第38話『チェンジ!の話』
俺は、自分の幼い頃からの話を松永にした。
正直、話している最中に何度か「なんで俺はこんな大事な話を、今日始めて遊ぶ人間にしているんだろう」と思ったが。
そのたびに松永の相槌がうまくて、話をしなきゃという気にさせられた。
人に対して、ちゃんと興味を持ってコミュニケーションを取っている人間だからこそ成せる技なのかもしれない。
聞き上手、ってやつだ。
だからこそ俺は、幼い頃に両親が死んで、鈴本家に引き取られたことや。
鈴本家長男として、責任を感じて生きてきたこと。
姉妹に避けられ、拒絶され、一人暮らしをしてきたこと。
そして、つい最近家庭の事情で家に戻り、なんか姉妹の様子が違って仲良くしようとしてきていること。
そんないろいろなことを、松永と織花に話した。
「……と、俺の生い立ちとしては、こんなところかな」
そう言って話を締め、すっかり冷めてしまったコーヒーで喉を潤した。
自分の人生の話題だし、別に面白くもなんともないのだが……なぜか松永は、目を押さえてグスグス言っていた。
「そっ、そうかぁ……。鈴本ぉ、お前、苦労してきたんだなぁ……!」
「えっ、泣いてる!?」
嗚咽混じりで泣いてやがる。
それ名作の映画見ないとならないやつだぞ!
隣の織花も、めちゃ引いた目線で松永を見ていて、一人だけ温度感が桁違いだ。
「しっかし、ひでえな! 鈴本姉妹! お前は精一杯家族になろうとして頑張ったのに、その態度はねえよなあ!」
泣いていたと思っていたら、松永は怒り始める。
ドン! と机を拳で叩いていた。
なんで……? こいつの感情の起伏どうなってんの……?
「い、いや。別に、俺に対して、家族になりたくないっていう、姉妹の気持ちは理解はできるし……」
だから落ち着け! な?
と、俺は松永の肩に手を置く。
さっきコーヒーを吹き出した時とは真逆になっている。
「何言ってんだ。理解できたからって、怒らなくていい理由になるかよ! お前、鈴本姉妹と、ちゃんとコミュニケーション取ってるか?」
松永は、涙に濡れた真剣な表情で俺を見つめた。
だが俺は、その言葉に、突然頭が真っ白になる。
コミュニケーションは、自分なりにしっかりとっていたはずだが……。
「お前さ、身の上話聞いて思ったけど。全然姉妹に対して、自分の要求してないよな? 姉妹にとって、都合のいい道具になろうとしてる感じがするんだけど」
俺はその松永の言葉に、心の奥が強く叩かれたような、そんな気持ちになった。
口の中が、どんどん乾いていくようだ。
何かを口にしようと思っても、頭の中でどんどん逃げていく。
「い、いや、そんなことは……」
俺は姉妹の道具じゃない、家族になろうとしたんだ。
そう言おうとしているのに、口がうまく回らない。
松永はそんな俺の様子をわかっているようで、話を続ける。
「家族として愛されるのってさ、言うこと聞いてくれるから、じゃねえだろ? お前はさ、姉妹が言う事聞いてくれるから、家族になろうとしてんのか?」
違う、俺は……。
ただ、姉妹が大事で、幸せになってほしくて……。
考えがまとまらない。
頭の、今まで使ってない部分が無理やりを動かされているようですらあった。
「まさか、松永が一気にそこまで腹割りに来るとは思わなかったなあ」
織花が頬杖をつき、気だるげな目つきで俺を見つめていた。
そして、ため息を吐き、小さな声で「まあ、いいきっかけか……」とつぶやく。
「便乗するようで悪いんだけどさ、夏樹。松永の言うことはもっともだぜ。言っちゃ悪いが、お前ってさあ。自分から姉妹に対して、要求とかしないじゃん。例えば、二人に対して自分から「一緒に出かけよう」とかって、言ったことあるか?」
「……は?」
何か、俺は、決定的な部分に触れられた気がする。
それは……確かに、無い気がするが……。
そんな俺の様子を見て、織花は再びため息をついた。
「ボクとお前は親友だ。だから、松永がいきなり言うには、ちと失礼なことでも言ってやるよ」
そう言うと、織花は。
今まで見せたことのないような、真剣な表情をする。
「愛情ってのは、受け入れるだけか? 受け入れてもらうことだろ? お前、怖がってるんだよ。姉妹に対して、家族として甘えて拒絶されるのを」
「お、俺はそこまで言うつもりはなかったけど……」
そこまで事情知らんし、と。
妙にビビったような表情をする松永。
「デリケートな問題だしと思って、俺がブレーキ踏んだとこ駆け抜けたな桐谷……」
「ずっと言おうと思ってたんだよ。こいつの家で、二人きりで映画観たときから。姉妹に対してはYESだけだったからな。でも、こういう面倒な話題はきっかけがないと、なかなか言えないし」
「へぇッ!? 男の子と女の子、二人でお家映画観たんですかぁ!? それはもう大人の階段登ってないですか!?」
「なんだその敬語? ……ボクと夏樹の関係性は、端から見ててもわかるだろうに。驚くことか?」
「よくそれで付き合えてないとか言えたな……。つか、それって当然、姉妹も家にいたろ?」
「いたけどね。ボクがそんなもん、気にするやつに見えるかい?」
「見えねえ……」
俺が心の安定を図ろうとしていたら、バカな話をしている二人が気になって、それどころじゃなくなってしまった。
……ありがたいっちゃ、ありがたいんだけども。
お前らが引き込んだシリアスなんだから、もうちょっと浸らせてよ。
そんな、俺の複雑な気持ちの目線を察知したのか、松永は慌てた様子で「悪い悪い」と、頭を下げた。
「お前のことを知りたいってだけで、別に意見をぶつける気はなかったんだ。お前がそれでいい、って思ってんなら、別にいいんだけどさ」
「いや、いいんだ。こっちこそ、テンパって悪い」
「そこで、なんだけどさ!」
ズイッと、ちょっと身を乗り出す松永。
その話は、人の家庭環境にメスを入れてきた人間とは思えないほど輝いていた。
「お前には、なにか人間として変わるきっかけがいると思うんだ。いや……というか、家以外の逃げ場がいる。そう思います!」
なんで敬語?
「まあ、一理あるな。ボクも、親と喧嘩して、夏樹の家に転がり込んだことあるし」
「ええッ!? 男の子の家に転がり込んだんですかぁ!?」
また驚いてる。
っていうか、敬語抜けなくなっちゃいそうだな……。
「お、お前らってさ。愛のない快楽に身を委ねたりしてないよね……?」
ちょっと顔を赤くして、恐る恐るという様子で、俺達をちらちらと見る松永。
「そんなことしてねえわ」
織花は爆笑していて、否定してくれない。
「い、いや。とりあえず、俺が何を言いたいのかっていうと」
コホンッ、と咳払いをし、そして松永は。
「合コン行こう! お前を男にしてやる!」
と、俺の手を取った。
……合コン?
男にしてやる?
頭の中で、その言葉が何度も、赤ん坊のベッドの上でぐるぐる回るモビールみたいに回っていた。
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