第30話『春夏秋冬の話』

 何度も言うが、俺は自分から姉妹がいるという話をしない。

 なぜなら家族と言えど、血が繋がっていないので、年頃の異性同士が同じ家、一つ屋根の下にいるということになる。


 それは姉妹に好きな男ができた時、どう考えてもマイナスの情報にしかならないからだ。


 だからできるだけ姉妹とのことは隠してきた。が、バレた時は、本当にバレたくない血の繋がりがないという情報はバレにくくなる。人間、隠し事を一つ暴くと、それ以上あるとはなかなか思わないものだし。つーか、家族の血が繋がっていないというのは想像しにくいのかもしれない。


 とはいえ、さすがに千堂さんは俺に姉妹がいることを知っているはずだ。

 中学の時は鈴本姉妹と家族だって結構知られてしまったから。

 血の繋がりがないのを知っているのは、織花と拳くんくらいだけれど。


 もしかして、似てないから家族と思っていないのかな?


 なんだかピリついた空気を纏いながら、千堂さんは持っていたフォークとナイフをおいて、こっちに来た。


「どうも、鈴本くん」

「ど、どうも千堂さん。き、奇遇だねー」


 にこやかに言う俺だが、ちょっとこの状況はまずいかなと思っていた。

 どう考えても、切りたくないカードを一枚か二枚切ることになりそうだ……


「お兄ちゃんに、女の子の知り合い? ……もしかして」

「うん、アキちゃん……織花さん以外だと、あの人しか」


 姉妹もなんだか、こしょこしょと話しているし……

 俺にだって、この状況がなんだかただ事でないことくらいはわかる。まあ、なんでそう感じるかはよくわからないんだけど。


「えと、千堂さん。紹介するよ。二人は俺の姉と妹。春華姉さんと、秋菜」


 二人は「どうも」と頭を下げる。


「で、こちら千堂美冬さん。俺の中学時代のクラスメート」


 千堂さんも、どうもと頭を下げた。

 なんだかちょっとした緊張感がある。


「あっ、そっか。鈴本くんて、姉と妹がいるんだったっけ。中学時代、有名だったもんね」


 クスクスと笑う千堂さんに、俺は「そうだったねぇ」と笑い返す。家族として鼻が高いことなのだが、やはり鈴本姉妹は中学でも有名だった。


 そのおかげで、俺は何度仲を取り持ってくれと頼まれたことか。大事な家族を自分でアタックする度胸もないやつに預けられません。


「あ、家族水入らずを邪魔しちゃ悪いね。……家族なら安心だし、また連絡するよ」


 と、千堂さんは自分の座っていた席に戻ろうとする。正直今はありがたいと思っていたので、黙って見送ろうとした。

 しかし、そうは姉妹が卸さない。


「まあまあ、千堂さん……。ナツくんがクラスメイトからどう見られてるのか、家族として、お話聞かせていただきたいな」


 姉さんは指を組みながら、春の陽射しみたいに柔らかい笑みを浮かべて、千堂さんを見ていた。


「そうですよ、千堂……先輩?私達とお話しませんか?」


 秋菜はおそらく、猫を被っていることだろうが、さすがに被り慣れているのかその笑顔には淀みない。


「えっ、でも……いいんですか?」

「「もちろん」」


 俺は本能というか、長年の経験で知っている。

 姉妹がハモるとき、それは気をつけなくてはならない時であると。


 ロクでもないことを考える秋菜と、その思考レベルに姉さんが合わさるような自体になっているということなのだから。

 ……この言い方がもう、秋菜の知能指数を甘く見ている証拠だけども。


 なんというか、俺は姉さんと秋菜が心を一つにした時が一番怖いのだ。


 千堂さんはちらりと俺を見て「いいの?」と目だけで聞いてくる。姉妹がいいというのなら、俺は頷くだけ。


 少しだけ顔を綻ばせながら、千堂さんは自分の席に戻り、店員さんに許可を取ってから、食べていたパンケーキとタピオカミルクティーを持って俺の隣に腰を下ろした。


「千堂さんは、一人だったの?」


 そう言うと、千堂さんは「うん」と、嬉しそうに頷く。そして、持っていたハンドバッグから何か可愛くデコレーションされた手帳を取り出した。


「食べ歩きが趣味なんだ。これ、お手製のウマイもんマップ」


 ウマイもんマップ?

