第98話 やるべき事はある
「シュベルトだって! どうして奴が最前線に来るんだよ。それも一週間しかないのかよ!」
「うん、そうらしいんだ、お兄ちゃん、でもどうしてドルちゃんは、肝心のお兄ちゃんに伝えていかなかったんだろう?」
俺は、多分その訳を知っている……いや、きっとそうに違いない……
ちなみにドルちゃんとは、魔王軍幹部のドルフィーナさんの事だ。
「ねえ、どうしてなのかな。お兄ちゃん昨日の夜何してたの?」
「…………寝てた。」
「何かあやしいなぁ、お兄ちゃん、やましい事でもあるんじゃない」
「何言ってんだよ。そ、そそ、そンな事ないよ、やだなぁヒナっ、マジ勘弁してよ」
「…………決まりね」
えっ、今ので何が決まったんだろう、不安しか無いんだけど……
そう言ってヒナは、みんなを集めた。
と言ってもテーブルに座ったままなので集まるも何も無いのだが、とにかくヒナの目線を追って皆の注目が俺に向けられていた。
「まず、リンカちゃん、昨日の夜は、何してたの?」
ヒナは、俺と同じ質問を一人一人に尋ねるつもりだ。だが俺は、まな板のコイのようにジッと成り行きを見守るしかなかった。騒ぎ立てた瞬間に有罪が確定するに違いない。
リンカが、思い返したような顔をした後、ようやく口を開いた。
「昨日は、お城でスイーツの本を借りて読んでたよ。 アセダクノ実って言う爽やかな香りのする果物を使ったケーキが最高に美味しいって書いてあったんだよ。タケルと約束したから……」
ひとつ目の地雷が静かに爆発した。
ヒナの眉毛の角度が少しつり上がり、俺の生命の危機を告げていた。
「じゃあ、今度はアリサね」
「私は、お兄様とお揃いの婚約指輪を眺めていたらいつのまにか寝てしまった。お兄様との間に生まれた三人の子供に囲まれた幸せな家庭を築いた」
築いてねーよ! 夢が何で過去形なんだよ!
ヒナの眉毛は、またつり上がる。ちょ、これカウントされてるの? おかしくね!
「メルちゃんは、どうしてた?」
「いや、逆にあたしは、タケルの部屋に入ろうとしたけどカギが空いてなかったんだよ。ソッとドアをガチャガチャやってさ……」
お前かよ! 夜中のガチャガチャは!?
怪しすぎるしコワイだろ!!
大いに不満そうなヒナだったが、これは明らかに未遂事件だ、と言うか俺ひとつも悪くないよね。
「マシュは、何か知らない?」
マシュは、普段ふわふわしたマシュマロのようなペンギンのような姿をしているが、要するに俺の使い魔だ。変身能力がある為、今は人間それも美少女の姿をしていた。
「きゅきゅ、きゅー!」
おいっ! かえって怪しいわっ!
人間の姿のマシュが喋れる事はみんな知っているのだ。勘弁しろよマシュ!?
お陰でヒナの眉はつり上がるどころかピクピクしだした。
「さあて、疑いも晴れた事だし、って呑気に構えている場合じゃないだろ。シュベルトが来るならこんな事してる場合じゃないよ! 朝食が済んだら対策会議をしないと!」
俺の言葉にヒナは、ハッとして冷静さを取り戻した。
「そ、そうだった、ど、ど、ど、どうしようお兄ちゃん!」
冷静でもなかったようだ……
「お、落ち着けヒナ! まず疑いも晴れ清廉潔白の俺から言わせてもらうと、慌ててもしょうがないって事だ。迎え撃つ為の準備期間が七日間あるんだと考えるしかないだろ。やれるだけのことはやればいい、会議で良い考えが出るかも知れないしな……」
「そ、そうだねお兄ちゃん! なんだか最近のお兄ちゃんは頼もしいよ。本当に勇者らしくなったよ。きっと皆んな会議で良い案を考えてくれるよね」
◆◇◆◇
「えーっと、もう一度聞きますね。何か良い考えのある方は……」
クラッカル経由で王様含め隊長、リーダー格の人間が城の作戦会議室に集まっていた。緊急に召集された面々には、事情を説明した後、何か案はないかと、まとめ役となったクラッカルから既に何度目かの問い掛けがなされていた。
情報の出所はどこか? 確かな情報なのかとの質問は当然のようにあったのだが、ある日、突然姿を消したイルカス(ドルフィーナさん)が密偵に当たっており、その報告によるものだと納得させた。
隣に座っていたヒナが俺の袖を引っ張り、ふくれっ面を見せた。怒ったヒナの顔も可愛いのだが、デレている場合じゃない。キリッ!
要はアレだな、これっぽっちも意見が出ないから怒ってらっしゃるんだな……
しょうがない……。
俺は考えを述べる為、立ち上がり、国王とクラッカルに視線を投げた。二人が頷くのを確認して今度は、皆を見回した。
目を伏せていた大半の兵士が、期待を込めて俺の言葉に注目している。
「正直言って良い案などありません。しかし、やるべき事はあります。まずひとつは、兵士の皆さんの個々の能力の強化とクラッカル王女の負担を減らす為に防御魔法の使える人間のスキルアップを行わなければなりません。更に国民の避難場所の確保も検討します。二つ目は、この国の至宝であり、魔王軍の目的でもある『時のグリモア』の捜索をしたいのです。もし秘められた力が、魔王軍の恐れるほどのものであれば、きっと戦況を打開する手段となり得るでしょう。残された時間は少ないのですがやれる事はあるんです。それは、決して無駄な努力じゃありません」
俺は、まるで自分に言い聞かせるように皆んなに伝えた。シュベルトと魔王城であった時に感じた恐ろしさは、今でも憶えている。だけど、あいつからは逃げちゃいけないんだ。この世界にいる俺の大切な人達の為に……
ヒナは、また俺の袖を引っ張り、今度は誇らしげな笑顔を見せた。
「タケル様、国民だけで無く私の事も気遣って下さってありがとうございます。平和な時間を取り戻す為に最善を尽くしましょう」
クラッカルの言葉に兵士達が沸き立ち歓声が上がった。更に言葉を続けるクラッカル
「それに平和を取り戻さないと昨日の夜、タケル様に教わったポーカーと言うトランプゲームも出来ませんしね、うふふ」
そう言って俺にウインクをした。
「…………。」
ハイ、終了! 地雷はここに埋まってました!
昨夜の行動がバレた俺のこの後の展開は、もはや説明するまでもなかった……
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