第28話『深い仲の話』

「いや、なんの話聞かされたの、秋菜たち?」


 俺が拳くんの話を終えたところで、秋菜は額を押さえ「えーっと?」などと呟きながら、まるで数学のテストにでも挑もうかとしているような顔をしていた。


 どう考えてもそんなに難しい話ではなかったはずだが。


「というか、今の話だと、ナツくんほんとにザリガニ常食してたのね……」


 姉さんはまるでお涙ちょうだい映画を観たように、白いハンカチで目を拭っていた。

 いやいや! なにそのリアクション! 失礼じゃない!?


「ザリガニなんて食べるくらいなら、家に帰ってきたらよかったのに……」


 昔、姉さんから「夏樹と家族でいたくない」と言われたこと、俺はバッチリ覚えているんだけど……。

 それが理由で家出たんだし。だが、それはもう過ぎたことなので、ほじくり返さないのがベターだろう。


 俺ってば気遣い上手。


「ザリガニくらいっていうのは、ザリガニのパワーをナメてるね。裏の川はザリガニの名所だから、マジで食うに困らずに済んだんだよ」


 酷いときは毎日のように食べてたが、全然減らないんだもんな。

 ザリガニってそんな繁殖力あんのかな。


 ともあれ、バイクを買うのが予定より早く済んだのは、ザリガニのおかげだ。


 拳くんはアルバムのお遊びナンバーとしてザリガニソングを作ると言っていたが、それが実現したら聞きながらザリガニを食べ、感謝をする。


「で? 須々木さんと、織花、さんで、お兄ちゃんのお友達は全部?」


 千堂さんとも友達なのだが、なんだか告白されたあとに友達って言う気になれないんだよな。

 いや、友達だとは思っているんだけども。


 そういう葛藤はあったが、俺は頷いた。


「そういえば、さっき須々木さんも、織花さんのこと知ってる感じだったっけ?」


 ねぇ、と秋菜に確認を取る姉さん。

 そういえば拳くん最初の方で「お前が織花以外といるの珍しい」的なこと言ってたっけ。


「そうそう、言ってたよねお姉ちゃん。まさか三人で遊んでたりしたの?」


「そりゃあ友達だもんよ。よく三人で徹夜映画とかしてたよ」


「秋菜、織花って人、マジでよくわかんない」

「うーん……女の子が一人で男性の二人いる家に行くのは、ちょっと危険じゃないかしら……」


「どういう心配してんだかよくわかんないけど、俺が織花に手ぇ出すわけないじゃん。あいつは大事な友達だよ? それに、拳くんも彼女いるしね」


 何度か会ったことがあるけれど、拳くんを支えてくれる女神のようなお方である。


「秋菜的にはそこも信じられないんだよね。お兄ちゃん、女に興味ないの?」

「えっ」


 家族から異性愛者を心配されるのは、なんだか心に来るものがあるな。そんだけモテないと言外に言われているようだ。

 いや、モテないけどね。千堂さんが拾う神だっただけだ。


「……別に、あるよ」

「嘘、引っ越しの時そういうものはなかった」


 姉さん!? まさか確かめてたのか!?

 引っ越しの片付けしてくれたのは姉さんだけど!

 そこまでしないでよ!


「ほらっ! 大体、織花、さんとあんなくっついといてなんもないとかヤバヤバだよ! 年頃の男女があんなにくっついてなんもないのは、信じられないんだよね!」


 俺は拳くんとの話をしただけなのに、何を攻められているんだろう……


「それに、織花さんは可愛いじゃない。ナツくん的には、そうでもないの?」

「い、いや、織花は可愛い女の子だけども」

「それにしては接し方が男相手みたいなんだよね……」


 ジッと二人から見られ、俺の背中に冷や汗が落ちる。

 確かに、織花とのスキンシップは端から見てると過激かもしれないが……。


「なんていうのかな……俺達は親友だから、わかるんだよ。お互いに『こいつとは友達以外ありえない』って」


 言っててよくわからないが、織花との関係はこういう感じだ。

 二人に言うのは、まだなんとなく早いとは思うんだけど、俺と織花は互いに「セックスとか結婚とか、そんなんでこいつの魅力が100%引き出せなくなるのは絶対に嫌だ」と思っているのだ。


 互いが互いにとって責任の無い立場だからこそ、最大限に楽しめる関係というものがある。


 なんとなく不健全だから、二人には言わないが。


「それって、つまり、恋愛関係とかそういうのは、とっくに越えてる、みたいなこと?」


 姉さんは、妙に真剣な表情をしていた。

 どういう気持ちの表情なのか、俺にはいまいちわからないのだが、真剣に見えるのだから、真剣に答えるしかない。


「うーん……。そうだなあ、恋愛関係を越えてるかはわかんないけど……。多分、一生一緒にいるとは思うんだよな……」


 そりゃあ、事情が変わって疎遠になることはあるかもしれないけど。

 でも、もし一〇年越しに会ったとしても、昨日まで会ってたみたいに話せる自信があるし。


「いや、それは、好きなんじゃ……」


 遠慮がちに言う姉さんと、頷く秋菜。


「だから違うんだって。俺達は、今が一番いい距離感だってお互いにわかってるんだよ。つか、何の話なのよ? 今日は三人で遊びに来たんじゃん。もうお昼だよ」


 と、俺はスマホを取り出し、時間を二人に見せた。


「あれっ、ほんとだ……」


 姉さんはそう言って、自分のスマホを確認する。今日は普通に学校行くのと同じ時間でご飯食べたから、なんやかんや胃がからっぽになりかけている。


「せっかく外に出てるんだし、どこかで食べてこうよ」


 俺の提案に二人が頷き、秋菜がさっそく手を挙げた。ここで提案できるのは、秋菜のいいところだと思う。


「お寿司ー!」

「俺にたかろうとしてるな?」


 いや、いいけどね?

 姉妹の為なら金くらい出すよ。でも対価に遠慮見せてほしいなぁー。


「こらこらアキちゃん。今日はナツくんのリクエストが優先。ナツくん、食べたいものある?」


 姉さんは今日は俺が優先なのを覚えていたらしい。

 織花と違って、俺は主体性があんまりないので、なんかないのと言われると困ってしまう。


「値段なら気にしないで。今日は私達がおごってあげるから」


ね? と、姉さんは秋菜に言っているが、秋菜的には不本意なのか財布の中身が不安なのか、目を泳がせながら「も、ももももちろんッ」とどもっていた。


 不安しかねぇ。


「うーん、つってもなぁー。俺って目の前に出てきたものを美味しく食べるだけだし、二人が「ここに行きたい」で、ホントにいいんだけど」


「ダメだよお兄ちゃん。今日はそういうの禁止。今日死ぬ、ってくらい、必死に考えないと!」


 その熱量で行くと、俺は美香さんのおにぎりと答えるけど……。

 こんなこと言ったら、多分秋菜に怒られるので、


「だったらそばがいいな」


 強いて言えば、俺の好物を考えたときに一番最初に出てきたのがそばだった。


「そば? またなんか、地味な食べ物だね」

「でも、ナツくんっぽいといえば、ぽいわね」


 地味と俺っぽい、並べないでもらっていいですか?地味に傷つくよ。


「それじゃ、街ぶらぶらしながら、おそば屋さん、探しましょうか」


 姉さんが立ち上がると、俺と秋菜も一緒に立ち上がる。

 と、とりあえず話を反らせてよかった。織花とは清い関係でいたいのだ。

 あんまりいろいろ言われて、意識させられると困ってしまう。


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