第25話『頼れる友達の話』

 自分探しの旅、というのは聞いたことがある。

 でも自分がいるのって多分地元だろうし、旅したところに自分がいるのか? と、いつも思っていた。


 おそらく、旅をして知らない世界を見ることで、見聞を広げようということなのだろうが、この狙いがあるとして、かなりネーミングを間違えたのではないかと疑問が残る。


 しかし、地元で自分探しと言われると、今度は「いや、俺は今この場にいるし……」としか言えない。


 なので、秋菜がなぜ胸を張って『ナイスアイデアでしょ?』と言いたげな顔をしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


「……いや、いいよ別に。二人の行きたいとこで」

「別に今日はまだまだあるんだから、そんなの後で方向転換すればいいじゃん。せっかくお兄ちゃんの行きたいとこ行こうって言ってるんだから」

「そうね。私も、ナツくんがどういうとこで遊ぶのか、興味あるし」


 姉さんまで乗り気なようだった。行きたいとこ行こうというのは、俺も同じだったはずなんだけどな。姉妹の、というのが頭につくが。

 とはいえ、姉妹が『そうしたい』と言うのなら、悪いことでない限り、できるだけ叶えてあげたい。


 仕方がないので、俺は渋々頷いた。


「わかったよ。でも、つまらなかったらすぐ言ってね」

「オッケー!」

「ええ、わかったわ」


 返事をした姉さんと秋菜は、なぜかハイタッチしていた。


 ……自分の行きたいとこに行けなくなったというのに、なにが嬉しいのかよくわからないが、まあ嬉しがっているのなら、それでいいかな。


 ◼


 しかし困ったことに、俺は遊び心のない人間である。


 友達と言えば織花と、もう一人。住んでいたアパートのお隣さんくらいで、遊びに行くときは大体相手に合わせていた。


 織花は協調性のない、主体性の塊みたいな女だから、それはそれで上手くいっていたし。もう一人の友人は年上なので、引っ張られることが多かったのだ。


 そんなわけで駅前に向かうため、住宅街を抜けようとしている俺は、二人には知られないように振る舞い、さてどうしたもんかと、かなり苦心していた。


 いやほんと、映画行くしか遊びを知らない男なので、そんなデートコースを考えろと言われても。


 姉妹二人とも、映画なんて見ないしなぁ。


 時間稼ぎにご飯でも、と思ったけど、さっき食べたばっかりだ。

 俺はスマホを取り出し、織花にメッセージを飛ばした。


『姉妹にどっか連れてけって言われてる。至急アイデアくれ』


 織花にはたくさんのいいところがあるが、その一つに、レスポンスの早さがある。

 送って一〇秒ほどですぐに


『ゲーセンとかおすすめだよ。体感ゲーム一緒にやるだけでも、盛り上がるだろ。こことかいいよ』


 さすが織花である。遊ぶとなると、頼りになる。以前何度か、織花に連れていかれたことがあるし、体感ゲームなら普段やらない俺でもできる。


「姉さん、秋菜。ゲーセン行こうと思うんだけど、いいかな?」

「ゲーセン? へえ、お兄ちゃん、ゲーセンなんて行くんだ」


 意外そうな顔をしている秋菜だが、しかしどこか嬉しそうでもある。


「映画じゃないのね。ナツくんのことだから、映画館かと思ってたけど」


 姉さんは、俺のスマホをちらりと見た。


「まあ、今日はそれで納得するわ」


 織花にアドバイスもらったこと、姉さんはもしかしたら察しているのかもしれないな……。


 まあ、俺も行きたくない場所ではないし、嘘は吐いてないのだから、許してほしい。

 映画は二人観ないし、観たい映画は今やってない。家帰ってもいいのなら、たくさん見返したい映画があるのだが。


 そんな会話の後、俺たちは最寄り駅から電車に乗り、隣町に向かった。


 織花おすすめのゲーセンというのは『遊戯中心』ビルがまるまるゲームセンターという、大型施設だ。

 一階にはアーケードなどの対戦ゲーム、二階にはUFOキャッチャーや体感ゲームなどの、ゲーム初心者でも楽しめるゲームが固まっており、三階はメダルゲームコーナーである。

 俺たちの用は二階にある。対戦ゲームなんて、一家揃ってゲームやらない鈴本家にはハードルが高いしね。


 エスカレーターに乗って、二階に辿り着くと、俺は思わず「おぉ……」なんてため息を漏らしていた。

 体育館くらいの広いスペースいっぱいにUFOキャッチャーが並んでいて、奥半分が体感ゲームのコーナーだ。


 ちなみに、俺と織花はメダルゲームのコーナーによく行くので、この階に降りたのは久しぶりだった。


 俺がスロットで当てた千枚のメダルを、織花が競馬ゲームに突っ込んだら、八千枚になってしまったので、暇つぶしにちょろちょろ使っているのだが、未だに無くならない。


 あいつ豪運すぎだよ。店員さんも驚いてたもんな。


「で、さっきは騙されてあげたけど、お兄ちゃん。お兄ちゃんって、ゲーセンに来てもあんまりゲームするタイプじゃないんでしょ」


 と、秋菜が周囲をきょろきょろと見回しながらそう言った。さすがに、俺とゲーセンはあんまりイメージがなさすぎたか?


