第93話 夜の蝶っていい方どうなの

 イケてる料理のお陰で皆の興味は完全に逸れた……わけでも無かった。

 ただ一人ヒナの機嫌はすこぶる悪いのだ。


「隊長の話は断り切れなかったんだよ。だけどこの国の危機を乗り切ればまた、元に戻るんだからさ」


「私は別に怒ってないんだからそんな事。グライドの故郷だし、魔王軍の仕業なら私にも責任あるし」


「だったら、いつまでもむくれてないで……」


「私はちっともむくれてなんか無いもん。お兄ちゃんが勘違いしてるだけだから」


 ヒナは異世界に来てから精神的に随分成長したように思っていた。だがある意味それはかなり本人に無理をさせていたのかもしれない。俺は、あらためてこれまでの経緯を頭に思い描いてみた。


「タケル、ちょっといいかしら?」


 クラッカルが俺に話し掛けてヒナを指差した。

 ヒナもキョトンとしてクラッカルを見つめる。


「クラッカル様は、ヒナに用事があるんですか?」


「ええ、ヒナさんにちょっと話があるの。妹さんをお借りしますね」


 なんだかかしこまった言い方に悪い予感しかしない。俺がヒナを見るとうん、大丈夫と言って席を立った。大丈夫という言葉を使う事自体あまり大丈夫じゃ無いんだけどなあ。


 しかし、断る理由も無く、そのままヒナはクラッカルに連れて行かれてしまった。

 俺が、ぼーっとしたまま二人の後ろ姿を見送っていると背後から、また声を掛けられた。


「タケルさん、ちょっと宜しいですか?」


 振り向くと声の主は、ドルフィーナさんだった。耳元で囁かれたので振り返った瞬間顔が近くにあり、思わずドキリとした。精神衛生上よろしくないことこの上ない。お陰で俺の声は上ずって挙動不審ということに……


「ど、どどるふーなさん、な、何ですか」


「タケルさん、まさか私の名前を忘れた訳では無いですよね」


 そう言って片目を閉じたまま人差し指を立ててチッチと左右に振るドルフィーナさん。いちいちやる事が可愛い。


「いや、あの、いきなりでビックリして……」


「でしょうね、ふふふっ。冗談ですよ! 実は用件が済みましたのでそろそろ、おいとましようかと思いまして、その前にタケルさんに内緒のお話があるんです」


 ちょっと此方へと俺はドルフィーナさんに手を引かれ城のバルコニーに連れられて来た。

 なんだかさっき見たばかりの光景だ。今日は内緒話の多い日なんだろうか?


「タケルさん! お覚悟を!」


 ドルフィーナさんは、突然俺に飛びかかろうとした。


「!?」


 気が動転して迂闊にも身動きの取れない状態の俺をドルフィーナさんは優しく抱き締めた。

 俺は何も出来ずドルフィーナさんの声だけを聞いていた。


「タケルさん、今日は、助けてくれてありがとうございました。私が魔王様の命によりこの国に潜伏していたのは、シュベルトの計略を潰す為なのです。魔王様は、バルセイムを攻め落とす気などまったく無いのです。既に占拠した国を再び滅ぼす理由などありません。しかし、シュベルトは、ある目的があってこの国と言うより王族を狙っていました。奴は、魔王様に知られずにそれを手に入れたかったのです」


 ドルフィーナさんの言うシュベルトの目的は、どうやら何かのアイテムなのだろうか?

 この国にしか無く、強力なアイテムって…………


「時のグリモア……」


 俺は、メルのおばあさんであるミレシアから聞いた話を思い出した。時を操る魔道書、そんな物がシュベルトの手に渡ったら一体どうなるのだろうか?


「やはり、タケルさんは、知っていたのですね。そう『時のグリモア』には、意思はありません。手にした者に強大な力を与えるその魔道書でシュベルトは、恐らく魔王様を……」


「知ってる……知ってるよ。ドルフィーナさん。その為に俺とヒナは、皆んなを救おうと考えているんだ。馬鹿げた話かもしれないけど人間やエルフそして魔族もね」


 ドルフィーナさんは、俺から手を離し優しい目で見つめる。


「タケルさん、勇者は、魔王を倒さなければならないのですよ。それでもあなたは魔族までも救うと言うのですか?」


 ドルフィーナさんは、呆れた様な言い方をしたがその声は何故か嬉しそうに感じた。


「俺は虹の勇者なんですよ。エルフ族の勇者から受け継いだ証を持ち、魔族の血を引いた仲間がパーティにいるんです。一体どの種族が俺の敵になると言うんですか」


「ふふふっ、そうでした。私は、既に虹の勇者に助けられていたんでした。でもそれが夢じゃ無いのなら……私にとってもあなたは勇者なのですね」


 俺が、ハッキリ頷くとドルフィーナさんは服を脱ぎ捨て本来の姿に戻った。背中にある黒い蝶の羽が静かに羽ばたき、ドルフィーナさんの体を浮かせた。


「では、もう行きますね。タケルさん、また会う時まで」


 そういいながら近付いたドルフィーナさんは、俺の頬にキスをした。

 そして、そのまま闇の空にドルフィーナさんの姿が溶け込むまで俺は呆然と見送っていた。


「どうしたの? お兄ちゃん」


「あっ、いや、夜風が気持ちいいなってさ」


 見られてないよね、さっきの! 俺はまた挙動不審マンになった。


「ふーーーーん、そう」


 疑いの眼差し、JITOMEで俺を見つめるヒナ。話題を変える為に話を振る挙動不審マン。


「お、お前、クラッカル様との話は終わったのか」


「終わったよ」


「何の話だったんだ」


「ほっぺにチューされてデレデレしている人には教えない」


 そう言って俺の頬をつねるヒナ

 ヤッパリ見られてましたあ!


「いででででっ!」


 兄は妹に弱い、それは俺の中で、もはや定義になったのだった。

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