第35話『歩み寄りの話』

 俺は別に聖人君子というわけではないので、かわいい女の子に迫られると「もしかして俺のこと好きなのかな」くらいには思う。

 だからこそ、姉妹が俺に対し、家族以上の感情を持っているのでは? という予想くらいはしている。


 しかし、俺には「一家の長男」という責任があるのだ。


 血が繋がらない俺を養ってくれた恩義ある人達の娘であり、戸籍上は家族。そんな相手に「好きになっちゃったから手を出しちゃいました」では、顔向けできない。


 俺が玲二さんならブチギレてもおかしくはないのだ。


 せめて俺が女の子なら、こんな心配はしなくてよかったのだが。



  ■



「なんだか、すっかりその光景が定番になってきたな?」


 珍しく通学路で出くわした織花は、腕を組んで俺を……正確には、俺とその両腕にぶらさがるような鈴本姉妹を見ていた。


「お、おはよう織花」


 正直言って、親友であっても見られたい光景ではなかったので、俺はなんだか心臓が一瞬きゅっとしめられるようになってしまった。


「あら、おはよう織花ちゃん」

「おはよう織花……さん」


 姉さんはにこやかに、秋菜は渋々という感じで、織花に朝の挨拶をしていた。相変わらず、秋菜の織花への苦手意識は消えていないようだった。


「なんというか。漫画とかアニメの世界じゃん。リアルで女侍らせてるやつ見ると思わなかったなぁー」


 怖い怖い、と言いつつ、俺たちの少し前を歩いて、ご機嫌な足取りの織花。


「その言い方やめてくれる? 二人は家族なんすけど」

「まあまあ。それでも美人さんには変わりないし。……僕も抱きついちゃおうかなぁー。左右は埋まってるし、正面かな?」

「そんなスペース余ってないしっ」


 敵意むき出しの秋菜が、まるで餌を取られそうなチワワのように織花を威嚇していた。そのせいで、俺の腕を掴んでいる指の力が強くなって、ちょっと痛い。女の子の爪はおしゃれしたい分、面積が長いのだ。姉さんは絵をやっているし、邪魔になるからなのか短い。だがそれでも、なにかを離したくないかのように、俺の腕をつまんでいる。つねるような形になって、ちょっと痛い。つまり、左右の腕どっちも痛い。


「冗談冗談。僕も、そんなところに割り込むほど、怖いもの知らずでもなければ盲目でもないつもりだし。それに、そんな可愛いことをできるほど、乙女でもないし」


「一番ナツくんに密着してる人が何を……?」


 なぜそんなところを姉さんが突っ込むのかはわからないものの、確かに織花とは、キス未満のことならほとんどしている気がして、俺はなんだか自分がひどく不健全なことをしているのではと思えてきた。


「そうだよ……なんなら、一番お兄ちゃんと一線越えそうなのはアンタだっつーの……」


 秋菜がなにか恐ろしいことを言っているが、俺は気にしないことにした。それはとってもリアリティがある話だ。そんな気はないとはいえ……関係性を言葉にしないまま、なあなあでダラダラと深みにハマっていきそうなんだよな。


「くっくっく。乙女っていうのは可愛いもんだ」

「それはなに? 織花も含めて?」


 俺はなんの気無しに言ったが、織花は振り返って、楽しそうに笑い「んなわけないだろ」と言った。

 でもまあ、俺は織花のことを可愛いと思っているので、それ以上の言葉は野暮だと想い、何も言わないことにした。


 しかしほんと……姉妹が俺にくっつきたがるのは、どうしたもんか。

 俺の日常生活にも影響が出るのに……。



 ■



 さすがに「鈴本姉妹を侍らせていた男は一体誰なんだ」という噂も、こう何日も続けば正体がバレるのは当たり前であり、下駄箱で姉妹と別れると、俺に注がれる視線が急に増えた。姉妹を直接見る度胸がねえんだったら見るなよ、なんて思わなくもないが、俺の自意識過剰かもしれないので、無視することにした。


「あぁー……マジで、バイク通学がしたいよぉ」

「どんまい。つーか、お前最近バイク乗ってんの?」

「バイトの配達で原付は乗ってるけど、遠出はしてないなあ……」

「二人乗りができるようになったら僕を後ろに乗せるって約束忘れてないだろうな」

「忘れてねえけどさ。……はあ、そろそろ一人遠出でもすっかなぁ」


 最近してないことだし、そろそろ遠出でもしようかな。

 キャンプ道具とか買って、ソロキャンでもいいかもしれない。……高校生一人でキャンプっていいのか?

