第45話『転機の話』

 千堂さんおすすめのハンバーガーを食べながら、今度はもう少し明るい話をした。


「さっきもちょっと美波にバラされちゃったけど、最近私も、千堂くんに倣って、映画観るようにしてるんだ。こんど織花も誘って、連れて行ってよ」


「ああ、そうだねえ。来週公開の映画がいい感じでさ、織花と行こうって言ってるんだけど。それに千堂さんも来たらいいよ」


「へえ、どんな映画?」


「因習がはびこる村から脱出しようってする大学生達を描いたサスペンス・ホラー」


「ほ、ホラーかあ……」


 ちょっと千堂さんが引いている感じだ。

 俺は「やめとく?」と訪ねてみたが、何かを覚悟したような顔で、千堂さんは「い、行くよッ」と力強い声を発していた。


 そんなんなるならやめたらいいのに……。


 そうは思うが、せっかく覚悟をキメたのだから、まあ見守っておくか。


 そして、織花の予定も聞いておくよ、なんて言って、俺達は別れた。

 また近い内に、なんて約束をして。


 こうして千堂さんと二人でまた話せるようになったのは、いいことだよな。



  ■



 と……、そんなわけで俺達は駅で別れ(反対方向なので)夜道を歩きながら、スマホを確認すると。

 そこには松永と織花から、メッセージが届いていた。


 松永からは「千堂ちゃんとはうまくいったか!」で、織花からは「すまん。美冬の機嫌はどうだ?」だった。


 俺はそれぞれに「なんもないよ」と返し、スマホをポケットに戻した。


 ほんと、一時はどうなることかと思ったが、合コンが無事に済んでよかった。

 とんでもねえ修羅場になってもおかしくなかったからなあ……。


 これは日頃の行いがものを言ったのではなかろうか。


 誠実に生きてきてよかった~……。


 誰に聞かせるでもなく、自分で自分のことを褒める分にはいくらやってもいい。

 今日はちょっと、普段は一杯しか飲まないジュースを二杯飲んでやろうかな!


 なんて思いながら、玄関の扉を開き「ただいま~」と告げる。


 すると、そこには。

 なぜかエプロン姿の秋菜が立っていた。

 腕を組んでの、仁王立ちで。


「……た、ただいま」


 不機嫌そうな表情の秋菜に、俺はちょっとだけたじろいでしまって、二度も帰宅の挨拶をしてしまった。


「ハンバーガー。おいしかった?」


「んぉ~!?」


 あ~ッ、ここで秋菜か~ッ!

 俺、日頃の行いよくないかもなぁ!


 ジュース二杯飲んでやろう! という、俺のささやかな楽しみが消し飛んだ瞬間である。


「今日の晩ごはん係、秋菜だから、買い物に行く途中で見ちゃった。お兄ちゃんが、千堂さんとハンバーガーを食べてるところを」


「ええッ。なんであっちに……って、あッ」


 駅向こうには安いで有名のスーパーがあるッ。

 俺が枕木荘に住んでいた時に使っていたのも、あっちの区域じゃん。

 しかも、がっつり窓際に座ってたし、外から見えやすい位置だなあ……。


「い、いや、なんていうか。あ~、なんだ」


 俺は何か謝るべきなのかもしれないが、謝るようなことはしていない。という気持ちがどうしても抜けず、どもってしまった。


「別にぃ。お兄ちゃんが千堂さんと何してようが、秋菜には関係ないけどぉ」


 唇を尖らせ、秋菜は露骨に拗ねているようだった。

 そういえば、かつて秋菜と姉さんの様子がおかしくなったのも、千堂さんから告白されてすぐだったっけ。


「関係ないっていうなら、気持ちよく出迎えてくれよ……」


「ふんっ」


 と、秋菜はそそくさと踵を返して、リビングに戻っていく。

 まあ、すねているのだろう。


 秋菜本人が落ち着くまで、そっとしておくのがいいだろう。

 というわけで、俺はリビングで姉さんにも帰宅の挨拶をして、部屋に戻り何か適当に映画を観ることにした。


 今は難しいものを見たい気分ではなかったし、新しいものを見たい気分でもなかったので。

 見たことがある映画の中で、一際アクションが爽快かつストーリーが難しくないものを観ることにした。


 伝説の殺し屋がひたすら人を殺していく。

 ただそれだけといえばそれだけなのだが、軽妙なセリフ回しと、かっこよさを追求した画作りでとてもお気に入りである。


 俺がぼんやりとその映画を見ていると、部屋の扉がノックされた。


 リモコンで映画を止め「はーい」と返事をする。

 ドアが開くと、そこには姉さんがいた。


「あれ、どったの」

 

「入ってもいいかしら」


「ん、もちろん」


 そう言うと、姉さんは部屋に入ってきて、俺の隣に腰を下ろした。

 え、隣なんだ?


 ちょっと面食らったが、まあ別に隣に座るくらいあるだろうと、そこには触れないことにした。


「アキちゃんに聞いたわよ。千堂さんに会ってたって」


 言われて困ることではないはずのに、心の中では「秋菜ぁ!? なんで言ったぁ!?」と、小さい俺が騒ぎ出す。


「あ、会ってましたけども……」


「偶然? それとも、約束?」


 姉さんはまっすぐ、俺の目を覗き込んだ。

 その黒曜石みたいに黒い輝きからは、感情を察することができない。

 何を求めているのだろう……。わからないのなら、嘘をついても仕方がないし、何度も言っているように、別に俺は悪いことをしたわけではないのだ。


 だからこそ、嘘をついてもいいことがまるでない。

 と、思うので……俺は「ちょっと複雑な事情があってさ」なんて前フリをしてから、合コンに誘われたことやそこで偶然千堂さんと再会したことを話した。


「……ってなわけで。別に、何がどうなった、ってわけでもないんスよ」


「ふぅん……」


 姉さんは膝を抱え、そこに頬を乗せ、俺を見つめてくる。


「ねえ、ナツくんは……千堂さんと付き合うの?」


「え、いや。今のとこ、そんなつもりはないけど」


「でも、きっと千堂さんは今でもナツくんのことが好きでしょう」


 俺は、千堂さんからそう告げられたことまでは、姉さんに話していない。

 そんなことまで姉に言うことは、普通の家族ならしないだろうからだ。


 しかし、それでも姉さんは予想をつけた。

 女の子だからこそ、わかる何かがあるのだろう。


 そして、姉さんはほんの少しの間、唇をキュッと結び、心の中で何かを解くように時間をかけて、言葉を発した。


「ねえ、ナツくん。……知っておいてほしいのだけれど」

 

 その言葉で顔を起こし、逃がさないため、捕まえるかのように俺の頬に手を添えた。


「私も、ナツくんのことが好きよ」


 それは、俺の中の何かを壊す一言だった。

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