第29話『曲者の話』

 我が地元は「え、別に観光地じゃないのに、なんでこんな観光向けっぽいの?」というくらい、駅の中が充実していたりする。なので、下手に表に出るくらいなら、駅の中で全部済ませてもいいくらい。


 俺は前々から気になっていたそば屋を目指し歩いていたら、その途中でふと、秋菜が立ち止まった。


 ショッピングモールで人通りもあるのに、立ち止まったら危ないよ、と姉さんと一緒に言いに戻ると、秋菜が何を見て立ち止まったのかわかった。


「……うお、おしゃれなカフェですこと」


 俺は思わず、そうつぶやいてしまった。

 白や赤やピンク、明るい色で彩られた店名と、黒板に書かれたやたらと長いパンケーキの名前とタピオカミルクティー。


 いわゆる、映える店、というやつだ。


 秋菜はこの中で、一番の、今どきの若者というやつだから、興味があるんだろうな。


 そんなことを考えていたら、ポケットのスマホが震えたので、見てみる。


 そこには、


『あぁ、ちなみに、駅の中にある“ONE DAY SHINE”って店は、今女の子に大人気。どーせ夏樹のことだから、洒落っ気のない店にでも行こうとしてんじゃない? あるいは、もう行ったとか。女の子はおしゃれでいることが楽しいんだから、映える店に連れてきな。ここなら飯もデザートもあるから』


 最後に『ボクはそういうのにゃ、興味ないけどね』と書いてあるところからわかるとおり、織花からのメッセージである。


 どっかで見てんのかよ、ってくらい最高のアシストで笑ってしまう。

 今、目の前にある店がその“ONE DAY SHINE”だよ!


 やはり親友。変な縁があるのかもしれん。


「秋菜」


 俺はスマホをしまってから、秋菜の肩に手を置く。

 驚いたように振り返る秋菜に微笑んで「ここにしよーぜ」と言った。


「え? でも、お兄ちゃん。そば食べるんじゃ」

「別にそばなんていつでも食べられる。それよりは、秋菜や姉さんに楽しんでもらえるほうがいいし、何より俺もちょっと興味がある」


 織花のおすすめだしな。

 ……って、言うとなんだか怒られそうか?

 でも、実際タピオカミルクティーとやらを飲んでみたい気もする。


「いや、でも、今日はお兄ちゃんのしたいことをする日だし」

「そうよ、ナツくん。今日のところは勘弁してちょうだい」

「……その言い方、合ってるのか?」


 姉さんは秋菜の腕を組み“ONE DAY SHINE”から引き剥がそうとしているような体勢になる。だが、姉さんも実は行きたいのか、あんまり意味があるようには見えない。


「……ちなみに、姉さんはタピオカミルクティーって飲んだことある?」

「無いけど……」

「んじゃ、いいじゃん。流行りには乗っとかないとね」


 映画もなんだかんだ、流行りのものは面白いからね。

 二人にどういう思惑があって、今日のおもてなしとなったのかはいまいちわからないけれど……まあ、俺が一番うれしいのは、姉妹が喜んでくれることなので、おもてなしなら笑顔を見せてほしいのだ。


「……もう。ナツくんったら、そういうとこよ」


 と、姉さんは俺の額を人差し指で突いて、先に店内へ入っていった。額を擦りながらなにが『そういうとこ』なのか首を捻っていたら、今度は秋菜が俺の背を平手で叩いた。

 パチンッ! と、鞭で叩かれたような音が鳴って、俺の体が反る。


「いったい!?」

「お兄ちゃん、そういうとこだぞ!」


 と、秋菜は嬉しそうに言って、笑顔で姉さんの後を追いかける。

 姉妹が全然わからんけれど、まあ……嬉しそうならいい、のか?


