第96話 燃えたぎる……ひと
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!」
吠えた! 勿論ホサマンネンさんの雄叫びだった。
ウォークライ、それは闘いの前の気迫を相手に示し、且つ己が闘志を駆り立てる儀式。
要はホサマンネンさんは気合いが入り過ぎて溢れかえってしまったのだ。ちょっと面倒くさい気はするのだが今迄の彼の境遇を知る者なら仕方が無いと思えただろう。俺もクラッカルから話を聞いていなければ、少しバカにした気持ちになったかも知れない。
常に二番手の不幸な血筋、父親と同様の道を彼も歩んでいるのだ。側から見れば羨むべき地位かもしれない。だが彼はトップを渇望し、誰よりも鍛錬を積んで来たのだ。それを笑える者などいるはずもない……
「ぷぷぷーっ!」
笑い声が聞こえた。誰だよ! 俺が良いこと思った矢先に! 咄嗟にメルの方に振り向いたが口を手で押さえて笑いを堪えていた。
じゃあ、誰がっ!?
……クラッカル……だった……
おいっ!
あんた一番笑ったらダメな人じゃん!?
案の定、ホサマンネンさんは顔を赤くして縮こまってしまった。そのホサマンネンにクラッカルは悪びれもせず凛として言葉をかけた。
「ホサマンネン、見事です! 闘いの前の緊張をほぐす素晴らしい演出でした」
クラッカルの言葉にホサマンネンさんは、キョトンとしていたが、やがてそれはドヤ顔に変わった。
「王女様、お褒め頂き光栄でございます。仰る通りタケル殿が緊張で本来の力が出せぬようだと困りますので不詳、私、ホサマンネンが人肌脱ぎました。いやしかし、流石は王女様です。すっかり意図を見抜かれてしまいましたわ。アッハッハ」
いや、アッハッハじゃねーよ! 流石なのは、あんたの変わり身の速さだよ! ちゃっかりゴマスリ入れてるあたりも年季を感じるから
「ほほう、気付かぬまでも私に感心してるようですなタケル殿。いやタケル隊長」
どうやらホサマンネンは、いじられている事に気が付いていないらしいのだ。なんだかムカッとする反面気の毒でもある。
クラッカルが腰の辺りで小さくガッツポーズをしているのがその証拠だよな。
ともあれホサマンネンさんの顔色というか全身はテラテラと輝きを取り戻した。ワックス塗りたての林檎に近いのかもしれない。
「さあさあ、まいりますよ! エンジン全開いいっ!」
ホサマンネンさんは、ハヤル気を抑えきれずに上半身の衣服を鎧ごと脱ぎ捨てた。
呆気にとられた俺は、この世界に無いエンジンという言葉にツッコミを忘れる程だ。
しかしどうも最近、俺のいた世界の物や言葉がちょこちょこ出てくるな。何か理由でもあるのだろうか?
俺がそんな考えを巡らせている事とは関係なく、ホサマンネンさんは、鞘には収まらない程の大剣を構えた。なるほど、その剣を振るうのであれば確かに鎧は、ジャマになるのかもしれない。しかし服まで脱ぐ必要は無いはずなのだが鍛え上げられたシックスパックが、それを許してくれなかったのだろう。
いや、キモいな……
そして、そのデケー武器って完全に俺の命奪いに来てるよね!
気が付くと明らかにクラッカル含めた女性陣ドン引きで、さっきより遠まきに見守る形になった。しかしそれは俺にとっても都合が良かった。
もうそろそろ頃合いかもしれないな。俺は剣を抜いて中庭の誰もいない方角を向いた。
「やれやれ、隊長殿は、この巨神剣を見て早くも戦意喪失されましたかな。いやそれも仕方がありません。なにせこの剣は、当家に代々受け継がれ、まともに振るうことができるものは、ほんの僅かしか……」
どごーーーーーーーーーーん!!!!!
俺はホサマンネンさんの話も終わらぬ内に剣を先ほどの中庭に振るった。とてつもない轟音と共に中庭に隕石でも落ちたかのような大きなクレーターが出来ている。
「この技は『クラック・サウザント・ナイトメア・ギャラクシー』俺の必殺技です。名称が長いので頭文字を取って『クサナギ』と名付けました。剣と同じ名の技なんですよ」
振り返ってホサマンネンさんを見ると腰を抜かして固まっていた。
『クサナギ』という技は、風・土・水・火の四大属性に雷属性の魔法を加え同時に放つことで互いの魔法が反発して爆発にも似た膨大なエネルギーを生み出すのだ。とは言え俺もここまでの威力があるとは思ってなかったのだけど……
膨大なエネルギーの蓄積に耐える剣が必須である為、まさにこのクサナギの剣でしか使えない技だとも言えた。
「凄い、凄い、すごい! お兄ちゃん!」
ヒナだけでなく俺の仲間が親指を立てイイねをしたまま、わあわあと何かを喋っている。
「おおおーーーーっ!!!!」
さらに沸き起こる歓声は今まで傍観を決めていた兵士達からあがったものだった。
口々に驚きと賞賛の言葉が切れ切れにうかがえる。
「あんな……ひ弱…………僕ちゃん……スゴイ!」
う〜ん、だいたい褒められてる感じだよね。多分
「タケル様、あなたはやはり虹の勇者ですね。あと私の白馬の王子様、ふふっ」
クラッカルは、キラキラとした眼を俺に向けた。
当然それを聞いた仲間達はジト目を俺に向けているのだが……
ともかくグデグデな上にぶっつけ本番で出来上がった必殺技だけど効果は思った以上にあったようだ。
「さあ、ホサマンネンさん! そろそろ始めましょうか」
俺は、ワザと勝負を促した。
ハッとして我に返るホサマンネンさん。
こんな時の彼には一切の迷いがない。ブレない心、それはある意味一本の太いあすなろの木のようであった。
「お見事です、タケル様。私が待ち望んでいたのは正にこれだったのですよ。いやあ、本当に良かった。この賞賛の声をお聴き下さい。最早、闘う必要がありますか? いやいやありますまい。いいんです、私は汚れ役で、ましてやウッカリ貴方様に怪我でも負わせたら、もう目も当てられません。はははっ、そうです、最初から不満などなかったのですよ。素晴らしき隊長の誕生に栄光あれ!」
ホサマンネンさんは、清々しいほどのキレのある変わり身を見せた。ちょっぴり負け惜しみを入れてあるところがマンネン流でもある。
てか、めっちゃ油汗流れてますけどホサマンネンさん……
「しかし、とてつもない技ですなあ。まだ芝生もチリチリとくすぶっているようです。おっ、これはいけませんな。早速、消火にあたらせましょう」
ホサマンネンさんは、そう言ってくすぶる芝生を踏みしめた。足元に火の粉が舞い、不用意に近付いたホサマンネンさんの油汗に着火する。
「ぎゃあああーーーーーーっ!」
事件の発生である……
聖火のように燃え盛るホサマンネンさんの身体。
彼がトップを取る日は、まだまだ遥か先の
話かもしれない……
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