第94話 甘いんだか酸っぱいんだか

 昨日、クラッカルは、ヒナに何を話したんだろう? そればかりが頭の中でメリーゴーランドのようにぐるぐると回っていた。完全なる寝不足状態で朝を迎えたのだ。昨日案内された俺の部屋は、広々として豪華な作りの家具が設置されていた。日本人としてはどうにも落ち着かない広さだ。


 ヒナがクラッカルと話をした後、少し落ち着いた様子をみせた気がしたので、それ程、厄介な事にはなっていないと思うのだが……大丈夫だろう。


 無理矢理、気持ちを落ち着かせると急に睡魔に襲われウトウトとし始める俺


 必要なら誰か呼びに来るだろう。俺はゆっくりと眼を閉じた……


「キュー!」


 どれくらいの時間がたったのだろうか?

 気が付くと手に何か柔らかい感触があり、ふわふわ触るとキューと鳴き声が聞こえる。


「えっ、何これ!」


 マシュか!? でもなんだか以前にも、こんな事があったような気がする。


 俺は、ひと思いにシーツを剥ぎ取った。

 ベッドの上、つまり俺の横には銀髪の少女が横たわり、静かな寝息をたてていた。あろう事か水着だか下着だかわからぬ格好で寝ていなさった。


「おいっ! メル! なにやってんだよ!」


 誰かに見られたら挙動不審マンに変身したくらいではスミソニアン博物館だ。


 しかし、こんな時にフラグは、発動する。


「こんこん、タケルっ、リンカですけど……起きてる?」


 ぎやーーーーぅっ! よりによって真面目人間のリンカさんが来たよ! こんこんって口で言わなくていいから、なんてツッコミを入れてる場合じゃない!


「あの、その、王女様が用事があるみたいだから私が呼びに来たんだよ、タケルっ」


 リンカは、女の子バージョンだ。状況は更に悪い。ひとまずメルを起こさないと……

 俺は、メルを揺さぶった。


 キューーっ!


 メルの鳴き声が響いた。こいつは寝ている時、刺激を与えるとキューと鳴くのだ。


「いま、なんだか変な声がしたんだけど……大丈夫なのタケルっ!」


 いや、全然大丈夫じゃねえーーーーっ!


「開けるわよ、タケル!」


 鍵を閉めてなかった扉はリンカの手によって勢いよく開かれた。


「なんだタケル、起きてたんじゃない。だったら返事をしてくれてもいいのに」


「ああ、悪い。ちょうど今、リンカの声で起きたんだよ」


 可能な限りクールな声で答える俺。ちょうど娘の友達が家に遊びに来た時の父親のイメージ。娘いないけど……



「なんだ、そうだったんだ」


 リンカは、そう言いながら俺との距離を縮めてくる。ベッドの上で起き上がった体勢の俺の横にはシーツを被せたメルがアウトな姿で眠っている。


「どうしたんだ、リンカ、朝っぱらから」


「なに言ってるの、もう昼近くだよ。王女様が昼食がてら今後の方針を決めようって言うから私が呼びに来たんだよ」


 もうそんな時間か、そう言えば頭の方は随分スッキリしている。


「わかった。着替えたらすぐ行くよ、先に行っててもらえるかな」


 なんとかピンチを凌いだ俺は、ほっと胸を撫で下ろしたのだがリンカは、中々部屋を出て行こうとしない。それどころか更に俺との距離を縮める。


「ど、どうしたんだ? リンカ……さん」


 挙動不審マンとしては、リンカさんに早く出て行って欲しいのである。


「昨日の料理のシェフに美味しいデザートの作り方を教えてもらったんだ。だから、今度ご馳走しようかと思って……」


 女の子バージョンの時のリンカは、一番可愛い、こんな状況でなければ頭を撫でてあげたいくらいだ。


「ええっと、じゃあ、またリンカの家に行けばいいかな……どうする?」



「ふあああーーっ! おはようタケル、あっ、リンカも」


 俺達の話し声でメルが目を覚まし身体を起こした。ハラリと落ちるシーツ。その時、俺の世界は、つつかれたダンゴ虫のように止まった……



「あの世で食べてこいやあーーーーーーーーっ!」


 リンカのグーパンが、オロオロして立ち上がった俺の腹にクリーンヒットして吹き飛ばされた身体は一瞬で壁にめり込んだ……



 ド、ドラゴン・ス……レーヤーの力、ぱ……ねえ


 そのまま意識は遠のいていった。


 その後、メルの説明でリンカの誤解も解けたのだが、無理に隠そうとした事で更に怒られたのでした。


 どうやら、メルは俺を呼びに来て、つい一緒に寝てしまったらしいのだ。えへへと笑うメルに俺の力もすっかり抜けてしまった。




 ◇◆



「タケルは、朝から訓練をしていたようですね。ふふっ、さすが虹の勇者ですね」


 クラッカルは、俺のヘロヘロになった様子に喜んでいた。まさか事情の説明なんてできるわけがない。まったくもって笑い話では済まされない予感がする。


「はははっ、新しい必殺技を考えていたんですよ」


 出来るだけ張りのある声で答える。当然言い訳だ。


「へえっ、もぐ、どんな必殺技なの、タケルっ、もぐ」


 お前は、当事者だろうがっ! いたじゃん横に!

 メルは、素で俺に問い掛ける、しかもパンを頬張りながら。


 リンカ以外の皆の期待した目が俺に突き刺さる。

 仕方ない……

 俺はもったいぶるフリをして必死に考えた。心なしか気の毒そうに俺を見るリンカ。


「クラック・サウザント・ナイトメア・ギャラクシー。必殺技なので詳細は言えません」


 いえ、そんな技無いので……



 適当に考えた技の名前だが、後々、これが俺の本当の必殺技になるとは、この時は1ミリも考えていなかった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る