第36話『意外な話』
同じクラスの男子と遊びに行く、というのはなんとも久しぶり……。
いや、もしかしたら初めてかもしれない経験であった。
俺の友達って年上か女の子しかいない、というか二人しかいないのだが、さすがにちょっと人間関係をもっと広げたほうがいいのでは、と自分の人生に疑問が生まれてしまった。
とはいえ、俺は姉妹以外に使う時間はあんまり増やしたくないので、結局のところあんまり友達を作ろうという気持ちは湧き上がってこなかった。
あんまり増えられても、俺のキャパシティを超えるし。
そんなわけで、俺は真面目に授業を受けて(そろそろ中間だ)放課後を迎えた。
「よう鈴本! 行こーぜ!」
と、明るい笑顔で松永は俺の前に立った。
「なんか元気だな、お前?」
松永の声に呼ばれたようなタイミングで、織花もやってきた。
「いやあ、だってよお。鈴本と桐谷と遊ぶなんて初めてじゃん。あんま知らない人と遊びに行くのって、なんか好きなんだよなぁ」
「へえ……」
なんだか根っから明るいやつの発言だ。ちょっと関心してしまった。
俺もそういうメンタリティは見習いたいものだ。こういう考え方だからクラスの中でも中心人物にいるのだろう。
俺は立ち上がり、松永に先導される形で、廊下に出た。
松永の後ろについて歩きながら、俺はスマホで鈴本家の子のみグループメッセージに「今日はちょっと遅くなります。クラスの男子に誘われた」と送っておいた。
「それに、鈴本と桐谷、お前らクラスで……というか学年で、かなり話題だからな。俺も興味あるし」
「俺と?」
「ボクが?」
なんでもなさそうに言う松永だったが、俺と織花は思わず顔を見合わせてしまう。
俺たちって、別に話題になるようなことをした覚えはないんだけどな。
一体何がなんだかわからずにいると、松永振り返り、
「知ってたか? お前らをけっこーいいなって思ってる異性がいるの」
と、何故かドヤ顔をした。
「「へえ~」」
だが、妙に勿体ぶった松永に応えるようなリアクションはできなかった。
俺と織花は、おそらく似たようなバカな顔をしていたことだろう。
「えっ! そんなにリアクション薄いんか!? 嘘だろ! お前らほんとに思春期か!」
「そう言われても。誰かもわからんし、恋愛する気もないし」
「ボクは見た目いいから、意外でもなんでもないんで」
織花はさすがの自信である。
確かに見た目は抜群なんだよなぁ、織花……。
「ええ……やば、お前ら。どういう乾き方だよ」
松永はどこか引いたような様子だった。
そう言われても、俺ら二人、恋愛映画でしか恋愛を知らんので。そして、恋愛映画を見ても楽しそうとは思わない。二人ともどちらかというと、恋愛映画は好きなジャンルには入っていないのである。
「お前らほんとわけわかんねえなぁ。付き合ってそうかと思ったら恋愛に興味ないとか言い出すし……。ま、いいや。それはあとで、恋バナということで」
え、恋バナするの?
という俺の疑問は無視して、松永は俺たちを先導して、教室を出ていった。
俺と織花は、そもそもがあまり他人と関わらないタイプであることもあり、その松永のテンションについていけなくなりそうだったが、ここで彼を放って帰るほど非常識でもないので、仕方なく松永についていった。
■
松永に連れられてやってきたのは、なぜかファミレスとか、カラオケなどではなく。
学校の近くにある、ログハウス風な休憩所だった。
そこには、食べ物と飲み物の自販機が豊富にあって、テーブルがいくつか並んでいる、店員のいないフードコートのような装いだ。
「……なにここ?」
周囲を見渡すも、妙に居心地がよさそうな場所だというのに、誰もいない。穴場という言葉が似合う場所だった。
「なにかはさっぱりわからんが、ここいいだろ。冷暖房完備! ファミレスとかと違って、いるだけなら金かかんねえし、二四時間空いてる超穴場なんだよ」
「ほぉ~」
松永は、一つの机を軽く叩いて、俺と織花を「ここに座れよ」と招く。
俺たちはその指示に従って座ると、松永は「お近づきの印に、なんか奢ってやるよ。何がいい?」そう言って、色とりどりの自販機を指差す。
「え、マジで、いいの? んじゃあ……ブラックコーヒーで」
「太っ腹だねえ。んじゃ、ボクはコーラとホットドッグ」
俺たちがそう告げると、松永は自販機の元に向かっていった。
そして、買い物をする松永の背中を見つつ、ぼんやりと自販機のラインナップを確認する。
あ、ラーメンとかいいな……。
こういうとこのラーメンって、当然、誰かが補充をしているんだろうな。
その様を想像すると、なんだかほっこりしてしまう。
誰かがここで食べるのを想像して、材料とかを入れていたりするのだろうか。
俺も酒を配達している時、なんとなくだが、この酒で美味しくて楽しい時間を過ごしているんだろうな、なんて思うし。
「ほいよ、お待たせ。鈴本のコーヒーと、桐谷のコーラとホットドッグな」
テーブルに置かれたホットドッグが、やたらとうまそうに見えてしまい、織花がかぶりつくのを、羨ましそうに見つめてしまう。
「……買ってくっか?」
それを、松永に見られてしまい、少し恥ずかしくなってしまった。
呆れたような表情をする松永に、遠慮しようとしたものの、俺の言葉を待たずに再び自販機の元へ行き、どうやら松永本人も食べたくなったのか、2つのホットドッグを持って戻ってくる。
「すまん、ありがとう」
「いいってことよ。見ると食いたくなるんだよなあ、ホットドッグ……」
言いながら、俺たちも織花に倣い、ホットドッグを頬張った。
パン、ソーセージ、ケチャップにマスタードのみという、非常にシンプルなものだったが。
まさにこういうのが食べたいんだよな。
ケチャップの酸味と、マスタードの辛さが鼻に抜けて、ソーセージの肉の匂いを運んでくれる。
弾ける歯ごたえと、柔らかいふかふかのパンの差も楽しい。
「自販機のもんでも、意外にうまいもんだな」
そうつぶやくと、織花はもちゃもちゃと噛みながら「自販機のもんだからこそ、うまいんだよ」なんて、訳知り顔をしていた。
お前もあんま食べたことないはずだよね?
そんな風に、俺と織花と松永は、三人で黙々とホットドッグをかじった。
別に、会話できないわけではなかったが、その時はホットドッグに集中したいという相違だったのだ。
そして食べ終え、満足のため息を吐くと。
俺以外の二人も食べ終わっていた。
とりあえず、今日は松永と親交を深めるという目的だったし。
俺からも歩み寄りの姿勢を取って、話しかけておくか。
そう思い、口を開こうとすると、松永が先に口を開いた。
「今日は親交を深める、ということなんだけども、その前に一個、気になったから聞いてもいいか?」
なんだろう?
改まって言われるのは、なんだか少し疑問だが、別にいいかと頷く。
「いやさあ、前々からそうなんじゃないか、とは思ってたんだけどさあ……」
松永は、あー、とか。うー、とか。
口の中で小さく言いながら、露骨に歯切れが悪くなっていた。
言いにくいことなんだろうか。
急かすのも悪いなと思い、俺はとりあえず、買ってもらったコーヒーに口をつける。
「……お前さあ、春華さんと秋菜ちゃんと、付き合ってたりするの?」
俺は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
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