第11話 剣士の憂鬱な日

 ケインズの店は『ケインズ・ショップ」という名前だった。


 店名だけを聞いても何の店かはわからないのだが本人いわくケインズと言えば武具、武具と言えば『ケインズ・ショップ』とわかっている客だけが来て欲しいとのこだわりがあるそうなのだ。


 こだわりのラーメン屋なんかも立地の悪い場所で店名だけを掲げて勝負していたりするよな。なんてラーメンの事を思い出したら急に食べたくなって来た。今度、作ってみよう。


 女剣士は、リンカと言いケインズ・ショップの客だった。

 メルを見たリンカは、今度は名乗りを上げて来た。俺が騎士道と言ったのを気にしていたのかもしれない。


「我が名は、リンカ。ゴブスレのリンカだ」カッコ良く決めた。


 ふたつ名が付くなんて相当な腕前なのかもしれない。

 しかし、ゴブスレ?コスプレやゴスロリは聞いたことがあるが…

 ええっと、スレはスレーヤーかな。するとゴブは、ゴブリ…


 俺の考えを悟ったのかリンカがメルを指差し慌てて言った。

「お前の名は、何と言う」

「メルだよ、死神のメル」

 お前のはコスプレだろう!しかも微妙にカッコいいぞ!


「なるほど、なかなか出来るようだな」とリンカ。

 なんかリンカの琴線に触れたようだ。


「いや、あたしなんか『ゴブリン・スレーヤー』を自称するあんたに比べればまだまだ」

 ああー、言っちゃったよ。しかも自称って…

 俺は、決闘の予感を感じた。


「…………」

 リンカは、黙り込んでしまった。

 んっ⁉︎どうした。


 見るとリンカは、ポロポロ涙を流していた。

 突然の事に俺達は驚き、メルはおろおろしていた。


 面白そうに様子を見ていたケインズが口を挟んだ。

「なんか訳がありそうだね、良かったら皆んなでお茶にでもしないかい」


 俺達は、奥のテーブルに座っていた。俺は、紅茶を入れて皆んなに配った。オヤツは、カリカリクッキーだ。


「やったー、カリカリクッキーだっ」メルは、ケインズとハイタッチをしていた。「ウェーイ!」


 カリカリクッキーにテンションを上げていたメルは、ふと我に返って言った。

「あのっ、さっきは言い過ぎてごめんなさいでした」

 もちろんリンカに向けてだった。


「いや、こちらこそ取り乱してすまなかった。つい昔の嫌な事を思い出したら良く分からなくなって」


「良かったら話してみてよ、あたしは、笑わないから」メルは、微笑んで言った。


 リンカは、昔いじめられていたそうなのだ。それも女子にだけらしい。まあ、リンカがかわいいから周りが嫉妬したんだなと俺は思った。

 強くなればみんなが認めてくれると思ったリンカは、剣に打ち込みゴブリンを狩りまくった。


 しかし、ついたあだ名が『ゴブリン・スレーヤー』ではますます皆んなから笑われるばかりだった。


 そのうちリンカは孤立していき今のように気を張って過ごすようになったのだそうだ。

 ケインズの店に来たのも少しでも強くなる武器を探してのことだった。メルは、黙って話を聞いていた。


 話して少し気が楽になったのかリンカは、カリカリクッキーを食べて美味しいと微笑んだ。

 俺達は、少しの間、他愛もない話をして怒ったり、笑ったりした。


 それをケインズは、優しい顔で見ていた。


 リンカは、ケインズの店で新しい剣を1本買った後、帰ると言い。

 俺も途中までメルを送る為に3人で店を出たのだった。


 リンカの家は、メルの家と同じ方向のようでしばらく俺達は、一緒に歩いていた。この前のアビスンの話をリンカは楽しそうに聞いていたがどこか少し寂しげな顔もした。


 リンカの家の近くに来た時、呼び止める声がした。5人の女の子達だった。


「あっれー、誰かと思えばリンカさんじゃん、ゴブリンマスターの、あっ、ごめんゴブリンスレーヤーだったかな。でもあんま変わんないかー。あなたにはぴったりお似合いだけど」

 まわりもクスクス笑っていた。


「わ、わたしは……」リンカは口ごもってしまった。


 さらに別のひとりが追い打ちした。

「あんた相変わらずボッチらしいじゃないの!私たちは5人でパーティ組んだのよ、あんたなんかの仲間になるやつなんていないんだからね……」


 ズガン‼︎とてつもない音がして5人の周りに大きな穴がふたつ開いた。


「あたしの仲間を馬鹿にするのはやめてもらおうか‼︎」

 メルが、5人を睨み付けた。


 メルと俺は、全力魔法を打ち込んだのだ。


 5人は、魔力の大きさにビビり、リンカも驚いたようすだった。

 女の子達は、パーティの魔法使いのひとりをみたがその子は怯えて首を振るばかりだった。


「ごごご、ごめんなさい。リ、リンカ。こんな強い人達とパーティを組めるまでにな、なったなんて……」

 この後、メルは彼女達を散々脅してから帰らせた。


「さ、さっきは、そのありがとう。わたしをかばって仲間だなんて嘘をついてくれて」


 俺とメルは、キョトンとした顔をした。


 やれやれ、俺はリンカの頭に手を置いて言った。

「何言ってんだ、俺達はもう仲間だろ」メルも頷いた。


「わ、わたしが仲間⁉︎ ど、どうして!おかしい、おかしいよ」


「なにが、おかしいんだよ」

 俺は、リンカを見て……


 リンカの目からぽろぽろ涙があふれていた。


「おかしいんだ、嬉しいはずなのに涙が止まらないよ……」


 きっと、悔しい思いばかりしてきたリンカにとってうれし泣きは初めてだったのだろう。

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