「いや、まあ、実はそうなんだけども……。でも、あんまりこないってだけで、たまには来るし、ゲームもするよ」

「織花……さん、と?」


 もう、さん付けるのめんどくさいんだったら、呼び捨てでもいいと思うけどな。織花はそういう小さいことを気にしないから。


「あぁ。あいつは遊びのプロだからな。ゲームも強いし、将来役に立たなさそうなことほど上手いんだ」

「それ、褒めてなくない?」


 秋菜は「本当に親友なの?」と言わんばかりに目を細め、俺を見ていた。親友だからこそこういうことを言えるのだが、それはまだ秋菜にはわからないことなのだろう。


 ちなみに、本人にこれを言うと「ボクは人生を楽しむコツを知ってるだけさ」なんて、キメ顔で返される。

 しかし俺も、織花以上に人生を楽しんでいる人材にはちょっと心当たりがないので、なんとも返事がしにくいのだが。


「まあ、俺のことはいいじゃん。せっかく来たんだ。楽しまなくちゃね」


 おごるから、と言うと、秋菜はそれ以上何か聞く気が失せたのだろう。


「男子三日会わざれば、二言なしだからね!」


 と、わけのわからない事を言い出し、わくわくした顔で「なにやろっかなー!」なんて、目をキラキラさせていた。


 喜んでくれたようで何より。


 だが、姉さんは何も言わず、俺の隣に立って微笑んでいた。


「どしたの姉さん。もちろん、姉さんにもおごるよ」

「いえ、そういうんじゃなくて。相変わらず、ナツくんはアキちゃんの操縦が上手いのね」

「操縦て。ロボじゃないんだから」

「だって、アキちゃん、ナツくんの言うことはよく聞くもの」

「そうかなぁ」


 俺にはあんまりそういう印象がない。まあ、かと言って、姉さんの言うことを聞いてるかと言われると、またちょっと頷けないが。


「やっぱり、ナツくんが頼れるお兄さんだからかしらね」


 そう言うと、姉さんは少し寂しげに目を細め、俺を見つめていた。

 いったい何が言いたいのだろう、少しの間見つめあっていると、遠くの方で、秋菜の「ちょっと離してよ!秋菜になんの用!?」と、怒っている声が聞こえてきた。


 俺と姉さんは、慌てて声のした方を見ると、そこには金髪のダボダボパーカーとジーンズという、如何にもな格好をした如何にもな男が、秋菜の手を掴んで、ニヤニヤと笑っていた。


「いいじゃん、このぬいぐるみほしいんでしょ?取ってあげるからさ、その代わりちょっとデートしてよ」


 男のその一言で、UFOキャッチャーのぬいぐるみを見ていた秋菜が、一方的に声をかけられたのだとわかった。


 俺は咄嗟に、秋菜と男の間に割り込んで入り、秋菜を守る壁になった。


「すいませんけど、俺の大事な妹をナンパしないでもらえますか」

「あぁ? なんだよ、兄貴連れかよ。その年で兄貴と一緒に出掛けるって、気持ち悪くねーのかよ」


 男は露骨にがっかりしたような顔をして、引き換えそうとしたが、何をどう考えたのか、秋菜がいきなり、俺の後ろから飛び出し、吠えた。


「なによっ! お兄ちゃんと出掛けて何が悪い! つーか、ゲーセンで勝率の低いナンパしてるやつに言われたくないっての!」


 ちょっと!? 帰りそうなんだから、そんな挑発することないのよ!?


 どうやら言われたくないことだったのか、男は「なんだと、コラァッ!」と、秋菜に手を伸ばそうとしていた。


 俺も、咄嗟に秋菜の肩を掴んで、胸に引き寄せようとしたが、間に合うかは正直微妙だった。

 初動が明らかにあっちの方が早かったのである。


 しかし、彼の手が秋菜に届くことは、もう決してなかった。


 なぜならば、後ろに立っている真っ赤な髪を天に突く勢いで逆立てている、身長二メートル近い大男が、彼の肩に手を置いていたからだ。


「なんだよ!」


 と、勢いよく振り返ったが、背後に立つ二メートル近い大男を見て、凍ったのかと言わんばかりに固まった。


 それもそうだろう。

 赤いトサカと、身長二メートルはあろうかという大男が、革ジャンに燃えているドクロがプリントされたTシャツを着て、ギターケースを背負っている光景は、なかなか厳つい。


 俺も、友達でなければ逃げ出しているほどだ。


「お前、俺のダチに何してんの?」

「拳くん!」


 俺は、久しぶりに会えたことが嬉しくなってしまい、にやける顔が押さえられなかった。


 彼の名は、須々木拳すすきけん

 俺の二人目の友達であり、かつてアパートで隣に住んでいた、ミュージシャン志望であり、そして、俺が尊敬する人の一人である。

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