第82話 ふかふか枕はしゃべります

 ガキィーーーーン!

 ザナックスの一撃がリンカの剣を弾き飛ばした。

 空中に飛び、剣をつかみ直すリンカ……


 城の広間から中庭に移動した俺達は、剣を交える事になった国王軍隊長ザナックスと今やドラゴンスレーヤーになったリンカの闘いを見守っていたのだが好戦的に攻めるリンカの攻撃は、ことごとくザナックスに凌がれてしまっていた。


 不思議な事にリンカに焦った様子は無く、むしろ額に汗をかいて呼吸を乱していたのはザナックスの方だった。


 ふと俺は、王女クラッカルの様子が気になった。いったいどんな想いでこの勝負を見守っているのだろうか。


「!?」


 ふたりを心配そうに見つめるクラッカルの表情は美しく、それだけで何かがギュッと締め付けられた。そうギューッと……って


「ぎゃーっ、いてーーーーっ!」

 ギュッとツネられていたのは俺のお尻だった。


「おにぃちゃーーーーん‼︎ 今なに考えてたのよ」

 ヒナは、なぜか怒っていた。ご立腹だった。


「私には分かりますよ。タケルさん」

 鎧に身を包んだドルフィーナさん改めイルカスさんが側に来て俺に話しかけた。


「どう言う事ですか? ドルフィー……」


「しっ! この事はどうかご内密に……ふふっ」

 ドルフィーナさんは、人差し指で俺の唇に蓋をした。


 おねいさんにこんな事されたらどうにも照れてしまう。魔王直属の部下であるドルフィーナさんが内密に行動しているなんて魔王からの勅命に違いないのだ。その目的はいったい何だろう。


「今は、しーっですよ……」

 ドルフィーナさんのウインクにギュッとする俺!


 いや待て、またツネられてるから俺!


「いてーよ、メルっ! なにやってんだよ」


「タケルっ、ひどいよ表情に締まりがないろん」


 いや、無いからこの世界に化学繊維!


「お兄様はでれでれしている」

 アリサまでもが俺を紺色の水着姿で責める。

 てか、まだ着てたのかよ、それ!


 四面楚歌、かごの鳥、ゾーンディフェンス、例えはどうでも良い、いや良くない!

 ともかく俺は皆にとり囲まれた……。

 少しずつ詰められる間合い。ジリジリっ


「タケル様、いけない事をしている」

 何がだよーーーーっ⁉︎ マシュ!



「もう駄目だ……」


 俺は覚悟を決めた。あと数秒後には壁に叩きつけられるのに違いないのだ。

 頭の中の電卓が修繕費用の金額をリズミカルに叩いた。


 その時だった……


 まさにこの状況の原因を創り出したと言えるクラッカルの声が響いた。


「待ちなさい!」


 俺は救いの天使の声を聞いた。助かるのか? お、俺は。

 クラッカルは、澄んだ声で皆に語りかける。


「修繕費の事なら気にしなくて良いのですよ」


 おいいいいいいっ! そっちかよーーっ‼︎


 その直後、プチっと俺の意識が途切れた……



 眼を覚ますと申し訳なさそうな皆の顔があった。


「「「「ゴメンね」」」」

「メンゴ、メンゴ」


 誰か謝罪のカケラも感じない者が混ざっているような気がするのは、まだ意識が朦朧としているせいだろう。


 俺は中庭でふかふかの枕に頭を乗せて寝かされていた。


「大丈夫ですか?」


 枕から声が聞こえる?


「んっ!?」

 俺がゆっくりと視線を上には向けるとそこには、クラッカルの顔があった。


「いっ! な、ななな」

 あまりの驚きに俺は言葉にならない声を発した。

 俺が枕だと思っていたのはクラッカルの膝の上だったのだ。


 ち、近いよ、顔! 微笑んだクラッカルの顔に俺は慌てて飛び起きた。


 そして只ならぬ殺気を感じる……

 殺気の元を辿ると国王軍隊長ザナックス……の横に立っていたグライドだった。


 お前かよ、おいっ!


「やってくれたなタケル、今からお前をズタズタにしてくれる。俺の横のザナックスさんがな」


 どっちの味方だよ、グライドっ!

 闘うのお前でもねーし


 どうやらリンカは、ザナックスに敗れたようなのだが、やはり俺の力試しは必要なのだろう。


 リンカは、何故かニヤニヤしながら近づいて来て俺に耳打ちをした。


「勝てるよ、タケル。今度美味しいパイを焼いてあげるね」


 パイの話いま必要なのか……リンカ?


「わかった、ありがとう」


 リンカは、手加減してやがったのだ。騎士道を重んじるリンカがわざと手加減したのは、俺の勝利への伏線、その気持ちに感謝した。


「やたっ! 美味しいパイ作るね」


 たいがい噛み合わんな、お前ら全員!


「ザナックスさん、お願いします」


 俺は、ザナックスの眼を見据えたまま、腰に差したクサナギの剣を抜いた。

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