第40話『隠し事の話』

 結局、俺が合コンに参加するのは、ほぼ確定らしかったので、その後まったく触れずに俺達は雑談して、陽が暮れたら解散になった。


 松永と話すのは楽しかったので、今日はいい日だ。

 新しい友達ができるというのは、いいことだしな。

 俺は決して、友達なんていらないというタイプではなく、ただ日々の暮らしが忙しいこともあって、あまり人に関わらないだけだ。


 そんなわけで、俺は帰宅した。


「ただいま~」


 玄関先で靴を脱いでいると、リビングにいたらしい姉さんがエプロン姿で現れる。

 あ、今日姉さんが晩ご飯係だったか。


「おかえり、ナツくん。同じクラスの男の子と遊びに行ってたんでしょ? 晩ごはん、一応あるけどどうする?」


「あ」


 そうだった。

 こういう時、晩ごはんがいらないって、先んじて連絡しておくべきことなんだよな。


 こういう状況に慣れてなさすぎて、そういう連絡が存在するの、すっぽり頭から抜けてた。


「ふふっ、大丈夫。南蛮漬けだから、明日お弁当に詰めてあげる」


 姉さんはそう言って微笑んでくれた。

 ありがたい……。

 とはいえ、次からは気をつけなくては。


「なら、コーヒーは飲む? 実は、クッキーも焼いてみたから、今、アキちゃんに味見してもらってたの」


「クッキーかあ、それじゃ、いただこうかな」


 さっきホットドッグとラーメンを食べてたと言っても、それくらいなら全然入る。

 なんなら、シメがほしかったところだ。

 俺は「その前に、着替えてくる」と言って、一旦自室に戻り、適当なTシャツとスウェットに着替えてからリビングへ。


 ソファーでは姉さんと秋菜が、クッキーと紅茶を飲みながらくつろいでいるところらしかった。


 俺もソファの適当な位置に腰を下ろし、姉さんが淹れてくれたらしい紅茶を飲む。


「は~……。疲れた体にしみるなあ」


「お兄ちゃん、ジジくさぁ」


 くすくすと笑う秋菜。

 そういうお前の唇の端っこには、クッキーの食べかすがくっついているぞ。

 ガキくさぁ。


「それで? 須々木さんと織花……さん、以外の人と、遊びに行った感想はどうだった?」


 もう織花のことは呼び捨てでいいんじゃないかな……。

 と、俺は思うのだが、秋菜的には礼儀に欠くのだろう。

 ネコをかぶるのがうまいので、知らない人に対しては礼儀正しい面があるのだ。


「楽しかったよ。やっぱ人間、たまには新しい人と会話するのって大事だなって。いいやつだったし」


「そかそか。まあ、お兄ちゃん、友達少なすぎるし。一人二人くらい、増やしたほうがいいよ。三人寄ればもんじゃ焼き、ってね」


 妹にだいぶ失礼な口を叩かれているが、俺は気にしない。

 全部事実なので……。

 別に自分の人生を間違っているとは微塵も思っていないが、たまに振り返って「あれってどうだったのかなあ」と顧みるくらいはする。

 友人が少ない、というのはその最たるものだ。


 あと、それを言うなら文殊だから。


「どうだった? 友達になれそうだった?」


 姉さんの言葉に、俺は思わず母親っぽいなあ、なんて思ってしまう。

 小学生が初めて学校に登校して、帰ってきた後じゃないんだから。

 ……そこまで心配かけてるのかなあ?


「まあね。面白いやつだったし、話も楽しかったよ。また遊ぶ約束もしたし」


 合コンを遊びの約束、と言ってもいいのだろうか。

 ……まあ、別に、不幸が確定したイベントじゃないんだし、気楽に考えればいんだ。


「へえ」


 と、俺がうまくいった報告をしたら、姉さんはちょっとだけ驚いたように目を見開いた。

 心配の根は深いらしい。


「次につなげるのが大事だものね。今のところ順調そうでよかった。お友達作りは大事よ。自分の新しい世界を広げるのは、創作活動にも役立つし」


 絵を描くのにもそういうのがいるのだろうか。

 俺は創作活動とやらをしていないのでよくわからないが、映画監督もよく映画を撮るには、映画だけ見ていてはいけないと言っているし。

 ……って、俺が人との縁を増やして、何かプラスになることがあるわけではないが。


「お兄ちゃんは別に創作なんてしないでしょーが。っていうか、正直意外なんだよね。お兄ちゃんが人と仲良くなるなんて」


「ええッ!? 俺って、そんなに人当たり悪そう!?」


 絶対そんなことないと思ってたんだけど!

 我ながら、うまく人間社会に溶け込んでいると思っていたのだが……。


 俺の困惑が秋菜に伝わったのか、珍しく慌てた様子で「ち、違うよ?」と手を振って何かを否定している。


「人当たりは悪くないよ。むしろ、いいくらいじゃない? そうじゃなくてさ、人と深く関わろうとはしない、っていうか……」


 そう言うと、なぜか秋菜のほうが少しだけ悲しそうな顔だった。

 なんでそんな顔をしているのかわからないが、俺は「まあ、そうかもねえ」と紅茶をすする。

 落ち着かなさそうに、秋菜はソファに乗せた両足のつま先を動かしていた。


「そう思ってたナツくんが友達を作ろうとするのは、私達、とても嬉しいの。ね、アキちゃん」


「まあ、ね……」


 照れくさそうに頷く秋菜。

 俺って、そんな風に思われてたのね。


「で……。友達と遊びに行くってことは、もう予定は立てたんでしょ? こういうのって、次に繋げるのが大事だから」


「ん、ああ、ごう……」


 俺は、言おうとして、言っちゃまずいことを言おうとしていることに気づき、慌ててキュッと喉を締めた。


「え、ごう? なに?」優しく微笑む姉さん。

「ごう? ……なんで途中で言うのやめたわけ?」と、訝しげに俺を睨んでくる秋菜。


 あぶねえ!

 なにを正直に「合コンだよ」って言おうとしてんだ!?

 そんなこと、家族にバカ正直に言えるわけ無いだろ!


 言ったが最後、どういうことを言われるか全然想像できねえ……!

 織花連れてきただけで結構糾弾されたんだぞ!


 俺は、受験の時並に頭を回す。

 ごう、ごう……! なんだ、俺はなんて誤魔化せばいいんだ!?


「ごう、豪勢な男でさあ、今日一緒に遊んだやつがさあ」


「今人間性の話なんてしてなくない!? なにするかの話じゃん!」


 まったくである。

 だが、秋菜のツッコミを受け入れては、俺が言いたくないことを言うハメになってしまう。

 姉妹に合コンのことがバレるのはめちゃ嫌だ……!


「次の遊びに行く時、映画を奢ってくれるてって言っててさあ」

 

 俺は、これまでにないほど、爽やかな笑顔を浮かべる。

 なんてうさんくさい笑顔だ、と我ながらうんざりしてしまうが……。どうやら姉妹は信じてくれたらしい。


「あら、そうなの? よっぽどナツくんのこと気に入ったのねえ」


 なんて、姉さんは信じてくれたらしい。

 が、秋菜は「な~んか、怪しいなあ……」と、半信半疑といった様子だった。

 さすがは鋭い勘の持ち主である。が、疑われていたっていい。

 なぜなら、合コンさえ済んでしまえば、二度と行かないからだ……!

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