第21話『告白の話』

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 なんだか姉さんと秋菜が上の空になってしまい、話しかけても生返事しかせず、なんだか昔に戻ったような気持ちにさせられてしまった。はて、俺なんかしたっけかな。

 今も昔も、なにかしたつもりはさっぱりないのだが、姉さんと秋菜の様子が変わってしまったのだ。


 とても腑に落ちない気持ちで寝たからか、俺はその頃の夢を見るはめになってしまった。


 時は俺が中学三年生になった頃まで遡る。

 と言っても、だいたい二年ほど前なので、そこまで昔というわけでもない。


 当時の俺は高校に行くかどうか、という段階から迷っており、さすがに鈴本家の金で生活しているのも申し訳ないから、就職したいなーと思っていた。

 玲二さんにそれを伝えると「それが夏樹くんが一番やりたいことだって言うんなら、僕と美香は応援するよ。でもね、僕達に申し訳ないから稼ぎたいって理由なら、本当にやりたいことが見つかるまでは、学校に通ってほしい」


 と、情けない話、俺はそれでがっつり泣いてしまい、それならば高校に行こうと、通学に負担がかからず(定期代ってバカにならないからね)それなりの偏差値がある高校を選んだのだ。


 まあ、勉強は普通にできたし、正直難関校ってほどじゃないからそこまで受験は苦労しなかった。


 ――まあ、これは俺の話。

 我が愛すべき親友、桐谷織花は、正直相当苦労していた。

 

「……勉強って、将来困らないからしなくてもいいよな」

「今困ってんだろバカ」


 と、自らの家に友人を招き受験勉強しようと言い出した女は、顎に手を添えて精一杯のキメ顔を作った。


 この織花バカという女は、勉強する暇があるなら映画を見るし、授業時間は寝る時間と教師に言い切るほどの勉強嫌い。勉強しないで入れる高校はあるにはあるが、俺はそんなとこに行くつもりはない。


