第83話 恋と剣と疑惑と

 バルセイム城の中庭の中央には昔、美しい噴水があったのだが魔王軍との戦乱の最中、それは取り壊され今は剣術の稽古が出来るようなひらかれた空間になっていた。


 国王軍の兵士達とクラッカル王女そしてヒナとグライドを含む俺のパーティの面々が取り囲むように離れて様子を見守っていた。


「正式な作法に則って勝負を開始しようじゃないか、タケル」


 ザナックスは、俺に提案を持ち掛けて来た。正式な作法だって?

 俺にはその意味がわからなかった。


「ザナックス! 幾らなんでもそれは……」

 クラッカルは、慌てて声を上げた。

 その声には心配するような響きが含まれているように感じた。


「クラッカル様、もしこの者共が未熟であれば、戦場ですぐに命を落とす事になるでしょう。技量を測るのであればやはり、この方法でしかありません」


 ザナックスは、キッパリと王女に返答した。


「でも……」

 困った様子のクラッカル

 いくら王女と言えども、戦闘に関しての国王軍隊長の意見を無視する訳にもいかないのだろう。


「問題ありません!」

 今度はメルがキッパリ言い切った。

 他の仲間達もうなずいている


「おいおい、まだ俺良いって言ってないんだけど」


「でも、お兄ちゃんはなんとしてくれるでしょ」

 ヒナの揺らぎない言葉はクラッカルの耳にも届いた。


「へえ〜っ、そうなんだ」

 横目で嬉しそうに俺を見るクラッカル


「ザナックス、あなたの意見を認めましょう。そしてもしタケルが勝ったのならば一等級の戦士と認め、我が国の国賓として迎えましょう」


 クラッカル王女は、凛とした声でザナックスに伝えた。一部の兵士がざわついたがザナックスの実力を知る者はむしろ有り得ない事だと口元を緩めた。


 いっこもないじゃん俺の意志! まあ、いつもの事なんだけど、期待に満ちた眼で見るのはやめて欲しいと俺の仲間にいいたい!


「王女様、ご理解頂きありがとうございます」


 ザナックスも周りの兵士達とは違った気味の悪い笑みを浮かべた。出世欲の強いサラリーマンがちょうどこんな感じなんだろうか? しかし、あんな顔する人なんだな……この時、若干の違和感が俺の脳裏をかすめた。



 ともあれ、そんな流れで勝負は開始される事になった。本当は力試しなんだけど、もう決闘の様相でしか無いよね。クラッカル王女も急に意見を変えたりしてどう言う事なんだろう。

 国賓と聞いた時のメルの頭に浮かんだ晩餐会的なものが想像できるよ、俺。



 俺とザナックスさんは、噴水のあった辺りの石畳に背中合せで立っていた。ここからお互いに三歩前に進み剣を抜いて勝負は始まる。振り向きざまに相手を切りつけても良いのだ。


 なんだか西部劇の決闘を思わせるのだが、この世界の住人が知るはずもない。この地で独自に作られたものなのだろう。


 ザナックスは背中越しに話しかけてきた。

「タケル、私の早撃ちを思い知るがいい」


 いや、あんた知らないでしょう、西部劇っ!


 近くまでイルカス(ドルフィーナさん)がやって来てたのは恐らく開始の合図をする為だろうと思った。魔族の姿のドルフィーナさんは漆黒のアゲハチョウの様な翼と頭に二本のツノを備えているのだが、今は全くその様子も無く、その美しい容姿以外は普通の人間となんら変わらなかった。


 取り外し自由なんだろうか?

 気になる、よしっ後で聞いてみよう。


 中庭に差し込む太陽の光が噴水跡の石畳だけで無く周りに植えられた芝生にも反射し爽やかな緑を浮かび上がらせた。


「この緑が赤に染まるわけだな」

 メルが感慨深げにつぶやく。


 嫌な事を言うんじゃないよ、メル!


 戦いの続いた俺は癒しを希望しているのかも知れない。そんな思いがボヤキにつながる。


 こんな技量の審査みたいな事が無ければこの綺麗な芝生の上で誰かとお弁当を広げてのんびりしたいものだ。


 はっ! 誰かって!?


 ヒナか? 違う……俺が今頭に思い描いたのは恐らく、きっと、多分、いや間違いなくクラッカル王女だった。 どうかしてるよ俺、でもまさかこれって……



「開始っ!」

 俺がぼやっとしているとドルフィーナさんが開始の合図を告げた。ザナックスは、素早くその場で三回足踏みをして振り向きざまに剣を振るった。


 ずるい、と言うより小せえ!

 まさかの足踏み作戦とはあまりに酷い


 かろうじて剣のさやで攻撃を受ける俺。

 ザナックスが右利きで無かったなら、反対側の胴を斬られていたかも知れない。

 そうこれは正式な闘い、模造刀を使わない真剣での勝負なのだ。

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