第15話ACT15「フック船長からの挑戦」


 人造天使へと報告する。ナインはこの忘却の物語で得られるものはないだろうと推測していた。だが人造天使の命はただ一つだ。

『テラーはその物語世界に来る可能性が高い。だから張っておけ』

 ナインはいちいち感情論を差し挟むわけでもない。ただただ認めるほかなかった。

「ゼルエル様。ピーターパン、という物語は」

 だからか、そのような疑問を持ってしまったのはいけないのだろう。人造天使はベルを通していさめる。

『よくないな、剪定者ナイン。そういう可能性の話をするのは』

 違いない。可能性の枝葉を切るのが剪定者の役目。だというのに自分から可能性を語り出すとは。

「申し訳ありません」

『テラーという脅威をいち早く破壊する。それこそが剪定者に与えられた使命だと思え』

 だがテラーは尻尾すら掴ませない。ナインは報告を終えた後ベルを使って他の剪定者と情報をリンクする。テラーの存在は情報として開示されていなかった。

「テラーはどこにいるのか。そもそもこの物語に来るという確信はどこからなのか」

『テラーが物語の種類を選んでいるとは思えないもんね』

 今までの傾向だと笛吹き男の世界での干渉と桃太郎の世界での時間震。悪戯で収めるには被害が大きい。だが物語そのものの根幹を揺るがす大事、というわけでもない。二つとも気づけば修復が可能だ。

 だが、とナインは感じる。この二つとも、気づいたのは自分だった。自分が気づかなければ物語の存続すら危うかったろう。

「テラーは何かしらの目的を伴って動いている?」

 ナインの憶測に、『それこそ分からないよ』とベルがナンセンスだと言った。

『テラーってのが現象だって言うんなら』

 現象ならば感情もないはず。だというのにこの付き纏われる感覚は何だ。剪定者ナイン、自分の道筋を先回りされているような感覚は。

「テラーがもし、俺の行動を予見しているとするのならば」

 ベルが理解不可能だという声を上げる。

『そんなの、あるわけない。だってテラーが、それこそナインの考え方をトレースしてでもいない限り』

 考えをトレース。ナインはその言葉に何かしらを感じ取った。テラーという存在が現象だとしても、もしかすると剪定者の存在こそがテラーを招き入れる温床になっているのではないかと。

「こうは考えられないだろうか。剪定者とテラーが出現したのはほぼ同時期だった。だから、テラーは剪定者のキャッシュが凝り固まった存在である、と」

 ナインの仮定にベルは不満そうに返す。

『それってつまり、剪定者の今までの行動こそがテラーの行動に繋がるって言いたいの?』

「だから俺の位置が分かる」

 そう考えれば剪定者は動かないほうがいいのではないか。剪定者が物語世界に過剰に介入するからテラーが出現する。言うなればテラーも剪定者の一面なのではないかと。だがベルは笑い飛ばす。

『面白い冗談だけれど、でもそれ、駄目だよ。そんなこと考え出したら、あたしたちの行動理由がなくなっちゃう』

 ベルの言う通りなのだ。剪定者は動かないほうがいい。物語を取り締まらないほうがいい、というのは諦めの理論である。

「……すまない。どうも弱気になっているようだ」

『鉄血の剪定者が、弱気って』

「この世界に中てられているのかもな」

 忘却されている世界に、自分は何を感じているのか。その物語の主人公だと言われて、何か勘違いしているのではないか。

「ピーター、ティンク」

 ウェンディの呼ぶ声にナインは目線を向ける。ウェンディは秘密基地の屋上にいる自分たちに手を振っている。

『だからあたしはティンクじゃ……。それに、ナイン。あの娘の言うこと、真に受けなくっていいよ』

「ピーターパン云々か」

 だが証人が二人もいれば怪しくもなってくる。ベルは、『あり得ないんだって』と否定する。

『剪定者が、じゃあどこから来たのかって話になる。でも剪定者は物語発生期にはもういたんだからそれは物語世界の、外側から来た存在なんだよ。決して内側からの使者じゃない』

