第42話『ひどい男の話』

「な、なな、なんで千堂さんがここに……!?」


「そ、それはこっちのセリフ! なんで鈴本くんがここに!?」


 俺と千堂さんは、互いに指を差し合い、まるで糾弾するかのような雰囲気を出している。

 知らない人じゃなさすぎるんですけど!!


「あれ、そこの人、美冬と知り合い?」


 と、一人。

 一番最初に入ってきた茶髪のウェーブロングの子が声をかけてきた。


「え、あ、いや。まあ」


「美冬ねえ、中学の時に失恋したんだって。バイトするから忙しくなるって言われてさ。それから彼氏を作ろうともしなくて、青春がもったいないってんで無理やり連れてきたんだよ。来れば運命の出会いとかあるかもしれないし」


 ね~、と千堂さんを見る。

 しかし千堂さんは、友達の顔の方を見ず、ずっとこっちを見ていた。


 水色のシャツワンピースに身を包んだ彼女から、怒気を感じるのはきっと勘違いじゃないだろう。


「ねえ、鈴本くん?」


 なんか、努めて冷静になろうとしているような、気持ちのこもっていない笑顔を浮かべていた。

 怒りたいけど、この雰囲気を壊さないように大人になっている、という感じだ……。


「忙しいんじゃなかったの?」


「あ、いや、あ~……た、たまたまぁ~……そのぉ。暇が出来ましてぇ……」


 俺がなんとかごまかそうと困っていると、ステージに登った織花が「はいはいはい! それじゃあみなさん、さっそく始めていきましょうね!」と、マイクを使って叫ぶ。


「ほら美冬、座って座って!」


 と、先程声をかけてきた少女に引っ張られて、千堂さんは椅子に座った。

 俺達は向かい合う格好になったが、なんて居心地の悪い空間だ。

 全力で挑むどころじゃなくなってしまった。


 俺がそうしていると、織花がとことこと、椅子に座っている俺の隣にしゃがみこむ。


「すまん……まさか美冬が来るだなんて思わなかった。連絡は一人としかしてないし、店前で待ち合わせたから、お前に連絡する暇がなくてさ……」


 と、俺にAVを貸し、玲二さんに怒られる原因を作った時も謝らなかったのに、マジで謝ってきたことにちょっとだけ驚いたが。

 それだけ織花にとって、俺と千堂さんの間にあるものが重たいということなのだろう。


「それに、ボクが青嵐に聞き覚えがあったの、美冬の志望校だったからだ……。思い出せなくてすまん……」


 と、謝ってくれた。

 いや、織花が謝ることなんてなにもない。

 悪いのはこの場合、どう考えても俺だろう。


 千堂さんを振ったのだから、少なくとも千堂さんに不義理と思われる場所に来るべきではなかったのだ。


 ただ……。


「もうこれ、合コンっていうか、半分同窓会なんだけど……」


 織花も含めると、この場にいる半分知っている女子だし。


「あ~……全力で盛り上げるからっ」


 と、それだけ言って、織花は再びステージへと戻っていく。

 盛り上げるから、というが……。俺と千堂さんがここから楽しくなるのって厳しくねえか……?


「さてさて、それじゃあ皆さん。本日は、お集まりいただき、ありがとうございますぅ。肩ひじ張らず、楽しんでいってくださいませ~。まずは、自己紹介から! あ、ボクは桐谷織花、司会マシーンなんで、気にしないで~」


 じゃあ、男子から!

 と、織花が男子サイドを指さした。

 ……なんか慣れてないか?