 しかし、実はかわいいところがたくさんある織花なので、高校は俺と同じところに行きたいと言い出し、勉強を教えているのだ。


 織花の部屋は、なんというか俺より男子の部屋っぽい。

 ものが乱雑で、そこかしこに漫画本や着ていた服が放置されていて、ベッドはぐちゃぐちゃ。部屋の中心で、俺達は教科書やらを広げて勉強していた。


 ちなみに、中学生時代は学ランとセーラー服なので、俺たちは制服のまま勉強していた。学校帰りなのだ。


「夏樹。すげえ相談があるんだけど」

「あんだよ。お前その英文終わってからじゃねえと、映画見せないぞ」

「結婚しよう」

「三〇になって、お互いに相手がいなかったらな」

「養って?」


 織花が俺の胸に「の」の字を書くように人差し指で撫でてくる。

 お前、普段出さないくせにこういうとこで女っぽいことするな。


「ふざけんな。お前養うなら姉妹養うわ」


 まあないとは思うが、姉さんと秋菜が就職せず実家で引きこもりとかになったら、彼女らが社会復帰するまで養えるくらいの額稼ぎたい。


「ちっ。相変わらずガードの堅い。そういうの、合コンだと嫌われるぞ」

「お前も行ったことないだろ!」


 そうやって、俺たちがいつものようにくだらない話をしていたら、部屋の扉が開き、入ってきたのは織花の友達である、千堂さんだった。


「織花。……冷蔵庫にあった飲み物って、これ?」


 と、持っているのは小さいペットボトルのコーラ三つだった。

 千堂さんも制服を着ているところからわかるように、俺たち三人は一緒に帰って、そのまま織花の家に直行し、勉強会をしている。


「おー、そうそう。さすが美冬。ちゃんとダイエットじゃない方を持ってきた」


 千堂さんからペットボトルのコーラを受け取り、織花はそれをぐいっと一口飲んだ。


「お前よぉー。千堂さんに持ってこさせんなよな」

「だ、大丈夫。織花には、一秒でも長く勉強してもらわないと」


 そう言って、俺の前にもペットボトルを置いてくれる千堂さん。

 織花と違ってほんとにいい子だよなぁ。それに比べて、俺は織花の口車に乗せられてなにやってんだか。


「織花、勉強するぞ。ったく、千堂さんに心配させんなよな」

「へいへい。……あれっ、やべえ、めっちゃいいこと思いついた!」

「カンニングしてもいいけど、バレた場合は責任取らないからな」


 肩を落とす織花。おいおい、マジでそう言うつもりだったのかよ。


 俺も勉強できる方だけど、さすがに千堂さんに敵うほどではない。

 学年トップクラスと普通の生徒を比べちゃいかんぜ。


 なので、織花の勉強は千堂さんだけいればいいと思うんだけど。まあ、千堂さんも自分の勉強がしたいんだろう。


 なにせ、千堂さんは名門の女子校を志望しているからな。本来なら、もっと勉強に身を入れたいだろうに、友達だからと織花を助けているいい子なのだ。


 なので、基本俺が織花を見ていて、俺の手に負えなくなったら千堂さんが出張るというスタンスで、織花主催の勉強会は続いた。



  ■



 織花は、したい時にしたいことをしたいだけするという、とんでもない協調性のなさをしているので、こいつに勉強をさせるのがとんでもなく大変なのだ。


 中学時代、一番頑張った事はなんですかと聴かれたら、俺は迷わず「織花に勉強させることです」と言い張る。


 俺には友達が織花しかいないので、放課後は基本的に織花の勉強会に費やしていた。

 さすがに千堂さんには他に友達がいるらしく、毎回というわけにはいかなかったが、それでも結構な頻度で一緒に勉強をした。


 頭がいい人から、マンツーマンで勉強を教えてもらうと非常に面白いもので、パズルゲームをやっている気分でどんどん成績が上がっていくのだ。


 おかげで先生からは「もっといい高校狙えるぞ?」などと、違う高校を勧められてしまったが、俺は学費が高いわ移動費かかるわの学校に行く気なんてさらさらないので、今の高校を選んだのだ。


「いやぁー……織花もずいぶん、勉強ができるようになってきたよなぁ」

「うん。……織花、頑張ってるよね」


 俺と千堂さんは、桐谷家からの帰り道、二人並んで帰っていた。

 二人共、夏の制服を着ているのは、夏だから。受験の頑張り時、俺たちは夏期講習と勉強会を同時にこなしていた。


 しかしそんなスケジュールでは、どうしても千堂さんの帰りが遅くなってしまう。

 さすがにまだ夏場だから明るいけれど、送っていくのは男のマナーだと思っているので、千堂さんには俺から言って、送らせてもらっている。


「千堂さんは調子どう? 受ける学校、すげえ難関校なんでしょ?」

「うん。なんか、織花の頑張り見てたら、私も頑張らなきゃって」


 なるほど、友達甲斐のある言葉だ。


「鈴本くんは、余裕そうだね」

「まあね。織花みたいに勉強してなかったわけじゃないし、難関校ってわけでもないから、推薦取れるんじゃないかな」


 取れなかったときの為に勉強してるけど、楽に入れるならそっちの方がいい。

 遅刻とかしていないし、成績も悪くないから、多分大丈夫だと思うけど。

 

「そう……なら、よかった」


 なんだか元気がないなぁと思い、千堂さんの顔をちらりと見たら、ほんのり赤い。

 具合でも悪いのかもしれない。もしくは、暑いのだろうか。


「……大丈夫? 具合悪いとか」

「うっ、ううん。なんでも……」


 だが、言葉とは裏腹に、千堂さんの足が止まる。


「ほらっ。やっぱり具合悪いんじゃん」


 おぶって帰るべきか? でも、さすがに男に触れられるのって、あんまりよくないのかなあ……。

 織花はなんか、男相手にしてるみたいにベタベタ触っているが、それはもう波長のせいである。


「ち、違うの。……ごめん、鈴本くん。その、言いたいことがあって」


 そう言うと、なぜか千堂さんは深呼吸をして、何か地面に大切なものでもあるみたいにうつむいて、数秒黙った。


 今考えると、その時間は数秒だったのか疑問だ。

 とても長く引き伸ばされているような記憶がある。待たされたという感覚はない。でも、次のセリフに心底驚いたことだけは、ずっと忘れない。


「鈴本くん。私、鈴本くんが好きなの」


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