第100話 異世界人

「要するに『時のグリモア』は、この国の時計台にある可能性が高いのですね」


 俺の言葉にクラッカルは、ハッキリと頷いた。


 文献によれば当時の国王と側近であった大賢者は、『時のグリモア』の隠し場所として巨大な時計台を作り、城の重要な役職に就く貴族達にさえも秘密裏に事を進めていた。建造に携わった職人さえも大賢者により忘却の魔法を掛けられ、僅かに伝説だけが細々と語り継がれるだけの存在となっていたのだそうだ。


 クラッカルの話によるとカヌレル国王様ですらハッキリとその所在を把握していないそうなのだ。


「だったら行くしか無いよな」


 俺の言葉に仲間達も頷いた。


 魔法防御壁『ニジュウマル』の関係で城を離れる事が出来ないクラッカルは少し残念そうに指で髪の毛をクルクルといじっていた。


 因みにグライドは、兵士達の訓練に参加する為に城に残る事になった。多少なりとも城の戦力として残したいという配慮もあるが、本人が副隊長風を吹かせたいと言うのが真実だった。


「残念だなあ、でもこれだけ兵士に頼られるとまあ、しょうがないっていうか」


 その割に満面の笑みを、たたえるグライド。


 いや、残念なのは、お前だよ。もう使い物にならない匂いしかしない……



 そんな経緯があって、次の日俺達は、時計台を訪れていた。早朝のホサマンネンサンの恒例行事であるドアドンドンは、コルクで作った耳栓で完全にシャットダウンしていたので久し振りに爽やかな目覚めを迎えられた。


「ちょっ、聞いて、朝からホサマンネンさんが起こしに来たんだよ」


「えっ、私もだよ! ドアドンが鳴り止まなくてとてつもなく怪しい気配がしたから剣を抜いてドアを開けたらいたんだよ、ドアマンネンさんが」


「あたしのところも来たよ。そのドアドン、凄い汗かいていたけど朝から訓練していたのかな」


「それは私がドアドンネンのウロコを剣で切り刻んだからかもしれないわ。悪い寝起きでウッカリしてたから……」


 エヘヘと笑うリンカ

 ウロコねえよ、ホサマンネンさんに!

 鎧だからそれ!


「魔法攻撃も結構有効だったよ。カミナリ系が相性いいみたい。HPもかなり削れたから」


 メルの言葉にホサマンネンさんの気の毒なビジョンが浮かんだ。


「お前ら、言い方、言い方!」


 最早、名前ですらまともに呼ばれなくなっていた。彼は、遂に新種のモンスター扱いに昇格したようだ。


 きっとホサマンネンさんは、俺が出て来ないので痺れを切らしたのか、おさまりがつかなかったのか分からないのだが、ターゲットを仲間に変更して起こしに行ったようなのだ。


 それにしても随分と酷い目にあったらしい。


「だったら皆んな、耳栓をすればいいよ」


 俺は、ポケットからコルクで作った耳栓を仲間達に見せた。これでホサマンネンさんの安全も守れるのかもしれないな、たぶん、きっと。




 時計台の入り口は、大きな木の扉で出来ていて、塔を見上げると上部は、かなり傾いており、破損したかと思われる箇所にまばらな補修が施されていた。


 メルのお婆さんであるミレシアの話によればここでメルの母親は娘をかばって命を落としたのだ。本人にしてみれば思い出したくない場所に違いないだろう。


 メルに視線を移すと向こうも気付いたのか何かを言おうと近づいて来て俺の耳元で囁いた。



「昼、ご飯だね! タケル」


 まったく俺のナイーブな心遣いを返して欲しい!



「ひやしカステラとばくだんまんじゅうは、必要だと思うよ。すぐ売り切れちゃうし、お母さんとの思い出もあるし……」


 メルは少し寂しそうに遠くを見つめた。


「ふっ、まったくしょうがないな。お前の食いしん坊は誰の遺伝なのかな」


 こんな時でも露店の屋台は、営業していた。この国の人は、思ったより逞しいのかもしれないな。



「おいしい!」


「これ変わった味がするよ」


 はやっ! メルだけでなく俺の仲間達は、既に屋台を飛び回り、物色を始めていた、てかもう食べてるじゃん!


 枝分かれした木に沢山の団子が刺してあるお菓子を持ったヒナがそれを俺に差し出した。


「お兄ちゃん、どうぞ」


「ありがとう、ヒナ」


 枝から団子を取って食べるとほんのりとした甘さが口に広がる。


「これ美味いじゃん!」


「でしょ、メルちゃんのオススメなんだよ! 鈴なり団子だよ」


「お母さんに買ってもらった思い出の団子なんだ。ひとつひとつが、お母さんだと思って食べて欲しいんだ」


 メルは、少し寂しそうな顔でヒナに言った。


「食べづらいんだけど……」


 複雑な顔をするヒナにメルはニヤリと笑った。

 確信犯だな……


 他の仲間達も自分のお菓子を持って俺の近くにやってきた。


「タケル、これも凄いぞ」


 リンカは、袋に入った小さいふわふわとしたお菓子を勧めた。カラカラ・カステラと言うそうだ。


「へえ、カラカラと言うけど音が出る訳じゃないんだな」


 俺は、リンカから栗の様な形をしたカステラをもらい、口に放り込んだ。


「はひーーーーーーーーーーっ!!」


 何これ! カラカラって辛いんじゃん!

 舌が火傷しそうにヒリヒリしやがる!


「ふふふっ、サプライズだよ」


 リンカは、嬉しそうに俺を見て笑った。

 よく見ると唇が赤く染まっている。どうやらお前も食べたんだな、リンカよ!

 他の仲間達も俺の様子を見て笑っていた。

 しかし俺が苦しむとお前達は、本当に良い笑顔になるよな!


「お兄様、ねんど……甘い感じのサブレみたいなものはどう?」


 アリサが差し出したサブレで辛さを相殺出来そうだ。本当は水が欲しいのだが……

 てか、いま、ねんどって言わなかったか!?


「アリサっ、ねんどだなこれ」


 アリサは、視線を逸らした。

 どうにも気の抜けない連中だ。


「ねんど風サブレです。お兄ぃたん」


 いや、アリサ! なんで買ったんだよソレ!

 サクサク感ゼロだよな!


「騙されたと思って食べて見て欲しい」


 あまりにしつこく勧めるのでひとくちかじる。


「えっ、意外にも外側はカリッとして中はしっとりして……」


「でしょ!」


 でも、味がねんどだった……


「いやぁ、お兄ぃたん、すっかり騙されたわ」


 笑いながらアリサの頭をぐしゃぐしゃに撫でる俺。パンクヘアになったアリサの髪の毛。


「イギリスじゃないのだから、やめて欲しい、お兄様」


「………………へっ⁉︎」


「アリサ、お前いまイギリスって言わなかったか」


「言った……だって私のお父さんはイギリス人だから……」


 アリサは、さらりと重大な発言をして、俺と近くで聞いていたヒナを驚かせたのだった。


「マジ……かよ!」


 どうやらアリサの父親であり、多数の著書を持つ作家でもあるアレンさんは、俺達と同じ世界の人間だったようなのだ……

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