第19話『モテ期の話』

 たっぷりとした休みが終わり、やっといつもの生活に戻る事ができた。玲二さんから親父の話も聞けたし、なんだかやる気がもりもり湧いてくるようだ。


「――でねっ。その友達の信じられないところが、それをザバーってご飯にかけちゃうところなんだよ」


 と、俺の左腕に絡みつくように腕を組んでくる秋菜。この状況がわけわからなさすぎて、話全然聞いてなかった。


「そうかな。私は、結構アリだと思うけど」


 と、右腕に絡みついている姉さんが言った。

 月曜の朝から、俺は姉妹二人に腕を組まれて登校しているわけだが、すごく居心地が悪い。通学路でそんなことをすれば、学園の人気者、鈴本姉妹が注目を集めないはずはない。


 周囲からの「誰だあの男は」みたいな声とか視線を感じる……。


 弟で、兄です。信じてください……。


「ねえお兄ちゃん。変だよねえ?」

「ん? えっ」


 一体何をご飯にかけたんだ。

 変だ、っていうんなら、よっぽどのイロモノをぶっかけたんだろうし……。


「そ、そうねえ。俺はしない、かなぁ」

「そうだよね。変だよねえ」


 嬉しそうな秋菜に対し、姉さんは不満げだ。


「変じゃないと思う。ご飯にアレをかけるくらい。むしろ、全然アリ」


 アリなの?

 えっ、ていうか、何をかけたの?

 でも今更聞けない……。聞いたら話あんま聞いてなかったのがバレる。


「っていうか、ナツくん。なんか、手がヌルヌルしてるんだけど」

「あー、そうそう。なに? なんで手汗すごいの」


 人の手を勝手に握って、その感触に文句をつけるって傷ついちゃうからやめて。


「暑いんだよ。春先にこんなくっつくことないじゃん」

「寒いよッ! ねえ、お姉ちゃん?」

「そうよナツくん。わがまま言わない」


 俺が悪いの? ねえ、これ俺が悪いの?

 わがままを言っているつもりはないんだけどな……。


「それで、ナツくん。今日の晩ごはんはどうする?」


 と、姉さんが俺の顔を覗き込んでくる。そうか、今日は姉さんが当番だからか。


「いや、今日は多分、晩ごはんいらないと思う」

「え? お兄ちゃん、誰かと約束でもあるの? 友達もいないのに」

「いないからって、それを言われてもいいわけじゃないんだぞ、秋菜ちゃん」


 友達がいないことはちょっと気にしてるんだから。二人いれば十分だとは思ってるけど。


 しかし、マジで暑いし恥ずかしい。二人の未来の彼氏がこんなところを見ていたら、きっといい気がしないだろうし、これで男が離れていくのは、それはそれでちょっとどうかと思う。


