第24話『自分探しの話』
「……すげえ嫌な夢を見たなぁ」
久しぶりに、俺が二人から――鈴本家から離れた方がいいと思わせられる夢を見てしまった。
一人暮らしを初めてすぐくらいのころは、たまに見ていたけど。
ベッドから降りて、伸びをしながら、昨日の事を思い出す。そういえば、昨日は千堂さんと、久しぶりに会ったんだっけ。
告白されてから、俺は精一杯普通に努め、多分上手く行ってたとは思う。
でも、やっぱりたまにぎこちなかったし、織花にはバレてたかもな。
それでも、直接聞いてきたりしないのが、さすが愛すべき親友だ。
そういえばあの頃も、千堂さんと会ってすぐに、二人の様子がおかしくなったんだっけ……。
なんでだろ?考えようとしていたら、ドアがいきなり開いて、「お兄ちゃんッ!」と、大きな声がした。
見ると、そこには制服姿の秋菜。
寝坊助にしては珍しく、今日は準備万端だ。
「おはよう秋菜。早起きだな」
「べっ、別にいつも通りだし……それより、お姉ちゃんもうご飯作ってるよ」
「……へ?」
俺はさすがに、我慢できず、口を挟むことにした。
「いや、今日は俺が当番だよな」
「あれ、そうだっけ」
俺の記憶ではそのはずだ。
「……で、秋菜。こっちの方が重大なんだけど」
「にゃによ」
「……今日は、土曜日のはずだよな」
俺の記憶ではそのはずだ。
秋菜は、制服のポケットに入れていたスマホを取りだし、確認すると、顔を赤くした。
やっぱり土曜日だったんだ。
「……なんで制服着てんの?」
「うっ、うるさいなぁ! オシャレよ!」
すごい言い訳である。制服風ファッションが流行っているという話を聞いたことはあるが、制服ままだと、コスプレでは?
「さすが、秋菜はおしゃれさんだなぁ」
笑いを我慢しながら言うと、秋菜は顔を真っ赤にして、歯を食い縛り
「お兄ちゃんのバカ! 一生寝てろ!」
と、ドアを力一杯閉めて、部屋から出ていってしまった。
……うーん、からかいすぎたか?
俺は私服に着替えて、ゆっくりリビングへ降りると、そこには姉さんと秋菜が、制服姿で朝飯の前に座っていた。
俺も姉妹の前に座ると、姉さんを見て一言。
「……姉さん、今日は部活?」
すると、視線を反らし、ほんのり顔を赤くしながら呟く。
「ナツくんが意地悪だわ……」
そう言われても。
っていうか、俺だけ私服で逆に恥ずかしくすらある。
「二人揃って土曜と平日間違えるなんて、なんだかすごい確率だね」
俺がそう言うと、なぜか二人は押し黙って、味噌汁をすすった。なんだか触れてはいけないところに触れたのだろうか……。
触れてほしくないところなら、触れないに限る。触らぬ姉妹に叩かれない。これ、俺と玲二さんの鉄則。
「はーぁ。せっかくの土曜なのに、午前中に起きちゃうなんて、損したなぁー」
と、普段は昼間まで、最高夕方まで寝ている秋菜は、天井を見上げながら愚痴っている。テーブルの下からバタバタ聞こえるから、おそらく足をせわしなく動かしているんだろう。
「いいじゃない、たまには。こういうのも新鮮味があって」
「確かに、秋菜が休みの午前中から起きてるって、そうないもんなあ」
俺と姉さんがそう言って笑っていると、秋菜が俺の手を思い切り叩いた。
「痛ッ!?」
「うるさいなぁ! 休みなんだからいいじゃんかぁ!」
「寝溜めすると、平日のコンディションに影響しちゃうのよ」
「ふんっ。別に、コンディションが影響するほどの平日過ごしてないからいいもん」
姉さんからの忠告は、秋菜に響かなかったらしく、そっぽを向いて、箸でウインナーを刺して、口に放り込んだ。
「そういえば、ナツくん?」
「ん、なに、姉さん」
「今日はバイト?」
あー、どうだっけな。
頭の中のスケジュール帳を開いて確認すると、今日はバイトもないらしい。
「いや、今日は休み」
「そうなの。だったら、今日はお出かけしない?せっかく早起きしたのに、家にこもりっぱなしっていうのも、もったいないし」
「出た、お姉ちゃんのちゃっかり」
「も、もちろんアキちゃんも一緒よ?」
焦ったように言い繕う姉さんと、うさんくさそうな目で姉さんを見る秋菜。
そんな二人の様子を見て、昨日の事がまるで嘘みたいだなと思った。これなら心配なさそうだ。
「出かけるのは別にいいけど、どこ行く?」
「秋菜、服買いに行きたい。お兄ちゃん、買って?」
「あのね、玲二さんからたっぷりお小遣いもらってるだろ」
「私は美術館に行きたいわね。創作意欲を刺激したい」
「ふんふん。んじゃ、ご飯を食べて、準備ができたらここに集合。二人とも、それでいいね」
「はーい」と返事をする姉妹。
そういえば、三人で出かけるのなんて、ほんと何年ぶりだろ?
