第97話 青空の意味

「おはよーございまーす♪ タケル隊長殿! ホサマンネーンですよ♪ ホサマンネーンが隊長殿をお迎えに参りましたよ」


 寝室のドアの外から目覚ましより大きな声が響いた。まるで選挙カーの演説みたいだ。言うまでもなく関西弁の様な名前をもつあの人が今朝も現れたのだ。


「ううん、朝からこれじゃかなわないな」


 きっと彼は、もっと早く起きて朝の鍛錬なんかを終わらせてきたのだろうな。生卵一気飲みでもやっていそうな雰囲気だ。この調子だと、どこかで耳栓代わりになる物を探さないとな……


「はいはい、もちろん起きてますよ。着替えますのでちょっと待ってて下さい」


 いそいそと着替えてドアを開けると正座して平伏すホサマンネンさんの姿があった。誰だよ、この人にこんな事教えたの……いや、ヒナかアリサしか考えられない。不思議な事にアリサは、俺とヒナの世界の事を良く知っている節がある。

 一度確認しなければ、ホサマンネンさんの様な控えおろうをする人が増えかねない。


「すいません。ホサマンネンさん、それはやめて下さいね」


「ええーっ! これは、アリサ殿よりご教示頂いた、最高のパフォーマンスだと……」


 がっくりと肩を落とすその姿勢はもはや土下座にしか見えない。或いはヨガで言うところのチャイルドポーズだ。


 跳ね起きたホサマンネンさんは目を見開き肩をグルグル回した。


「なんだか体がほぐれた様な気がします」


 あったのかよヨガ効果!


 俺は、ホサマンネンさんに一応お礼を言って朝食を取るために共に食堂に向かった。

 カイニバルを倒してからここ数日は、魔王軍の侵攻もなく穏やかな日々が続いていた。


「いやあ、しかし魔王軍の奴らあれ以来ビビって我が国に攻めてくる気配もないですな」


「そうですね。用心して様子を見ているのかもしれませんね。今の内に体制を整える良い機会だと思っています。兵士の部隊編成は、ホサマンネンさんにお願いしたいのですが」


「いや、そうでしょう、そうでしょう。流石はタケル隊長殿! その御役目は、兵士の一人一人を熟知しておりますこのホサマンネンをおいて他におりますまい」


 重要な役目を任されたと感じたのかホサマンネンさんのテンションは、跳ね上がった。


 本当の俺の目的は、危険な戦況に陥った際に兵士が逃げ延びるための指揮系統を作りたかったのだ。誰も死なせたくない想いがあったからだ。

 独りよがりの考えと言われても構わない。勇者アレスから託された俺がなんとかしないといけないんだ。


 戦火より立ち上る煙は消え、今は綺麗な青空が窓の前を通るたびに顔を出す。


 この国では貴重な平和な時間、それを良しとするのか嵐の前の静けさと考えるのか分からなかったが『時のグリモア』がこの国にあるとされている以上、いつまでも平和な状態が続く訳がないだろうと俺は考えていた。


 身を削り、膨大な魔力を消費して防護壁を張り続けるクラッカルの事を考えるといずれにしても、あまりのんびりと構えているわけにもいかない。


 いっそこちらから魔王城にのりこむかな……

 そんな極端な案も頭をよぎった。


 食堂に着くとメル、リンカ、アリサが、俺を見つけて手を振るのが見えた。ヒナとグライドも同じテーブルについており、二人は何故か浮かない顔をしているように思える。


「タケル隊長殿、私はあちらで打ち合わせを」


 ホサマンネンさんは、一礼をして兵士達のリーダー格が座っているであろうテーブルの方へ向かっていった。おそらく先ほどの部隊分けの件に違いない。



 俺達含めた兵士達の為の食堂は、広い空間に沢山の簡素なテーブルを並べただけの質素な作りのものであったが、どちらかと言えばこちらの方が落ち着く。皆のいる席に座るとどうやら既に頼んだようでパンに目玉焼き、ハムのような料理が並んでいた。


 俺はヒナの横に座ったのだが、先ほどの浮かない様子が気になったのだ。


「なあ、ヒナ、この世界が辛くなってきたんじゃないか?」


 俺の問いかけにヒナは黙って首を横に振った。


「元気が無いように見えるけど、クラッカルの事をまだ怒っているのか?」


「ちがう……」


 どうもハッキリしないヒナ。グライドを見るとやはり同じテンションの低さだ。一体何があったんだろう。


「グライド、何があったのか?」


 グライドは、ゆっくりと顔をこちらに向けて俺の目を見据えた。


「タケル隊長……」


 わざわざ隊長つけなくていいから、あっ、そうか副隊長って呼んでほしかったのかな、もしかして


「どうしたんだよ! グライド……副隊長っ」


 やはり、副隊長と付けた時のグライドの顔の一瞬のほころびは、俺の推論が間違っていなかった事を示していた。


「ああ、副隊長の俺としては、この深刻な事態について副隊長なりに考えたんだ。しかし副隊長だからと言って副隊長なりの力しか無い俺が考えてもどうするべきかわからないんだ。だが俺は副隊長として……」


 どんだけ副隊長好きなんだよ、お前!

 グライドから副隊長を取り上げるべきだと思う、俺はそう思った。


「お兄ちゃん、大変なんだよ! ドルちゃんから聞いて無いの! 来るんだよアイツが!」


 ヒナが堰を切ったように俺に抱き着いてきた。

 突然の事にオロオロする俺、落ち着けヒナ、いや、むしろ俺っ!


「ど、どうしたんだよ、ヒナ。ア、アイツって誰なんだよ」


 ヒナは、俺を見上げて、今度は、ささやくように話した。


「シュベルト……アイツが……一週間後にここを攻めにやって来るんだよ」



 シュベルトだって!?

 魔王軍最強であり、しかも現魔王の椅子を密かに狙っている最悪の魔族。


 どうやら俺が想定していた平和な時間は、思っていたよりずっと短かったようだ……

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