 気を取り直して、俺も“ONE DAY SHINE”に入ろうとしたのだが、なんだかおしゃれな店っていうのは、おしゃれをしてないと入れないような気がする。女の子は私服がすでに結構おしゃれに見えるが……。

 今の俺、パーカーとTシャツとジーパンにスニーカーだ。おしゃれというか、必要最低限という感じ。


 いや、まあ……こう考えることすらなんだかおしゃれじゃない感じがする。


 意を決して、おしゃれな喫茶店“ONE DAY SHINE”に踏み込むことにした。


 白い壁、温かい木組みの内装。そして、周囲を満たすはキラキラ女子達。すでに中で席を取っていた鈴本姉妹は、こっちに向かって手を振っている。

 少し端気味の四人席。なんだか少し恥ずかしいような気持ちを抱えながら、店をつっきり、席に座った。隣には秋菜、前には姉さんという配置。


「いやぁ、お腹へった……」


 腹を擦り、メニューと水を持ってきてくれた店員さんに笑顔で頭を下げる。今日食べてばっかりだが……まあ、いいか。

 でも、ちょっと軽めにしておこう。もともとソバの気分だったわけだしな。

 頭の中で、自分が今何を食べたいのかを整理しつつ、テーブルにメニューを広げた。


 ……ソバの腹で食えるものがない!

 ここでいいって言ったこと、ちょっと後悔!


「お兄ちゃん、何にするの?」

「そうよ、ナツくん。何にするの」


 と、姉妹が俺をじっと見てくる。

 なんで俺に先に決めさせようとするの? 気分変わるまで待っててくれえ!


「い、いや、秋菜と姉さんこそ、なんにするのよ? 俺はもうちょっと悩まして」

「ダメよナツくん。いえ、悩むのはいいけど、何を頼むかはナツくんが決めて」

「秋菜達は、タピオカミルクティーだけ決まってるからねっ」


 俺もそれだけは飲んでみたいので決まってるけども。

 メニューが横文字でよくわかんないんだよな……甘いものもそんなに得意じゃないし。


 飯っぽいもの……サンドイッチがある。おっ、これならソバを求める腹でも食えるな。ボリュームが無いのが少し問題だが……まあ、家帰ってから、食べればいいか?


「俺はサンドイッチにするけど。二人は?」

「じゃ、私達も」

「うん。それで」


 なぜこんなに自主性がないスタイルなんだこの二人は今日に限って。

 さすがの俺でも、食べたいものくらい言うぞ。と、思ったが……そう言えば、俺ってばさっき、二人に任せるって店決めてもらおうとしてたっけか。


 こういう感じで困るものなのか……ちょっと反省。


 とはいえ、俺が二人を優先したいという気持ちを捨てられるとは思えないので、反省するだけで改善はしないが。


 俺はサンドイッチとタピオカミルクティーを3つ注文し、なんだかキャピッとした店内で尻が痒くなるような思いする羽目になった。

 なんでこう、女の子って感じの空間は、居心地が悪いんだろうね。


「初めて飲むなぁ、タピオカミルクティー」

「あれ? アキちゃん、飲んだこと無いの」

「うん。並んでまで飲むのはかったるいしね。興味はあったんだけど、これくらいの流行りが廃れたころに飲むのがちょうどいいかなって」

「ふうん。今どき女子だから、きっと飲んでるだろうと思ったのに」

「追う流行くらい考えるってば」


 さすが女の子二人。鈴本姉妹はしっかりとこの空間に馴染んでいる。

 俺のような地味な男が、こんなハイレベル女子(家族だけどね!)と一緒にこんなところにいるのが、すでになにか羞恥心を高めてくれているが……。


 こんなことを言っても困惑させるだけだろうし、姉妹には何も言わず、ここは心を湖のように穏やかに……


「んおっ?」


 と、俺がそんなことを考えていたら、ポケットに入れていたスマホが震える。

 なんだよ織花ぁ。タピオカで映えでも狙えってー?


 どうせ織花からだろう。俺に連絡をしてくる頻度の高さを考えても。

 気楽にポケットからスマホを取り出してみると、名前には「ふゆ」と書かれた着信だった。


「……誰だ?」


 ふゆ、なんて名前にとんと聞き覚えがないが……

 しかし、俺のメッセージアプリのIDを知ってるってことは、そうそういないぞ?


 着信を押し、耳に当てる。


「もしもし。誰です?」

『鈴本くん、後ろ後ろ』


 と、耳元のスマホが、聞き覚えのある声で、怖いことを言い出した。

 後ろに来ていきなり絞殺するタイプの悪霊か、と振り返ると、そこには。


 唇を生クリームで汚した、千堂さんが座っていた。

 そういえば千堂さんの下の名前、美冬だったなぁ……


『その二人の女の子、誰?』


 まるで冬のからっ風みたいに突き刺さる声。

 胸の奥から、とてつもなく嫌な予感がしてきた。


 鈴本姉妹からも、警戒してるっぽい空気が流れてきてるし……。

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