第32話『知っちゃう話』

 なぜなのかはわからないが、織花は場を掌握するのがやたらと上手い。

 やつは基本的にはバカというか、社会性のかけらもない性格をしているくせに、実は教師であったりクラスメイト達からの評価は存外高い。

 まあ、顔がいいというのはもちろんあるのかもしれないが、それは置いておいても、なぜか場の主導権を握り、いつの間にか司会者ポジションにいることが多かったりする。


 織花は元々いた四人が呆然としている間に、ウエイターから近くの椅子を使ってもいいという許可を取り付け、思いっきり誕生日席に腰をおろした。


「ふぃー。まさか美冬までいるとは思わなかったなぁー。ボカァ、鈴本家のおデートを見学に来ただけだったんだけども」


 言いながら、さらっとメニューを手に取り、眺め始める。

 こいつ注文する気じゃねえか。つまり、居座る気まんまんじゃねえか!


「うーん……カツ丼とかない?」

「あるわけねえだろ。ここおしゃれカフェだぞ」

「その言い方がおしゃれじゃないねえ。映えないよぉ?」

「映えなくていいんだよ別に……。つか、カツ丼食いたがってるやつに言われたくねえ」


 ずいぶんさっきまでの会話よりも気が楽になってしまったが。

 しかし、姉妹と千堂さんから飛んでくる「なんだこいつ」みたいな視線が、なぜか俺に突き刺さる。織花には効かないとわかっているからだろう。特に、千堂さんは友達なわけだしね…


「織花……さんは、なんでここにいんの?」


 口を開いたのは、秋菜だった。一番織花が苦手そうなのに。

 ……一番苦手だからかな? 露骨に帰れオーラ出してるし。


「なんで、って。妹ちゃん。夏樹にこのカフェ教えたのボクだし。一度入ってみたかったんだけど、おしゃれなカフェに一人ってのはどうにもね」

「うっ……」


 一人で採点していた千堂さんが、織花の言葉で勝手に傷ついている。そこらへんは気にすることもないと思うが……。


「だから、いま妹ちゃんがここにいるのは、ボクのおかげってわけー。感謝してもいいよ?」

「なんで秋菜が感謝すんのよ!」

「してもいいって言っただけで、別にしなくてもいいけどね」


 うぷぷぷ、と、品の無い笑いをして秋菜をからかう織花。やめて。そのからかいの代償は、おそらく俺か姉さんに来るから。


「お兄ちゃん! なんでこの人呼んだの!!」


 烈火の如く怒る秋菜の矛先が俺を向いた。なんでやねん。


「いや、呼んでないし……」


 そりゃあ行き先を相談したりはしたが、まさか来るとは思うまいよ。


「すいませーん。ストロベリーパフェとタピオカミルクティーくださーい」


 マイペースな織花は、俺が追求を受けているというのにウエイターに注文をしている。親友が親友によって困らされているのだから、もうちょっと俺を助けるとかそういう気持ちだけでも見せてほしい。ていうか、カツ丼食べたいって舌でそれ食えるか?


「織花ちゃん、久しぶり。元気そうでよかったわ。ナツくんがゲームセンターに連れて行ってくれたけど、あれも織花ちゃんの入れ知恵?」


 と、織花に負けず劣らずマイペースな姉さんは、朗らかにほほえみながらそう言った。

 入れ知恵という言葉はなんだか強い気もするが……。


「ええ。ゲームセンターは金をエグい勢いで消費することを除けば、いいデートスポットですからね。いつもと違う夏樹の顔でも見れました?」


 姉さんは、ハッとしたように目を見開いた。何かに驚いているようではあったが、すぐにいつもの温和な微笑みに戻り、頷く。


「ええ。しっかりと。やっぱり、織花ちゃんにはお見通しなのね」

「そりゃまあ。お二人が夏樹に行き先を決めさせるのなんて、そうそうたくさん理由があるもんじゃないですし。夏樹は基本的に、相手に合わせるタイプだから。どっちかというと、ボクはその顔を知らないけど」


 と言って、織花は俺にニヤリと笑顔を見せる。まあ、たしかに織花と一緒の時は、行きたい場所が一緒だから、合わせるというよりも合ってしまうのだ。だから、織花に合わせようと思ったことは、実はそんなになかったりする。


「……どういうこと?」


 千堂さんだけは、ついさっきここで会ったから、俺たちが出かけている理由など知らないのか、織花に飲まれ気味の中、やっと口を開いた。織花が来てから、織花の発言に傷ついただけだからな……。


「私達、ナツくんをもっと知りたくて、こうして出かけてるの」

「あ、いや、姉さん?」


 鍛え抜かれた俺の第六感が、嫌な予感を捉えた。

 その話の流れはまずい気がするよ?


「知りたくて、って……。だって、鈴本くんとは家族だし、知らないことのほうが少ないんじゃ……?」


 千堂さんの言葉は、悪意などなく、当たり前の疑問だっただろう。

 しかし、俺はもちろんだが、姉妹の心にも一筋の影を落とした。傷ついたとまでは言わない。なぜなら、俺たち三人が家族と言えるほどお互いのことを知っているかといえば、それもまた微妙だからだ。


「ううん。知らないことはたくさんある。普段何をしてるのか、何を考えてるのか、私達のことをどう思っているのか……二年間、避け続けてきたし」

「それに、秋菜達とお兄ちゃん、血は繋がってないしね」


「……え?」


 千堂さんは、俺たち三人の顔を見比べるように視線を動かす。似てないなぁ、とか思っているのかもしれないし、突然の事実を飲み込めずにいられないのかもしれない。

 千堂さんにも言うつもりはなかったが、まあ……違う学校だし、いいか。姉さんと秋菜が言うと決めたのなら、俺がそれに口を挟むことはしない。


「だって、え? 鈴本って、名字……あれ?」

「俺の両親は小さい頃に事故で死んでるんだ。で、鈴本家に引き取ってもらった。俺は姉さんと秋菜とは、血が繋がってないってわけ。旧姓は滝沢」

「へーッ! 夏樹、旧姓は滝沢なんだ。そこまでは聞いてなかったなぁー」

「織花お前、ちょっと空気読もうね」


 そう言いつつも、織花のそういう場の空気に流されないところはとてもありがたいのだが。


「えっ、え……? えぇぇぇぇぇぇ!?」


 がちゃん、とお冷の入ったコップが揺れるほどの勢いで立ち上がる千堂さん。

 いやちょっと!? 声でかいよ! ここお店! おしゃれカフェ!


「じゃ、じゃあ……もしかして……!?」


 と、千堂さんは自分と、そしてなぜか姉さんと秋菜を指差す。

 俺にはその動作の意味がさっぱりわからないのだが、姉さんと秋菜はわかったらしく、うなずいていた。

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