 変な男が近づいてくるよりは、いいんだけど。


 でもさすがに今は離してほしい。


 俺は握られている手をなんとかしようと試みたが、指をがっちりホールドされているので、全然外れる気配がない。


「俺、今日はバイトだから遅くなるし、多分……おやっさんが晩御飯に付き合えっていってくるかもしれないから。もしそうならなかったら、勝手に食べるさ」

「……バイト? おやっさん?」


 首を傾げている秋菜を見て、そういえば秋菜に詳しい話をしたことがなかったな、と思い出した。

 姉さんにもしていないはずだが、姉さんは俺が今日バイト先でごちそうになるとだけわかればいいのか、何かを聞こうという素振りすらなかった。


「俺のバイト先の店長。なんか可愛がってくれててさ。『晩酌に付き合え』って、晩ごはんごちそうしてくれるんだ」


 きっと今日もそうなるだろう。この間はなかったし、一週間ごぶさただからな。


「ふうん。お兄ちゃん、昔っから大人からの受けいいもんね」

「そー言われると、なんか腑に落ちないなぁ」


 いい子ちゃんぶってる、って言われてるみたいでちょっとやだな。いい事だけどね。



  ■



 久しぶりのバイトである。


 俺が勤める雉蔵酒店でやる仕事というのは、大きく分けて二つ。


 一つは品出し。大変なのはこっちの方。


 酒瓶が詰まった箱やケースというのは非常に重たいし、中で瓶同士がぶつかって鳴る甲高い音が心臓に悪いったらない。


 物によっちゃあ、結構簡単に割れたりするし、高いし……。おやっさんは割っても気にすんな、なんて言ってくれるが、それで気にしないような図太い性根は持ってない。


 今じゃあ、酒瓶でジャグリングしても割らない自信はあるけどね。


「えーと、日本酒……獺祭と、澪……」


 飲んだことがないので、並べながら味を想像するのが基本。まあ、どうしても俺の中にあるアルコールのイメージでは、消毒液みたいなイメージになるのだが。


「おーい、夏樹ぃ」

「はいっ? なんすか、おやっさん」


 品出しをしていたら、レジに座るおやっさんから呼びかけられた。


「配達だ。ビーフィーターを一箱。ホストクラブ・プラチナに」

「うえっ、あそこですか……」

「かかっ。苦手にしてんのはわかるがよぉ、お客様なんだから愛想よくしねえとなぁ」


 おやっさんに接客がどうこう言われたくないけどなぁ。

 品出ししていた箱を片付け、エプロンを外して、外に止めてある雉蔵酒店の配達用原付に注文されたビーフィーターを積んで、ホストクラブに向かった。


 ちなみに、ビーフィーターはジンという種類の酒だ。

 

 俺の二つ目の仕事が配達。


 隣町に歓楽街があるから、そこのバーとかキャバクラとかホスト、近所の小料理屋とか居酒屋に酒を届ける事。


 原付に酒瓶乗っけて走り回るわけだけど、これが結構楽しい。いろんな人と会えるし、お得意さんはいろんな話を聞かせてくれたりしてくれる。


 まぁ、ホストクラブの店長から「高校ハネたらウチ来いよ!」とスカウトしてくるのは、どう反応したらいいのかわからないからやめてほしいんだけどね。というか、高校卒業してもホストにはなれないんじゃないの? 酒飲む仕事なんだし……。


 そんなことを考えながら、仕事をこなしていると、本当にあっという間だ。


 今日学校に行ったんだっけ? 昨日じゃなかった?

 なんて言いたくなるほどだ。


 働くって楽しいなぁー。


「おぅい、夏樹やーい」

「なんすか、その昔話みたいな呼び方」


 ワインをちょうど並び終えたところで、レジに座るおやっさんから呼ばれた。また配達かな?


「もう閉店だぜ。お仕事の時間は終わりだ」

「えっ、もうすか」


 ほんとあっという間だなぁ。

 左腕に巻いた腕時計を見ると、確かにこの店の閉店時間を指し示していた。


「さぁー夏樹ぃ。久しぶりによぉ、俺の晩酌に付き合ってもらうぜ。ここんとこ引っ越しだなんだって、休んだり早く帰ったり。冷たいじゃねえのよぉ」

「いやいや! 帰ったのはおやっさんがほとんど無理矢理――」

「いいから! 来い来い! 常連さんも、お前と飲みてえってうるせえんだからよぉー」


 おやっさんはそう言って、俺の腕を掴んで裏へ連れて行った。


 酒屋の裏には、試飲スペースと称した飲み屋がある。ちょっとしたつまみくらいなら出るし、酒屋だから酒の種類も豊富。


 ここには近所の酒好きのおっちゃん達が集うというわけだ。

 立ち飲み屋のカウンターには、すでに酒臭いおっさん達が屯していて、俺を見つけると歓声があがった。


「おぉーナッちゃん! 久しぶりじゃないか!」

「まったくだ! 若者はもっと頻繁に飲み屋に来なくっちゃな!」


 いや、未成年だから、本当は来ちゃ駄目なんですよ。

 馴染みのおっちゃんたちは、間に俺を迎え入れると、肩を抱いて飲んでいたビールグラスをよこした。


「いやっ、俺飲めないって!」

「バーロォ! 年上が奢るっつったら、素直に奢られるのが男のマナーだ!」

「そーだそーだ!」


 いやいやいや!