二人のどちらかと、っていうんならこの間あったけど、一緒はもう記憶がない。
なんだか楽しみになってきたな。
エネルギーを蓄えておかねばと、俄然食欲が湧いてきて、たっぷりと腹に飯を入れた。
◼
準備、と言っても、俺は軽く顔を洗うくらいだったので、テレビを見ながら姉妹を待っていた。
女の支度には時間がかかる、なんてよく言うが、今回は制服を脱いで着替えるだけなので、そんなに時間はかからなかった。
「お待たせ」
そう言ってリビングに戻り、俺の前に立った姉さんは、白いワンピースとレギンスを穿いていた。ピンクの花柄に縁取られたワンピースは、姉さんの穏やかなイメージにとても似合っている。
「新しいワンピース? 似合ってるね」
「そう? ありがとう」
照れたように、毛先を指でくるくると弄ぶ姉さん。
美香さん曰く「女性にとって身だしなみは勝負なので、ちゃんと褒めるように」である。これをやっとくだけで、一日の機嫌がかなり保証されるらしい。俺のように、家庭内では弱い立場にある人間には、大事なことだ。
「ちぇっ、やっぱり私が最後なんだ」
と、秋菜もリビングへと戻ってきた。
秋菜は黒のオフショルダーブラウスと、デニムのホットパンツ。相変わらず、露出が激しい。
「秋菜……似合ってるけど、お兄ちゃんは露出が多くて心配だよ」
「別にいいじゃん。動きやすさとおしゃれの両立が命なの」
「ナツくん、アキちゃんもちゃんと褒めてあげないと」
「アキちゃん、も? お兄ちゃん、お姉ちゃんだけは褒めたんだ」
ふーん、へー、とか不機嫌そうに唇を尖らせている秋菜。
「いや、秋菜だって可愛いさ。さすが、自慢の妹だよ」
おしゃれさんだなぁ、と腕を組んで頷いていたら、秋菜からまあまあ鋭いローキックをもらった。
「それで、どうするのお兄ちゃん」
「どうする、って。なにが……」
痛みにふくらはぎを擦っていたら、秋菜がガスの元栓を開いたみたいにガーッと怒鳴りだした。
「だから、今日のお出かけ!」
「そ、そりゃあ、まずは美術館行って、帰りにショッピングってな感じで……」
「それだと、ナツくんの行きたいところに行ってないじゃない」
姉さんからそう言われ、俺はふと頭が真っ白になった。
俺が、行きたいところ? ……どこだろう。映画は基本的にネットで買ってるし、今の所観たい映画もない。この間、織花と行ったし。
「んー……どこだろ。別にないんだよなぁ」
俺ってほんと、趣味が家でできることしかない。
そう言うとなぜか、姉さんと秋菜が目を見合わせ、困ったようなため息を吐いていた。
「あのね、ナツくん。私達に合わせてくれるのは嬉しいんだけど、自分の意思もちゃんと教えてくれないと」
なんだか、泣きじゃくるだけで意思表示をしない子供でも相手にしてるような態度の姉さんがすごく疑問だ。
「いや、そう言われても、ほんとに行きたいとこなんてないんだよ。俺って基本的に映画だけだしさ」
「よし、わかった!」
なぜか、秋菜がドン、と胸を叩き、俺の鼻を指差した。
「今日はお兄ちゃんの自分探しをしよう!」
……いや、自分探しって。
俺、ここにいるよ?
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