第43話『気まずい話』

 その後、俺は正直何があったのか、よくわかっていなかった。

 夕方まで合コンをしていたのだが、俺はとにかく質問にただ答えるマシーンと貸していた。


 知らない人と話すのはいいことだ。

 新しい世界の扉を開くということになる。


 という、新たな気づきを活かすことができず、とにかくこの時間をやり過ごすことに必死だったのだ。


 そして、千堂さん以外とは、特に問題もないまま、合コンを終えることができた。


 俺達はカラオケから出ると、幹事である周防と、その友達である藤野さんがこの後どうしようかと相談していると、千堂さんは「私、もう帰るね」と言って、足早にその場を去っていった。


 俺はその背中を見ながら、どうすべきか悩んだ。

 いや、少なくとも、合コンに参加している以上不義理を重ねているし……。

 かといって、俺が千堂さんを追いかける権利ってあるんだろうか……。


 そう悩んでいると、織花が俺をジッと睨んでいた。

 いや、睨んでいたというよりは、何かを求めるかのようだ。


 何をすべきか、言葉にせず俺に伝えるかのように。


「……悪いっ、俺も帰る!」


 そう言い残し、俺は千堂さんの後を追いかけた。


 ありがとう、織花。

 俺の背中を押してくれるのは、いつもお前だ。



  ■



 繁華街を一人、足早に突っ切るように歩いていく千堂さんの五歩くらい後ろを、俺も速歩きで追いかけた。


「千堂さん」


 呼び止めるが、千堂さんは止まらない。

 そりゃあ、そうだろう。


 止まる理由がないもんな……。


 だが、俺はそれでも呼びかけるしか無い。


「言っても仕方のないことだし、あんな場に行った不義理が解消できるわけじゃないけど……。俺は、あくまで人数合わせだったんだよ」


 そう端的に事情を説明する。

 すると、千堂さんはピタッと止まり、俺の方へと歩いてきた。


 手を伸ばせば届く距離まで近づいてくると、まっすぐ俺の目を見つめてくる。

 後ろめたさがある俺には、眩しすぎて目をそらしてしまった。


「……別に、鈴本くんが合コンに来たからって、怒ってるわけじゃない。振られてるし、別に責める権利もないし。私も同じ、数合わせで参加したわけだし」


「だったら、何を」


「でも、鈴本くん、私のことを振った時、理由が「忙しくなるから」だったよね? それでも、こういう会には参加できるんだ?」


「あ、そ、れは……」


「わかってるよ。一日くらいの参加ができる、っていうのはさ。彼女となると、それだけじゃないもんね?」


 理解を示してくれているが……しかし、その心の中に、きっと納得はないのだろう。

 大人でいようとする千堂さんと、子どものように感情をぶつけたい千堂さんが戦っているように見える。


「でもさ、怒ってるよ! 忙しいって断ったのに、へ~、合コンする時間はあるんだ! とか考えちゃうし! 彼女でもなんでもないのにね!」


「い、いや。こっちも、その、誤解されるような振る舞いをしてしまって……」

 

「こんなことで怒ってる自分も嫌だし……。鈴本くんから勧められた映画を、高校で出来た友達に勧めてるのがバレたのも恥ずかしいし……。っていうか、合コンに行ったのがバレたのも!」


 どうも、千堂さんは混乱しているらしく。

 自分の心の内にあるものをすべてバラしている。

 まるで倒れたコップから水がこぼれるみたいだ……。


「いや、その。こっちこそ、っていうか。こっちのほうがごめん……。考えが足りなくて、不愉快な思いをさせてしまって」


 頭を下げると、千堂さんは何も言わなかった。頭を上げようかどうかちょっと迷ったものの、いくらなんでも往来で頭を下げっぱなしというのは俺も恥ずかしいので、頭を上げた。


「なんで鈴本くんが謝るかな……」


 なぜか、謝られるのが不満、と言わんばかりに顔を歪めていた。


「別に私、彼女でもなんでもないし! 私が怒ってるのも、ほとんど八つ当たりだし……。私が怒る権利なんてないし……。もっと、堂々としててよ」


「ん、お、ああ……」


 要するに、千堂さんは、俺に謝ることはないと言ってくれているのだが……。どうにも、居心地が悪い。


 だって、俺は悪いことをしたと思っているし……。

 それなら謝らないといけないわけで。


「このケースで、堂々と、は難しいかな……」


「まあ、そう、だよね」


 俺と千堂さんの間に、気まずい沈黙が流れる。

 まずい……「じゃ、俺帰るね」とは決して言えない雰囲気になってしまった。

 帰るにも、なんというか、中途半端な空気だし……!


「あ~、その。あ、あれだ! な、なんか食べいかない? 良い時間だしさ。奢るよ!」


 千堂さんの趣味が食べ歩きであるということを思い出した俺は、とっさにしてはいい思いつきを口にしていた。


 クスっと笑った千堂さんは「わかった。じゃあ……お店は、私に選ばせて」と言って、持っていたハンドバッグから、この間の“うまいもんマップ”を取り出した。


 ……あまり高くないとこにしてね。






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