 酒臭くして帰ったらさすがに姉さんと秋菜に怒られちゃう!

 どうして酒飲みってのは、飲めねえつってんのに一緒に飲みたいって言い出すんだろうなぁ。


 断ろうと困っていたら、俺の前からジョッキが消えた。


「コラ!! ナッちゃんに悪い事させんじゃないよ! 未成年に飲ませないのも、酒飲みの立派なマナーだよ!」


 と、カウンターの中にいた、ふくよかな女性がそう怒鳴った。彼女はおやっさんの妻で、雉蔵聡子さん。


 おやっさんが酒店にいて、夕方から聡子さんが飲み屋の方に出るという仕組みを取っている。


「ナッちゃん。今日はおばさん特製の肉じゃがとかあるけど、食べないかい?」


 と、聡子さんはニコニコ笑いながら、ジョッキを隣のおっちゃんの前にドン! と叩きつける。


 おっちゃんは「わ、悪かったよぉ」としょげた声を出していた。


「肉じゃがいいですね! 食べたいです!」

「そーかい! ちょっと待ってなね」


 そう言って、カウンターの影に隠れているコンロに火を点けた。

 今日は肉じゃがかぁ。楽しみだ。聡子さんの料理は美味しいし。


「ナッちゃんよぉ、なんで最近来なかったんだぁ? 一週間休んでたって話じゃないのお」

「酒臭いっスよ芝野さん……。引っ越し、っつーか……実家に帰ってて」


 俺はこの一週間で何度この話すんのよ?


「実家! それじゃあ、彼女も連れ込めないじゃねえの」

「いや、そもそもひとり暮らししてた頃から、そんなもん連れ込んでないですし」

「ったく。いい若いもんがそれじゃあ駄目だぜ。股間の刀は定期的に磨かなくっちゃあ」


 あぁ、なんて品のない酔っぱらいジョーク。

 結構好きだけどね、そういうの。


「それに、ナッちゃん結構モテるだろ? どうなんだい、自分のこと好きなんじゃねえかって女の子、いねえのか?」


 そんなことは、気にしたこともない。

 誰かとくっついだの、離れたの、面倒だしね。

 そういうのはもうちょっと、落ち着いてからがいい。


「「はぁー……ッ」」


 俺がそう言うと、なぜかおっちゃん達がため息を吐いた。

 酔っぱらいの話ぶりは、回りくどくていけねえや。


「いいかナッちゃん。人生「今は彼女なんていらない」なんて時期ないんだぜ」


 そういうおっちゃんの左手をちらりと見るが、そこに指輪はない。


「ナッちゃん! 今、この人結婚してないな、とか思ったろ!?」


 鋭い……。

 いや、だからこその説得力なのか?


「いいかナッちゃん! 俺もそうだった。高校時代は男と遊んでる方が楽しいとか、社会人時代は趣味の時間がほしいとか、そんなこんなで恋愛しなかったから結婚できてねえんだ!」


 なんだかどえらい叫びを聞かされている気がする。

 あんまり若い内に聞きたくないタイプの叫びだ……。


「そうだぜえ。芝野ったらよぉ、モテないってわけじゃあなかったんだけどな。モテ期ってやつぁ気ままだから、そろそろ結婚かぁ? なんて思った時にゃあ影も形もないってなもんで」


 くけけけけッ! と、悪魔みたいな声で笑うのは芝野のおっちゃんと幼馴染の草野のおっちゃんである。


「おかげで高校ン時ゃまるでモテなかった俺が幸せな家系を築いてるってんだから、人生ってのはわかんねえよなぁ!」


 あははは、と乾いた笑いをしていたら、聡子さんが「ほいっ! 肉じゃが! 味噌汁と白いご飯もだすよ!」と、俺の前に晩ごはんが置かれた。


 そしておやっさんが「よぉ、芝野、草野、俺の秘蔵っ子出してやったぞ!」と、バカでかい焼酎の瓶を持ってきて、二人が湧いた。


 ……いやぁ、俺もそろそろ恋愛すべき、ってか?

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