第33話『ライバルと自覚の話』

「罪な男だねえ……」


 楽しそうに笑う織花が、俺にはよくわからない。果たして俺がなんの罪を犯したのか、ちょっと言ってみてほしいほどだ。


 俺は真面目に生きてきたつもりである。

 罪を犯さないようにしてきたし、人には誠実に接してきたつもりなので。

 しかし、こういうのって自分で言うと露骨に胡散臭くなるな……一応本当のことなのに。


「なんの話をしてんだか、全然わからないんだけど……」


 そうして、俺は織花に助けを求めようとした時、頼んでいたタピオカミルクティーとサンドイッチが俺と姉妹の前に置かれた。

 まあ、何はともあれ飯だ。腹が満たされたら、なんとかなるだろう……。


 タピオカミルクティーも、飲んでみたかったし。


「……い、いただきまーす」


 なぜか見つめ合う姉妹と千堂さんに対し、遠慮ぎみにそう言った。だが、返事はなかったので、俺はゆっくりとタピオカミルクティーを啜った。

 甘ったるいミルクティーの中に、ぷにょぷにょとした硬めのグミみたいなものが入っていて、正直そこまで甘いものが好きじゃない俺にとっては「まあ、こんなもんか」という感じだ。


「よおよお、夏樹よぉ。タピオカミルクチーはどんなんよ? つーか、もう古いんじゃないの? 流行り的には」


 と、織花は俺の持っているミルクティーのグラスを見つめている。


「ああ? どうって、別にどってことないけど。これなら普通のミルクティーでいいかな。コーラとホッドドッグが嗜好の食い物だと思っているお前の口には合わない」

「まぁじでぇ? でも、女子は好きなんだろ?」

「別に男女がどーのって話じゃねえんじゃねえの? 男でもいるだろ、好きなやつ」

「貸してみそ。やっぱ直に飲んでみないと要領を得ないや」


 織花はテーブルの上に手を乗せて、パクパクと指を開いて閉じて見せる。指先でタピオカミルクティーのグラスを押し、その掌にくっつけた。


 そして、グラスを掴むと、織花は太いストローを咥えて、タピオカミルクティーを啜る。


「あ、おい。気をつけねーと……」

「ぶへぇっ! き、気管に、気管にタピがぁッ!」


 俺もさっき、一瞬だけ入りそうになっていたので、織花に忠告しようとしたが遅かった。


「一気に飲もうとすんなって……言おうとしたんだけどなあ」

「遅いぞバカッ。これじゃ味なんてわからん!」


 俺はナプキンを取ってやり、織花に渡して、背中を叩いてやった。


「けほっ、けほっ……。あぁー、死にかけた。さんきゅ、夏樹」

「はいはい」

「もう一度飲ませろ。次は一度口で溜める」

「いいけど、あんま飲みすぎて俺の分無くすなよ?」

「もう一度頼めばいいじゃんか」

「バカ言うなよ。つーか、お前だって頼んでたろ」

「んじゃあ、ボクのもちょびっとあげる」


 言いつつも織花は口元にストローを運び、俺のタピオカミルクティーをじゅるっと一吸い。

 やれやれ。まったく仕方ないなこいつは、と……親友と会話していたら、なぜか姉妹と千堂さんが俺を睨んでいた。


「……あの。春華さん、秋菜ちゃん」


 千堂さんは、ちらりと二人を見る。

 そして二人も千堂さんに視線を返す。


「なんていうか、一番の強敵ってやっぱり、織花……さんなんだよねえ」

「ナツくん。そういうの、よくないわよ」


 女性三人から向けられる視線は、まるでシャーペンの芯を束にして、肌を撫でられるような不快感があった。俺が悪いことしてるみたいだ。おかしいな……ただ親友と話していただけだったのだが。


「やれやれ。夏樹の空気の読めなさには困るぜ」

「なんで一緒に喋ってた織花が悪くないみたいな顔してんだよ。というか、俺より空気読めないだろうがお前」

「ちちちッ。ボクぁ読めないんじゃないの。読んでないだけ」

「余計タチわりぃだろ」


「「「んんッ!」」」


 と、女子三人のわざとらしい咳払いが飛んできた。

 おいおい……なんでだかわからないが、今このお三方は、俺が織花と会話するのがあまりお気に召さないようだ。


 どーりで、さっきから織花が俺の顔見てニヤニヤしてるわけだな。


「……くっくっく。ま、これで姉妹と美冬、全員が置かれてる状況を理解したようだねえ」


 相変わらず、織花が何を考えているのかわからないし、今言ってることもよくわからないが……。

 姉妹と千堂さんはわかっているらしかった。

 深刻そうに眉を歪めて頷いたり、腕を組んだりとそれぞれのリアクションをしている。


「もしかして、織花……この状況も想定してた?」


 なんだか、恐る恐る……というか、冷蔵庫の中に放っておいた卵を確認するかのように、千堂さんは織花を見る。織花そのものというよりも、織花の周囲という感じで、本当に織花に少し不気味なものを感じているのかもしれない。


「想定? よくわからないけど、ボクは自分が面白いなと思ったことを口にして、行動に移してるだけー」


 そう言っていると、織花の頼んだストロベリーパフェとタピオカミルクティーが届いた。


「んー……甘ったるそう。健康とは無縁って感じ。最高」


 織花はそう言って、長いパフェスプーンを底に突き刺し、引き抜くようにして、底をかき混ぜた。


「パフェっていうのはこの、重ねたスイーツをかき混ぜる感じがいいんだよ……下品なことをしているはずなのに、この流動には品性がある。統一したものを崩す、その感動がパフェにはある。混ざった時の味、すべてが計算されているんだ。これがパフェの素晴らしさ……計算美なんだよ」


「お前、なんかそういうのにはうるさいよな……」


「わかるよ織花。パフェっていうのは計算された美しさを壊しつつも、混ぜた先も計算されている、美しいスイーツなんだよ。縦長のキャンバスに描かれたアート」


「え、もしかして千堂さんと織花って、そういう感じで仲良くなったの?」


 知らなかった……。

 確かに、織花も食い意地が張っていたけれど。

 そういう食へのこだわりがあったからこそ、この二人は仲良くなったのか。


「……ね、お姉ちゃん。これはちょっと、まずいかもね」

「うん。アキちゃん……やっぱり、まずいね」


 耳に唇を寄せ合い、二人囁いている姉妹。

 その言葉が、俺にはどういう意味かわからなかったけれど……しかし、どうにも彼女らが、大きな決意を抱えているようなのは、少しだけ理解できた。


 ……それがどういうものか理解できていたら、もう少し今後の立ち振舞も上手くできたのかもしれない。


 姉妹の頑張りは、俺には刺激が強い。

 それだけは、今の俺にもよくわかる。


 

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