 よくわからないので受け取って開いてみると、そこにはカラーペンやらでおもわず「受験かよ」と突っ込みを入れたくなるほどかっちりとした、いろいろな店の感想が書かれていた。


「うおぉ……気合い入ってんね……あっ、ここ気になってた店だ。……そんな美味しくないの?」


「うん。そこはちょっと、パスタの茹で時間が甘かったかな。あと、お皿が温まってなかったのもあって、温度が逃げてくのも早かった。あのパスタソースはテーブルに出てすぐの状態では絡んでないから、ベストな状態で食べるなら最初からパスタソースを絡めた状態で出すべきだと思う」


「あっ、はい」


 行ったこともないお店なのに、なぜか怒られてる気分になってしまった。多分、俺が行ったら普通に美味しく食べられそうだな……。


 そこまで気にしてご飯食べたことないよ。


「そんなに凝ってんの? そのウマイもんマップ」


 貸してー、と俺の手から手帳を取り、秋菜はパラパラとページを捲る。姉さんも横から覗き込み「おぉ……」と二人して声を漏らしていた。


「な、なんだか恥ずかしいな。あんまり目の前で人に見られたことないから」


「……ん? あれ? このお店の評価……」


 と、秋菜がぴたりと、とあるページで止まった。

 なんだなんだ、またなんかあんのか、と少しうんざりした気持ちになると、なぜかそのページと千堂さんとを交互に見比べる。


「つ、つかぬことをお聞きしますけどー……グルメブロガー『ういんなー』さんって、もしかして……」


「あっ、はい。それ、私です……」


「ええええええっ!?」


 秋菜は目を回しながら大声を出し、立ち上がった。


「いやここお店だから……!」


 俺は秋菜を座らせ、周囲に頭を下げる。


「あ、アキちゃんどうしちゃったの。何か驚きがあったの?」


 姉さんの問いに、秋菜は反省したのか小さな声で答えた。


「『ういんなー』さんは、有名グルメブロガーだよ! この動画投稿全盛期にブログとTwitterで有名になったすごい人なんだから!」


「……千堂さん、そんな有名なの?」


 ちらりと千堂さんを見ると、恥ずかしいのか顔を赤くして俯いていた。


「ゆ、有名ってことはないかと……」

「いや、現に秋菜がテンション上がってるしね……」


 俺はスマホを取り出し、検索してみた。そこには確かに『ういんなーのまずは食え』というブログが出てきた。読者数がエグいことになってるし、Twitterのフォロワー数も芸能人かよってくらいいる。


「すごいんだね、千堂さん」

「うん、すごい。美味しそう」


 姉さんはウマイもんマップを見ながら、よだれを垂らしていた。

 そうはならんだろ。


「でも、よく気づいたな秋菜」

「当然だよ。秋菜はういんなーさんのブログめちゃくちゃ見てるからね。女子のおしゃれな店から男の大盛料理、手料理なんかまで網羅してて、料理の参考にしたんだもん。特にここのページ、昔ながらの中華そばを出す『赤丸飯店』にマックス評価ついてる。ういんなーさんがマックス評価なんて珍しいから、よく覚えてたんだよ」


 見ると、赤丸飯店は「昔ながらの中華そばだけど味に奥行きがあって、昔ながらでは済まない味。出汁と麺両方に工夫がされているに違いない。あっさり醤油に深い旨味がたまらなく食欲をそそる」と書いてあった。


 ……美味しそう。

 無意識に、俺はよだれを飲んでいた。


 いやでも、なんで『ういんなー』さん?

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