第44話『嘘だけど、嘘じゃない話』

 千堂さんが連れてきてくれたのは、俺があまり行かない、駅の反対側の方だった。

 そっちはほぼ住宅街であり、友人がいない俺が来る理由のない場所である。

 そこを二人で歩きながら、ちょっと歩くと、雑居ビルの一階にある、ガラス張りで店内がよく見えるハンバーガーショップ『ワイルドパティ』という店にたどり着いた。


 慣れた様子でその店に入ると、店内は雰囲気のいいアメリカンテイスト。

 おしゃれでニューヨーク……って、語彙がないなあ。

 こういうのよくわからないし、仕方ないが。


「いらっしゃいませ~。お好きな席にどうぞ~」


 ウエイトレスがそう間延びした声で、店内に案内してくれる。

 さすがに行きつけなのか、千堂さんは最初からその席に決めていたように、窓側の席に腰を下ろした。


 俺も千堂さんの向かいに腰を下ろすと、千堂さんがメニューを手渡してくれる。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう。えー、と……?」


 メニューを見ると、当然だがいろいろある。

 ハンバーガー、チーズバーガー、というノーマルなものから、タルタルエビバーガーにバベルバーガー?


「なにこれ?」


 メニューの、バベルバーガーを指差すと、千堂さんは表情をパッと明るくし、スマホを操作して、その画面を見せてくる。


 そこには、千堂さんの顔の倍くらいある、なかなか大きめなハンバーガーが映し出された。

 千堂さんが顔を横に置いて、ピースしているので、とてもよく大きさがわかる。


「バベルって、バベルの塔か」


「そうそう。大食いメニューは、飲食店的にはありがたいよね。SNS映えするし。私も、ブログに乗っけたよ。顔はもちろん隠したけど」


「……え、た、食べきったの?」


 嘘だろ。

 まだ若い俺でも「胃がもたれそう」って思ったのに。


「そりゃあ。これくらいなら」


「これくらい!? ハンバーグ何個あるのこれ!」


「15枚だね」


「うお~……」


 思わず感慨の声を漏らしてしまった。

 そんなに食えない。っていうか、千堂さんって、そんなに大食いなんだ?


「私は大食いはそんなに得意じゃないから、流石にお腹いっぱいになっちゃったよ~」


「いやあ、普通の人下からすれば、十分得意って言ってもいいと思うけど。……で、どれおすすめ?」


「鈴本くんって、苦手なものあったっけ」


「いや、特に無いかな?」


「じゃあ、ここはやっぱりこの、スペシャルバーガーかな。ここのはねえ、粗挽きのパティの肉汁がいいんだよ。そこに挟まってるトマトとアボガドが合わさったら、口の中が幸せでいっぱいだよ」


「んじゃ、俺はそのセットにしようかな。千堂さんは?」


「私もそれで」


 手を挙げてウエイトレスに声をかけ、千堂さんのおすすめを2つ、注文した。飲み物は二人ともコーラだ。


「なんか、織花が好きそうな店だな……」


 なんの気なしにそうつぶやくと、千堂さんはクスリと笑う。


「ついこの間、織花も連れてきたよ。織花も美味しいって」


「え、千堂さんって、織花と最近遊んでるの?」


「うん。そりゃあ、友達だもん」


 そうかあ……。

 織花、俺にはその話、一切しないもんな……。

 告白されて、振った相手の話はしないほうがいいという、気遣いなのだろう。

 気を使わない人間に見えて、実は結構気を使うんだよな。


「っていうかさあ。鈴本くん。織花のこと、女の子として見てないのかもしれないけど。私、一応まだ鈴本くんのこと好きなんだけど。そんな女子と一緒にご飯来て、他の女の子の話するのって、どうなの?」


「うえッ!?」


 いたずらっぽく笑う千堂さんに、からかわれているのはわかったのだが。

 それって、改めて言われるようなことなのか……?


「ど、どうなのって。いや、マジでただ、なんとなく言ってみただけなんだけども」


「わかってるわかってる。……っていうかさ、一個どーしても、聞きたかったことあるんだけど、聞いてみてもいい?」


「ん、なに?」


「私のこと、なんで振ったの?」


「ぶふッ」


 それ聞く!?

 っていうか、なんで楽しそうな笑顔してんの!?


 千堂さんの感情がどうなってるのか全然わかんない!


「な、なんで、って……。いや、だって、あの時言った以上のことは……」


「バイトで忙しい、だっけ。でもさ、鈴本くんって、バイト週どれくらい入れてるの?」


「週四、だけど」


 本当は毎日でも入れたいくらいなのだが、おやっさんが「バイトだけで終わらせる青春はもったいねえぞ。その分、金は弾んでやるから」という好意で、週四にとどまっているのだ。

 口座通帳を見るたびに、ありがてえなあ……という気持ちになる。


「まあ、確かに普通よりも入れてるほうかもしれないけど、その週の内、一日を彼女に割くのって難しいかな? 別に、毎週じゃなくてもいいわけだし」


 千堂さんは笑顔であり、そしてその口調も、普通の疑問をぶつけてきているのはわかるが。

 それを俺にぶつけるのって怖いよ!


「む、難しい、っていうか……あ~。なんていうか……。お、俺にもいろいろあって……」


「私のこと、嫌い?」


「いやいやいや! 決してそんなこと無いッス!」


 千堂さんを嫌いになったことはない。

 だが、確かに好きだったなら、忙しかろうがなんだろうが、付き合うという選択をしただろう。

 しかし、俺は結局、千堂さんと付き合っていない。


 それはつまり……。


「嫌いじゃ、ない。でも……。なんていうか、人と付き合う、っていうのがよくわからないんだ」


 俺は、千堂さんという大事な人に疑問をぶつけられ、心の奥底の、自分でも見ようとしなかった心を直視することになった。

 それは、きっとこういう機会でもなかったら、一生見ないふりをしていたのかもしれない。


「そんなつもりはなかったけど。でも……忙しくて付き合えない、っていうのは、ごめん。たしかに、結果的には嘘かもしれない」


 俺は、そう恐る恐る口にした。


「それってさ、やっぱり春華さんと秋菜ちゃんにかまってあげる時間を増やしたいとか、そういうこと?」


「あ~……」


 松永の「姉妹の都合のいい道具になろうとしている」という言葉が、俺の頭の中に響いた。

 ……家族として受け入れられるように、家族として過ごす時間を増やしたい。

 そんな思いが、俺の中にあったのは、否定できなかった。


「そうなのかも」


「そっか。私は全部知ってるわけじゃないけど、複雑だもんね。ちょっと私が言うのもなんだけど……。鈴本くんが、ちゃんと納得できる形になるのを、祈ってるよ」


 千堂さんの言葉に、俺は「ありがとう」と、素直な気持ちで頷いた。

 あんなふうに、千堂さんの好意を無碍にした俺に、こんな言葉をかけてくれるのだから、千堂さんは優しい人だ。


 さすが、織花と友人やれているだけある。


 そんな話をしている内に運ばれてきた、スペシャルバーガーセットは、なんというか、とても頼もしい味がした。

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