第95話 ひかるカラダ

「おはようございます。えーと、本日はお日柄も良く、まことに僭越ながら……」


 最低のスピーチだった……。兵士達から失笑が漏れる。いや、主にホサマンネンさんだけど……

 やっぱり、ひょっこり現れた馬の骨が隊長、副隊長に就任するのは納得いかないんだろうなあ。


 しかし、酷いなグライドの挨拶、無駄に長いしこのまま放っておけば三本の木の話になりそうだ。


「えー、元気、根気……」


「グライド副隊長ありがとうございました。続きまして、ザナックス隊長の殉職に伴い新しく隊長に就任する事になりましたタケル隊長より皆に挨拶と訓示を頂きます」


 俺とグライドは、カヌレル国王と亡き女王に変わり王女クラッカル同席のもと城の中庭でバルセイム国王軍の兵士達へのお披露目スピーチみたいなものをやらされていたのだが進行役のドナーツさんの判断によりグライドの演説はバッサリ斬られた。貧血で倒れる者が出る前のグッジョブだと思う。


 ドナーツさんに促されて壇上に上がる俺。思った通り兵士達がニヤニヤとしている様子が高い位置からはよくわかった。


 いくらカイニバルが変化したザナックスや紫炎のドラゴンを倒したと言え、やはりどこかでマグレ野郎だと思われているのだろう。戦った魔族が実は弱かっただけなのに違いないと。そんな状態で兵士の統率が取れる訳が無い。


 俺は、皆を煽る為に、ワザと横柄な物の言い方をした。


「挨拶の前に俺が隊長に相応しいか怪しんでいるものもいるかと思う。だから今一度確かめて欲しい。俺が隊長に相応しい強さを持っているのか否かを。俺に挑戦して、もし勝てたならそいつが次の隊長で構わない。さあ誰か希望する者はいるか?

 いないのであれば俺を隊長と認めたと判断する」


 随分上から発言だが 、後々のことを考えるとこれくらいが丁度いい。調子に乗った小僧と思われた方が効果的なのだから。


 そう思いながらグライドを見ると若干手を挙げかけていた。俺と目線を合わせて慌てて頭をかく振りをするグライド。奴には後で話をする必要があるな。


 兵士に視線を戻すと高々と一本の手が挙げられていた。真っ直ぐに伸びた腕は、自信の大きさを物語っていた。


 その人物とはホサマンネン、その人であった……


 並みの兵士より一回り大きな体格と隆々とした筋肉質の腕は確かに強そうで硬い果実を握り潰し、その果汁を飲み干すという噂も嘘では無いのかもしれない。『ジューサーナイト』それが俺がたった今、付けた彼の称号だ。強さのカケラもないが健康に良さそうだ。



「ホサマンネンさん、いいんですね。俺は本気でやりますから、それなりの覚悟をして下さいね」


 国王と王女は、俺の考えを察してくれているのか黙って様子を見ている。


「ふふっ、タケル殿! 私もジューサーナイトの異名を取った身。敵わぬまでも兵士の代表として皆にあなたの強さを知らしめなければなりません。何卒、胸をお借りする無礼をお許し下さい」


 さすが中間管理職のホサマンネンさん、勝負がどちらに転んでも立場が悪くならぬように保険を掛けて来やがる。

 てか、ジューサーナイトって既に誰かが付けてたの!? 無いよねこの世界に果汁絞り器!



 ともあれ、俺の予想通り、いきり立ったホサマンネンさんが名乗りを上げてきたのだ。

 決して彼が弱く無い事を兵士達は知っている。だからこそ彼を打破すれば皆が納得するだろうという考えもあるのだが何よりホサマンネンさん本人に納得して欲しいのだ。


 ホサマンネンさんが人格者であれば隊長としての資質はあるのだろうが、やっぱりチラリと見える出世欲は、いただけない。今もあわよくば隊長の座を貪欲に狙っているし……


「タケルっ、気を付けて! あのサブマンネンは、隊長の座を狙ってる気がするんだよ。きっと何か汚い手を使って来るはずだよ」


 知ってる、メル。だけどサブマネージャーのホサマンネンさんな、省略しすぎると悪意にしか聞こえないよ。


「お兄ちゃん、私もジューシーナイトなんて異名がどうも生理的に受け付けないと思っていたところよ。怪しさ、ぱないっていうか」


 ヒナが眉をひそめながら俺にささやく。

 確かに肉汁が溢れそうな筋肉してるけど、ワザと間違えてるよねお前達……


「お兄様」


「どうしたアリサ?」


 アリサは俺に近づき耳元でささやいた。


「わかった! 上手くいくか正直自信ないけど効果的かもしれないな」



 考えに同調した俺にアリサは、親指を立ていいねをした。前々から試そうとは思っていたのだけれど、ぶっつけ本番になるとは思わなかったな……



 準備が整い俺とホサマンネンさんは中庭で向かい合った。差し込む陽がホサマンネンさんの筋肉を照らしテラテラとした光を放っているのを怪訝そうな顔で見つめる女性陣の姿がやけに印象に残ったのだった……

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