 しかし、千堂さんの登場でだいぶテンションが落ちてしまった俺は、どうにもそんなことを突っ込む気にもなれず、周防と松永の松永の自己紹介を聞いていた。


「周防正次、バスケ部やってます。趣味はスポーツ観戦」


「松永悠一! 帰宅部、趣味は~……いろいろ! 今日は彼女作る気で来ました!!」


 と、松永は思い切り頭を下げた。

 その前のめりな姿勢に、女性陣はちょっと引き気味で、まばらな拍手をしている。

 俺でも「早いぞ!」とわかるが、松永は誇らしげだ。


 ……そして、俺の番になったわけだが。


「え~……鈴本夏樹、です。趣味は、映画鑑賞。部活はバイトしてるんで、入ってないです」


 俺は、まあこんな感じだろう、という自己紹介をした。


「へえ、映画って、どんなの観るの?」


 千堂さんでもなく、先程の茶髪の子でもなく、真ん中の女の子が俺を見つめて質問してきた。

 ポニーテールにブラウスと、爽やかな格好の子だ。


「あー、えと。ザックス・アドランド、っていう監督の作品が一番好きで」


「あ、もしかして『ラスト・リゾート』の?」


「ええっ! 知ってんの?」

 

 おいおい、あんま日本で有名じゃない監督だぞ!

 俺は同好の士を見つけて、思わずテンションが上がってしまう。


「知ってる知ってる。面白いよね、ザックス・アドランド。私は美冬から教えてもらったんだけど」


「えッ」


 俺は思わず、驚きで声が上がってしまう。

 そして、千堂さんも、肩がビクッと跳ねた。


「美冬も結構映画観るんだもんね? 鈴本くんと、趣味合いそうじゃない?」


 ポニーテールの子は、優しく千堂さんに微笑んでいた。

 俺の中に、複雑な感情が芽生える。

 ……自意識過剰みたいだが、多分、俺の影響、だよなあ。


「あ、ああ~……そ、そうだね」


 と、ぎこちないほほえみを返す千堂さん。

 ここにいると、罪悪感で胃がちぎれるかもしれない……。


 この中で唯一、俺と千堂さんが知り合いであること、そして告白され振ったことを知っている織花は、慌てて


「それじゃあ、続いては女子、自己紹介!」


 と場を流してくれる。

 怖いよこの合コン! 合コンってこうなの!?


 なんで俺は誰とも付き合ったことがないのに、彼女に浮気がバレたみたいな精神状態にさせられなきゃならないんだ!?


 俺が、俺が悪いんだけど……!


 そんな苦悩をひた隠しにしていると、女子も自己紹介を始める。


「私は、藤野奈緒。あ、周防の友達ね。趣味は、お菓子つくりかな~。学校では料理研究部です!」と、茶髪のロングウェーブの子が手を挙げる。


「志田美波。美術部で、趣味は散歩かな」と、ザックス・アドランドを知っていた、ポニーテールの女子が頭を下げる。


 そして――


「千堂美冬です。趣味は……食べ歩き、です」


 と、ふてくされたような、緊張したような面持ちで、千堂さんは、机の上と男連中を交互に見るようで視線が安定しない。


 俺が、どうしようと考えていると。

 松永が少し俺に身を寄せ、小さな声で


「なあ、なあ。可愛い子ばかりだろ、よかったろ、来て」


 と、肘でぐりぐりと俺の腕を突いてくる。

 たしかに、可愛い子ばかりだが、今の俺にとってそれを上回る帰宅なかった理由があった。


「ちょっと美冬。もっと笑顔笑顔! ごめんね~。美冬、ちょっと無理行って連れてきちゃったから……」


 そう言って、藤野さんが頭を下げる。


「いいって、いいって。さっき、失恋? って言ってたっけ。ったく、千堂ちゃんみたいな子を振るなんて、ひどい男だねえ。俺なら千堂ちゃんから告白されたら、すぐOKよ。なあ、鈴本!」


 松永の言葉に俺は「はい……ほんとに……」と力なくうなづくしかなかった。


「で、どんな男なの?」


 松永が最悪の質問を投げかけたところで、織花が「はい~司会進行の邪魔しない~! 質問コーナーはこっちがやるから! 過去を詮索する男はモテないよ!」とカットしてくれた。


 織花ぁ……!

 ありがとう、本当に……!


 俺には頼れる人間は織花しかいない、とすら思えるような一瞬だった。

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