第9話 初めてのアレです。

 3人目の船員は少々お怒りだった。

 何故なら今のこの状況は、真面目に勇者を目指しているようにこれっぽっちも見えないからだ。


 だが決して、かわいい水着の女の子と楽しく遊んでいる訳では無いのだ。浮かれてなんていないのだ。


 ここは、言葉を慎重に選んで返答しなければならない。


「す、すいませんでした。ちょっと調子に乗ってました」

 兄としての威厳は、ミジンコほども無かった。

 やましい事は何ひとつないのだが……


 妹は、うるうるしてこちらを見ている。そしてチラチラとメルの事も見ていた。そして何かを言おうと口を開いた。やばい、ダメだ!

 俺は目を伏せた。


「きゃーあ!」とヒナの叫び声。

 メルが、妹に抱きついていた。

 おいっ!何やってんだ魔女っ子!

「この子誰、すっごくかわいい!」「もう、たまらない」

「きゃー、きゃー」ヒナは、驚いてパニックだ。


「待ってろヒナ!兄ちゃんが今助けるからなっ!」


 メルを引き剥がした後、俺達は、ヒナに事情を説明した。


「な、なんだそう言うことか。あんまり楽しそうにしてたから、わたしはてっきり、彼女かと……」


「いや、あたしはただプロポーズされただけで……」

「ぎゃーあ!」俺は慌ててメルの口を塞いだ。話をややこしくするんじゃないよ!


 ヒナは、疑うような目で俺を見ていた。


「この子は、メル。俺が世話になっているケインズさんの姪だ。魔法を少し教わっているんだ」


「水着で?」「今日はな」

「この前もあたしは水着だっ……」

 メルの口を塞いだ。

 ちょっと、黙っとこうか。


「それはそうと、どうしてここにいるのが分かったんだ」

 俺はヒナにたずねた。


「このあたりに経験値を上げる生き物がいるって聞いて探しに来たんだよ」

 偶然にも妹もドロミドロを探しに来たらしい。


「ガブリエルは、どうした?」

「あっちで草を食べてる」

 えっ、草食なのアレ。

「違うよ、薬草を食べてるんだよ」結構賢いなあいつ!


 しかしドロミドロをまだ1匹も、捕まえてないな。ヒナも加わった事だしそろそろ始めようか。


 俺は、早速ケインズに聞いた捕獲方法を試してみることにした。

 え〜っとまず棒の先に糸を付けてさらに糸の先にネギを結び付ける……騙されてないよな、オレ。


 ま、まぁとにかく試してみよう。

 メルとヒナは、タモ網を構えて待機していた。

 ネギが泥沼に沈んだ頃合いを見計らって俺は今度はそれをゆっくりと引き揚げて来た。


 ん、心なしか泥沼の水面が泡立って来たような。そのうちだんだん水面が盛り上がって来た。


「おいっ!来たぞ、準備はいいか!」

「「了解!」」


 "ザバーーーン"

 水面を割ってそいつは姿を現した。


「「「ぎゃあーーーっ!」」」


 俺達は、叫んだ!

「で、でけぇ!」

 そいつは、10mほどのタコに似た生き物だった。タモですくえるのかこれ!


 メルを見るとひどく動揺している。

「メルっ、どうやったらこれを捕まえられるんだ」

「む、無理だよコレ、ドロミドロじゃない……」

「きゃあっ」

 ちょうど水面近くに待機していたヒナとメルは、巨大タコの足に捕まってしまった。


「ヒナーっ、メルーっ!」

 タコの足が体に巻き付いて身動きが取れない。パニックで魔法も使えないようだ。このまま沼に引きずり込まれでもしたら…


 やばい、やばい、やばいよコレ

 ど、どうする、どうする⁉︎


 ええい、迷っている暇はない。

 答えはひとつだ、俺にできる魔法を全力でヤツにぶちかます。


 俺は、カミナリの魔法の詠唱を唱え全力で手のひらに魔力を溜めた……


「いやぁ、アビスンが現れた時には、もうダメかと思ったよ」

 とほっとしたようにメルが言った。アビスンとはさっきの巨大タコみたいなヤツの事だ。


「わたしは、泥だらけになっちゃったよ」ヒナが、トホホな顔をしていた。


「「でも、助けてくれてありがとう!」」ふたりが口を揃えて俺に言い、にっこり微笑んだ。


 俺の放ったカミナリの魔法は、アビスンの頭をぶち抜いたのだ。

 その威力にヒナとメルは驚いたが、一番驚いていたのは本人の俺だった。

 初心者の俺がどうしてあんな魔法が打てたのか謎だ。


 結局、俺達はドロミドロ捕獲を諦め帰る事にした。せめてもの戦利品としてメルの提案でアビスンの目玉を持って帰る事にした。


 ルビーのような目玉は、装飾品として高く売れるそうなのだ。

 目玉は、4つあったのでヒナとメルにひとつずつ渡した。

 ヒナは、キラキラ光る目玉を嬉しそうに見ていた。


「帰ったら、ケインズに笑われるな……」俺がトホホな顔をした。


 メルが思いついたように言った。

「そういえば、ケインズさんって……」

 本当かそれ!だったら…


 二人と別れた俺は、急いで家に帰った。


 ケインズは、その日の夜遅く帰って来た。

「タケルは、もう寝てるようだな。しかし、俺もまた歳を取っちまったなあ。」やれやれという様子のケインズ。


 ふとテーブルを見ると何か置いてある。タケルからだ。


 どうやらロケットペンダントのようだ。

 メッセージカードが付いている。


「なになに、親愛なるケインズへ、

 俺が初めて倒したモンスターの一部で作りました。

 大切な写真を入れて下さい。

 それから、誕生日おめでと…」


 ケインズは、言葉に詰まって下を向いて震えた。

 涙もろい男なのだ……

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