 まあいいや、そこらへんは本気になってから考えよう。


 そんなことを考えながら、教室に入った。すると、普段俺なんて見向きもされないのだが、いよいよその時がやってきたらしい。

 周囲からの、感情が入り乱れた視線を感じる。


 俺はどう反応すべきかは迷ったが、考えることをやめた。

 

 いよいよ俺に好機の視線が集まる時が来たらしい。


「おやおや、なんだか覚えのある空気だねえ」


 織花は苦笑して、俺の肩を叩いた。

 なんだか懐かしい、生ぬるく絡みついてくる視線だ。


 中学の時もこんなんになったっけな。


「ういーっす。なんだか、顔険しくね?」


 と、そこにやってきたのは、松永である。クラスメイトにして、友達になろうとしている男子である。


「お、おぉ、松永か。おはよう。なんか、すげえ久々って感じ」

「そうか? 同じクラスだし、それなりに顔をあわせてたと思うけど」


 まあ、それはそうなんだけど。

 それでも松永は友人が多く、クラスの中心的な人物。俺と同じクラスにいても、その距離は沖縄から北海道くらいの距離はある気がする。


「まあなんでもいいんだけど。それより鈴本。さすがにちと、派手になってきたな」

「……一応聞くけど、何が?」


 俺としては、思い違いであってほしかったのだが、松永の言葉は予想通りだった。


「いくら家族といえど、さすがに人気者二人と腕組んでじゃあ、お前の正体を知らないやつには刺激が強すぎるぜ」


 と、もっともなことを言ってきた。

 俺だって、姉妹がどれだけ可愛いかくらいわかっている。というより、俺が一番わかっている。何年一緒にいると思っているんだか。


「そりゃあ、まあ……」

「松永ぁ。そんなもん、夏樹が一番わかってるって」


 なんと言っていいかわからない俺と、講義する口調の織花。

 だが、松永はどちらかというと俺に近い表情をして、


「だからよ。勝手にとは思ったんだけど、お前が家族っていうのをちと広めておいた。無駄かもしれねえけどさ」

「あ、それは結構助かるかも」

「だろ? 家族だって知ってたら「なら仕方ないな」ってなるだろうし」

「松永って、そういう気遣いができるんだな。ちょっと意外だった」

「当たり前だろ。俺は友達には優しいんだよ」

「友達……」


 そういえば、そんなことを言ってくれてたっけな。

 織花と拳くん意外に友達はいないので、ちょっとうれしいかも。


「つーかさ。そろそろ俺と遊びに行こうぜ。友達なんだし、それが自然な形だと思うんだけど」

「まあ、そりゃあ確かに」

「だったら行こうぜ! 今日!」


 今日はバイトないはずだな……姉さんと秋菜とも約束はしていないし、行けるっちゃ行ける。だけどなあ……。


 俺、松永のことよく知らないし。

 人見知りなんだよ。


「俺の友達も呼ぶから、みんなでパーッと、カラオケとか行こうぜ」


 ええ……。俺、流行りの歌なんて、映画で使われてるもんじゃないとわかんねえし……。そもそも音楽なんて、拳くんのバンド以外ほとんど聞かないしなぁ。


「鈴本ってどんな歌好きなんだ?」

「……ええ、いやあ。つうか、カラオケはやめない?」

「なんで? あ、もしかして音痴とか? 笑うけど笑わねえよぉー」


 笑うんじゃねえか! 歌ったことはあんまないけど、多分人並みだと思うが。

 どうやって誘いを断ろうか困っていたら、すぐそばにいた織花がやっと声を出した。


「タコ。夏樹は人見知りなんだよ。口説き落としたいんなら、少人数で出かけるところから始めろ」


 と、織花が少し苛ついたような表情で松永を見ていた。


「なんだよ桐谷。彼氏が自分以外と話してるからってヤキモチか?」

「アホか。ボクと夏樹は付き合ってないっての。遊ぶ上で恋愛感情なんて邪魔でしかないからな」

「え、そうなの? 多分、このクラスはほとんどお前らが付き合ってるもんだと思ってるはずだぞ」


 別にそう思われている分には、特にデメリットはないし、別にいいんだけど。


「まあでも、そうだな。確かに、あんま大勢で遊び行っても仕方ねえか。じゃ、俺と2人きり。どうだ?」

「駄目だな。ボクもつれてけ。夏樹の扱い方を教えてやる」

「別にいいけど。なら今日は、俺たち三人、親交を深めていくか」


 なんだか最終的に俺の意見が無視された気がする。

 とはいえ、織花がいてくれるのはありがたい。松永のことは、姉妹を狙っているくらいしか知らないし……。そんな相手とサシで遊びにいくのも、一〇分会話が保つ気がしないしな。

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