 ベルの言い分は分かる。自分が本物の妖精であったことも信じられない。いや信じたくない。何故ならば既に人造妖精ベルの性根が染み付いている。

「物語をどうこうする立場が、物語の内側の人間であるはずがない」

 それは公平ではないからだ。ナインは木のうろを滑り降りていく。ウェンディはキャンピングバッグを持っていた。

「それは?」

「私がずっと持っているキャンピングバッグ。岩場の陰に隠しておいたんだけれど、何だか重いみたい。何が入っているんだろう」

「確認もしていないのか?」

 信じられない、というナインの声音にウェンディは返す。

「ここはネバーランド。願いの叶う国よ。だからバッグの中身はいつだっていっぱいになる。夢と希望でね」

「夢と希望では腹は膨れないはずだが」

「ところが、ネバーランドでは夢と希望が形になる。きっとハムサンドが入っているんだわ。私、ハムサンドが大好きなの」

 ウェンディの口調にベルが耳元で囁いた。

『この娘、頭がどうかしているのよ』

「ティンクにもハムサンドをあげるわ」

 聞こえているのかいないのかウェンディはその名で呼ぶ。ベルが怒り心頭とでも言うように光を強くさせた。

 ウェンディの手がバッグを開けようとする。その瞬間、ナインは肌が粟立った。戦闘用に研ぎ澄まされた本能が感知する。危険だと判じた身体は咄嗟にウェンディを抱いて影の移動方法で離脱していた。

 直後、バッグが爆発し先ほどまで自分たちがいた場所からもくもくと黒煙が上がった。ウェンディは目を丸くして爆発の痕を見やっている。ベルが苦々しげに口にした。

『……どこが夢と希望ですって?』

「違う、私はいつも通りハムサンドが入っているのだとばかり」

『いい加減、おつむが緩いのも大概にするのね。これじゃあたしたちが巻き込まれるわ』

「違うわ、ティンク! 私は何もしていない!」

『そんな名前じゃない! あたしは人造妖精ベル!』

 二人の言い合いを聞きながらナインは爆発痕に小さなメッセージカードが残っていることに気づいた。歩み寄ってそれを手に取る。

「ようこそ、ピーターパン」という達筆で始まっていた。

「〝我輩、フック船長はお前の再来を受け、指一本触れずにお前を殺すことに成功した。だからこれを読んでいるお前はもうこの世にはいない。恐怖せよ、ピーター。幾度となく、お前の道を阻んできた復讐鬼である我輩の実力に。戦慄するといい、このような非常な手段もネバーランドならば許されるのだと。〟とある」

 ナインが読み上げているとウェンディが顔を青ざめさせた。

「まぁ、フック船長? まさかそんなに早く露見するなんて」

 口元に手をやって大仰な仕草をするウェンディをナインは横目で見やる。

「フック船長、その名前は人魚たちからも聞いた。海賊と人魚と亡者がひしめいているらしいな、この物語は」

『なおさらそんな物語はないと思うけれど』

 ベルの言葉にナインはメッセージカードを懐に入れる。爆破に使われたのは小型の爆弾だ。ぜんまい仕掛けのそれほど複雑ではない爆弾である。構造を解析し、ナインは歩み出す。

「どこへ?」

「そのフック船長とやらに会いに行く」

 その無謀をウェンディが制した。

「無理よ! フック船長はピーターへの復讐心でいっぱいだわ。まともに話なんて」

「話じゃない。フック船長とやらの認識を聞きに行く」

 ナインの言葉の意図が分からないのだろう。ウェンディは首を傾げていた。ベルが追従する。

『フック船長はあの小娘と違って物語の登場人物としての自覚があるのかないのか、ね』

 ベルは心得ている。ナインは、「あることを祈りたいが」と顔を伏せた。自分のことをピーターだと言っているのだからそれも怪しい。

「駄目よ、ピーター! フック船長は正気じゃない!」

『あんたに言われたくないわ』

 ベルの抗弁にナインは、「正気かどうかは」と声を挟んだ。

「俺たちが決める。剪定者なのだからな」


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