うん、憶えていたら話しておく、お兄様」
珍しく動揺した口調のアリサ。話し方も元の無機質なものに戻ってしまった。
時計台の門は、硬く閉ざされているように感じられたが、強く押せばアッサリと人が通れるほどの隙間が空いた。
「タダかな? タケルっ」
嫌な事を言うメル……
「公共の施設だから、出入りは自由で無料だと思うけど……」
時のグリモワールを探しに来て有料なんて、せつな過ぎるだろ。一応キョロキョロと辺りを見回す俺。
「あっ、タケル! あの白い箱は何かな!?」
メルが何かを見つけて指差した。
薄暗いせいか中は、ひんやりとした空気に包まれていた。正面には、塔の上に行く為の階段があった。
メルが指差す方向を見ると扉を入ったすぐ右手辺りに台に乗せられた白い箱があり、ちょうどお金を入れるくらいの穴が空いている。
「えっ! もしかして有料なの!?」
先程、露店で散々飲み食いしたせいか皆んなの手持ちは少ない。強いて言えばあまり使わなかった俺が多少の持ち合わせがあるくらいだ。
「メルっ、いくらか見てきてくれるかな」
メルは、俺に了解の敬礼をして白い箱目掛けて走って行った。気になったのか他の仲間も遅れてメルを追いかけた。
「タケルっ、1回100ウェンだってさー」
ウェンは、この世界の通貨でおおよそ1ウェンは、1円に値する。
時計台の中は結構な広さでメルは声を張り上げて俺に報告したのだが、何故かそのまま俺の所に駆け戻ってきた。
「いや、戻らなくてもそっちに行ったのに」
俺の言葉にメルは、
「こんな事でタケルに体力を使わせる訳にはいかないよ」
随分と気が利いた事を言う。
メルも成長したのだなと少し感慨深くなった俺に他の仲間も駆け戻ってきた。何故かテンションが上がっているように見えるのは気のせいだろうか?
「タケル、100ウェン、ちょうだい!」
多少どころか全く手持ちのない仲間達、どうやら飲み食いに全部使ってしまったらしいのだ。
どんだけだよ、お前ら!
「しょうがないなぁ、まとめて払ってくれるかなメル」
呆れた様子でメルに全員分のお金を渡すと何故かメルはそれを一人一人に配り始めた。
いや、あやしいだろっ!
「おいっ! メルっ! ちょっ……」
俺が叫んだ時には、皆んな白い箱の前に並んでいた。はやっ!
俺もそちらに向かって歩いて行ったのだが案の定奴らは順番に並んでいた。近くで観察して見ると白い箱にはレバーが付いており、表面に何か文字が書いてあった。
この世界の文字だが俺も少しは読めるようになっている。
「なになに、コイウラナイ…………って恋占いじゃんかよー!」
道理でこいつらのテンションが高かった訳だよ!
これ恋占いのおみくじじゃん!?
俺の金だよコレ!
そんな事は、お構い無しに出てきた、おみくじを広げる奴ら。
「あああっ、小吉だよ」
リンカの不満そうな声に同意する、メルとアリサ。同じく小吉だったらしい。
内容は『待ち人来たり、来なかったり……』みたいな事が書いてあった。インチキだよねコレっ!
そんな中、ヒナだけがおみくじを握りしめて小刻みに震えていた。
「ヒナ、おみくじどうだったの?」
意地の悪い笑みを浮かべてヒナに詰め寄るメル。
結果は、薄々わかっているだろうに……
「認めない、こんなの認めないよ」
ヒナは、急激に魔力を高めた。周辺の空気が冷たく張り詰める。
「おいっ! ヒナっ、やめ……」
俺が叫んだ時には、ヒナは白い箱目掛けて魔法を放っていた。
公共物破損……俺の頭には過去の嫌な記憶が走馬灯のように駆け巡った。
ぱああああああーーーーん!
魔法が白い箱に直撃し粉々に破壊され…………
ていなかった!
驚いた事に結界のようなもので魔法は打ち消されたのだった。
「なあ、これおかしくないか? ヒナっ、お前今手加減したのか?」
「ううん、私は全力で破壊しにいったんだよ」
いや、それも問題ありだが……
だったらこの白い箱は、ただの恋占いの装置じゃないな。
「タケル、もしかしたらこの箱には、大吉入っていないんじゃ……」
そこは、いま問題じゃないよ、リンカ!
「これじゃあ、小銭を盗るのは難しいよね」
壊せたとしても人としてダメだろ、メルよ!
「お兄様、この箱には賢者クラスの魔法の結界が張られている。ヒナの魔力を防ぐならそのくらい強力だと思う」
この塔を造ったのは、大昔の国王と大賢者だったはず。ならこの結界を張ったのは……
導かれるように100ウェンを投入しレバーを引くと出て来たのはおみくじではなく光沢のある布に包まれた棒状の硬いものだった。
不思議そうに見守る仲間の前でその布の包みを開けると中には虹色に輝く鍵があった。
テラテラと輝く鍵!?
「これ油まみれだな……」
鍵は、油に濡れて虹色に輝いていたのだった。
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