第37話『人には人の苦労の話』

「うわぁ!? 大丈夫か!?」


 思い切りむせてしまった俺を、松永は背中を叩いて落ち着くようにと介抱してくれる。

 キミが突拍子もないことを言うせいなんだけど!?


 織花に至っては、ニヤニヤとこっちを見ていた。

 お前の面白そうなことを堪能しようとする性格は嫌いじゃないが、もうちょっと心配とかしてくれ。


「つ、付き合ってる……って? 俺と、二人が?」


「わ、悪い……いや、でも。あんだけ堂々とイチャついといて、付き合ってないは無理あるだろ? それなら、紹介してくれなかったのもそういうことなのかな~って」


 俺は「あの時言った以上の意味は別にないけど……」と言いながら、口を拭いたり、テーブルを拭いたりする。

 こいつ、俺のダチ! 恋人にどう? なんて姉と妹に紹介する男はいません。


 だが、イチャついてるという言葉は、ちょっとショックだった。

 いや、ショックというよりは「そうだよな!?」という、納得というかなんというか。

 一言では表せない感情ではあったが。


「俺と二人は付き合ってない。っつーか、家族なんだからそんなのできないし、してたらもっとこっそりするだろ」


「まあ、それもそうか」


 と、納得した表情の松永。


「でもなあ、いくらなんでも。家族であんな、腕組んで登校っていうのはなあ……」


 ぶつくさ考え出している松永。

 納得していないんだろう。

 まあ、その気持ちはわからないでもないが……。


「なにか、こう……周囲に見せつけるようですらあるんだよな……。あの二人はモテるし、俺みたいに狙ってるやつもいるだろうから、その牽制か? いや、だとしても、鈴本は兄弟だしな……。牽制っていう役割だと、ちょっと不適格だよなあ。ってことは、牽制とはまた違う意味があるのか?」


 なんか、松永の頭が回転している音が聞こえる気がする。

 ミステリ映画の探偵役が、めっちゃ推理しているような感じすらあるな……。


「……なあ、もしかして、お前と二人って、血がつながってないとかないよね?」

「ええッ!? なんでわかったの!?」

「あぁ!? マジでぇ!?」


 答えにたどり着くのが早すぎて思わず認めてしまった。

 が、なんで松永まで驚いてんだ。


「い、いや。俺はただ、あの二人が周囲に腕組んでるのを見せつけたいのかと思って。それを家族であるお前が相手になるのに、なんか意味があんのかなと。そしたら、まず前提として、そうなんじゃないかな~って。ほぼ勘だけども」


「お前すげえな」


 と、織花は感情の起伏を感じさせない声で言う。

 驚きすぎて、逆に感情が消えた、という感じだ。


「え、桐谷は知ってたんか?」


 俺の言葉には驚いていない風の織花から察しをつけたのか、松永はどんどん切り込んでいく。

 ……俺の中でも、トップクラスの秘密だったはずなんだけどなあ。


「ああ。夏樹とは親友マイメンなんでね。知らないことのほうが少ないよ」

「はあ~……さすが、鈴本と付き合っていると噂されているだけはある」

「三十過ぎて相手がいなかったら結婚しようねっ」


 と、織花はいつもの気だるそうな声から、急にキャピっとした甘ったるい声を出し始めた。

 その声の甘ったるさが、不快感となって背筋を襲う。


「やめろ気色悪いッ!」

「な? こいつはボクを女として見てないんだよ」

「ああ……すげえなお前」


 クスクス笑う織花と、なぜか関心したように俺を見る松永。

 別に、織花を女として見て無いわけじゃないんだが。


「いやあ、にしても……。まさか鈴本が、春華さんと秋菜ちゃんと、血がつながってなかったとはねえ。確かに、言われて見りゃ似てないが」


「似てるなんて人生で一度も言われたことないけどね」


 玲二さんの仕事先の人が家に来て「かわいい娘さんたちですねえ」と言いつつ、俺の見た目については別に何も言わないとか、結構あったしな。

 鈴本家って……俺以外美形なんだよなあ。


 顔の良し悪しより心が大事だ、と思ってはいるものの。

 そういう単純な話じゃないからメイクとかが存在するのだ。


 最近は男もメイクをするし、スキンケアを頑張る時代だ。

 俺もちょっと頑張ってみようかな?


「え、ていうか。それが聞きたくて、今回の会が開催されたわけ?」


「いや、まあ。これはあくまでついでだったんだけどさ。俺の好奇心を満たすだけだし、家族と付き合ってます~なんて重たい話題はとっとと流して、あとは楽しむっていうプランだったんだよ」


 それが達成できるとはどうしても思えんが……。

 逆に言えば、俺が二人と付き合っていたとしても「へえ! そうなんだ! じゃあこの話はおしまい! 楽しい話しようぜ!」になるってこと?


「付き合ってるって肯定したら、絶対そんな会話の流れにならないと思うけど。お前だって、今みたいなテンションにならないぞ」


「いや、大丈夫大丈夫。忘れるし、触れない。言ったろ? 俺はあっさり塩味だって。俺の問題じゃねえんだから、口出さね。助け舟とかいるんだったら、できるかぎりはするけど」


 たしかにあっさりだ。

 うーん、実はこいつ、めっちゃいいやつだな?


「ま、俺が関係のない問題に口突っ込んだところで、できることなんてたかが知れてるし。俺の言葉程度でなんとかなる問題なら、とっくになんとかなってるだろうしなあ」


 椅子に深く背を預け、天井を眺める松永。

 彼も、クラスの中心人物として、いろいろあったのかもしれない。

 あっさりなのも、そんな日々で培った処世術なのかな。


 やはり人間というのは、接してみないとわからないものだ。


「もちろん、血がつながってないのも、言いふらさねえし」


「ああ、そうしてくれると助かる」


「でもさ、俺は人に秘密を漏らしたりはしない男だけど、野次馬根性はあるのよね。だもんで、お前の身の上話ってやつ、聞かせてくれよ。仲良くなるには、腹割らないと。もちろん、俺も割るぜ!」


 そう言って、松永は笑顔を見せ親指を立てる。

 こいつに身の上話をする理由などまったくなかったが……。

 なぜだか知らないが、俺はこいつに、話してもいいかな、という気持ちになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る