第17話『姉妹から見た夏樹の話』
……ちなみに。
床で布団も引かずに、友達と雑魚寝すると、体痛いわ疲れ抜けないわで、朝少し後悔するのだが、これ含めてお泊りなので、俺と織花は毎回こんな事をやっている。
今日は日曜日。昼近い時間で織花に起こされ、ブランチを作らされた後(約束通りフレンチトースト)、やつは眠気からか渋い顔であくびをし、風呂も入ってないので頭を掻きながら
「眠いし疲れたし帰るわ……。また学校でな」
そう言い残し、家に帰っていった。
寝たのに疲れたってなんだよ、とは毎回思うのだが、俺達はいつも憔悴しきって別れる。映画も連発で観てると、体力がえげつないほど削れるのだ。
「織花も帰ったし、俺も寝よ……。明日は学校もあるしバイトもあるし……」
玄関で織花を見送ってから、あくび混じりに頭を掻いて、部屋に戻る事にした。
なんか体がギシギシ言うんだよなぁ。
まずシャワー……いや、お湯に浸かろう。
しつこいほど脱衣所のドアをノックして、中に誰もいないかを確かめてから、俺は風呂に入った。
■
「……寝付けなかった」
鈴本春華はベッドに寝転がりながら、額に手を置き、天井を見つめていた。部屋の壁に耳をくっつけると、夏樹の部屋の声が聞こえてくる。今は誰もいないのか、向こうの部屋は静かだ。
鈴本家の二階には五つの部屋があり、夫婦共同の寝室と物置、子供の部屋が三つ。
並び順は、奥から春華、夏樹、秋菜となっている。
耳を澄ませばうっすら夏樹の部屋の声が聞こえてくるので、秋菜は何か変なことをしていないかと出歯亀をしていたのだが、本当にずっと映画を観ていただけで、特に変わったことはしていなかった。
年頃の男女、それもあれだけ仲のいい二人が、ほぼ徹夜で本当に映画を観ているだけという事実に軽く春華は驚いたが、安心もしていた。
「……はぁ。なんだか、ナツくんがよくわかんなくなっちゃった」
ポコン、と間抜けな音がベッドボードに置かれたスマホから鳴り、手に取ると、そこには秋菜からのメッセージ。
『お姉ちゃん。今から、部屋に行っていい?』
いいよ、と短く返信すると、すぐに部屋の扉がノックされ、秋菜が入ってきた。彼女も、なんだかひどく眠そうで、春華は吹き出すように笑った。
「えっ、なにお姉ちゃん」
「なんでもない。ナツくんは?」
「お風呂に入ったみたい。織花って人は帰った」
「そっか」
体を起こし、ベッドの縁に腰を下ろすと、秋菜もその隣に座った。
「アキちゃんも、気になって起きてたの?」
「っ……。あー……」
言い訳しようとしたんだな、と姉の勘でわかった。が、秋菜自身も、春華に言い訳しても無駄だとわかっているので、静かに頷く。
「でも、多分、相手が男でもおんなじだったと思う」
「起きて聞いてたってこと?」
「……あんまりそれ、言われたくない」
「ごめんね」
今更、二人同じなんだから、いいんじゃないのかなぁ、などと思うが、秋菜に甘い春華は、その言葉を飲み込んだ。
「でも、私もそうだと思う……。なんだか、織花ちゃんが泊まりに来て、思い知らされたもの」
「うん。秋菜達、あんまりお兄ちゃんの事、知らないんだね」
家族なのにね、と零すように言う秋菜は、足をぶらぶらさせて、手持ち無沙汰のように見えた。
「よく考えたら、ここ数年まともに会話してなかったし……。家でも、お兄ちゃんって、なんていうか、遠慮がちだったよね」
「うん……」
今までの夏樹を思い出し、胸の奥がチクリと痛む春華。
夏樹が鈴本家に来る前は、もっと元気いっぱいで、わんぱくな少年だった。春華がなにかして遊ぼうと提案すれば
『えぇーッ! 春華ちゃんの遊びは女の子っぽいからやなんだよなぁーッ』
そう言い出すタイプだった。
今ならどうだろう。そう考えると、すぐに脳内の夏樹が
『あぁ、いいよ姉さん』
微笑みながらそう言った。
大人になったと言えば聞こえはいいが、そもそもあまり夏樹から何かを要求された覚えすらなかった。
「……お兄ちゃんて、普段何して生きてるんだろ」
なんだかひどい言葉に聞こえるが、春華もそれには同感だった。
春華は一般的な女子高生だ。普段は学校に行き、それなりに部活を頑張り、休日は友達と遊ぶ。ほしいものがあるし、ちょっとバイトしようかな、なんて思っている一般的な女子高生。
それは、秋菜も一緒だ。
だが、二人から見た夏樹は「あまり友達と遊ばず、学校とバイト先の往復。たまの休みは映画を観ている」という、一般的な高校生らしくない物だった。
そういう意味で言えば、女子で、やたらと距離感が近く、得体の知れない桐谷織花でも、彼の友達で居てくれるのは少し安心だった。
それに鈴本家は裕福だ。映画以外に金を使わない夏樹が、バイトをする理由はない。夏樹が「もっと小遣いが欲しい」と言えば、父である玲二が拒むとも思えなかった。
今までそんなことを言わなかった夏樹が言った事に対する嬉しさ、というのが理由として大きいが、それがなかったとしても夏樹は大人的な目線で「いい子」なのだ。
だから、二人は思う。
「お兄ちゃんって、なんだか……」
秋菜が最後まで、その言葉を口にしなかった理由は、春華にもよくわかる。きっと、同じことを考えていたから。
そして、大事な家族に、好きな人に向けるには、少し残酷すぎる言葉。
なんだか、自分が無いみたい。
それは、個性が無いとは違う。ただ、自分よりも姉妹二人の事を優先してしまうだけ。
これまで何年も夏樹を避けていた事を考えると、嬉しい反面、悲しいことでもあった。もっと夏樹にも怒ってほしい、感情を見せてほしいからだ。
「……頑張ろうね、お姉ちゃん。お兄ちゃんと、もっと仲良くなる為に」
「んっ」
秋菜から握られた手に、春華も手を握り返す。
お互いに恋敵であり、そして、家族を心配する姉妹同士。家族としての絆の深さが、彼女たちを仲のいい姉妹のままでいさせるのだ。
「でも、アキちゃん」
「ん? なに、どしたの」
「眠い……」
「……秋菜も」
二人は、手を繋いだまま、ベッドに倒れ込んだ。夏樹と織花に何もなかった安心感、人肌の暖かさが眠気を刺激したのだ。
幸せそうな寝顔で、二人は決意を新たに、夢の世界へと落ちた。
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