第16話『関係性の話』
……あんまり、映画の話ばっかしてると、ついてけない二人がごきげんななめになりそうだな。どうせ、晩飯後に部屋戻るし、そん時に話せばいいか。
「ま、映画の話題はここまでにしようぜ。姉さんと秋菜は、映画を見ない人だから」
「へえ?」
にやりと、織花が笑った。
あ……やべえ。この感じ、織花のダメなスイッチが入ったかもしれない。
「お二人は映画を見ないんですねえ」
「そ、そうだけど」
「それがなによッ」
姉さんは何かを察したのか、ちょっと気持ち引いていた。秋菜は……なんにもわかってないんだろう。とりあえず強気で相手に接してみる、という性根は変わらないらしい。
「いやぁ、映画って、ほんといいものなんですよぉ」
なんで水野晴郎風なんだろう……。
「それに、趣味は一つでも多い方がいいですよぉ。もしも、あなた方の好きな人が、映画好きだったらどうするつもりなんですかぁ?」
びくっと、なんか魚みたいに肩が跳ねる二人。
お? 意外と、この二人は恋愛に興味があったりするのか?
あんまり二人をからかわれても面倒になりそうなので遠慮してほしいが、そういう話は俺じゃあなかなか聞き出せないからな。もう少し探りを入れてほしいところだ。
俺は、織花に目配せをして、それを頼んでみた。
テーブルの下で親指を立てたところを見るに、了承してくれたらしい。
「まあ、恋愛関係は、二人していろんな人に言われまくって耳タコだとは思いますが。この
なんだか、賄賂を渡す悪徳商人みたいな雰囲気を醸し出しているが、俺は織花をいいヤツだと信じている。
「マブダチって……。違うし、久々聞いたし……」
秋菜が織花の雰囲気に飲まれているのが、個人的にはちょっと気持ちがすっきりする。秋菜は他人を振り回すタイプだからね。特に俺とか。
「っつーか! 秋菜の恋愛事情とか、織花、さんには関係なくない?」
「同じ女の子。人類皆兄弟。関係なくない」
「秋菜、この人苦手!」
ぷいっと、秋菜は織花から顔をそむけた。
「ふふふ……ボクを苦手と言った人間は、後々、ボクのことを尊敬するようになる傾向がある」
嘘か真か。自信を表す様に、織花は背もたれに体を預けて胸を張る。なんか、マジっぽいのが怖いところだ。
秋菜は必死に目を反らしているが、そう言われると織花が気になってしまうのだろう。意地でも見ないぞ、という感じが見て取れる。ああなると、俺にも織花の思う壺なんだろうというのは、俺にもわかった。
「ふふっ。なんだか、愉快な人ね。織花さん」
さすが包容力の鬼こと、姉さんである。織花の独特なペースをも受け入れる心づもりらしい。口元を押さえて品よく笑っていた。
「お姉ちゃんッ! 仲良くしない!」
秋菜に激甘の姉さんは、秋菜に怒鳴られてしょんぼりしたまま、エビフライを囓った。
「おいおい秋菜。あんまり姉さんを威嚇するんじゃないよ」
「お兄ちゃんは女子の会話に入らないでッ!」
えー! 食卓を共にしているのに会話を共にしてはいけないのか!?
「こういう時、男兄弟は大変だなぁ、お兄ちゃん」
笑いをこらえるように、喉の奥で笑う織花。やめろその人を小馬鹿にした笑い方。
「でも、弟は楽でしょ?」
姉さんの言葉に、秋菜がまた「お姉ちゃんのちゃっかり者!」と叫ぶ。俺はいろいろ思い出し、首を横に振った。
「弟も楽じゃないかなぁ」
姉さんの弟だと知られた中学時代は、ちょっと面倒だったしね。美人の姉じゃなければ、もう少し楽だったんだろうか?
うーん。俺って、血的には一人っ子なのになぁ。もう姉妹がいない気持ちがわからないな……。なんだか不思議。
そんな話をしながら、晩ごはんを食べ終わってしまった。今日のエビフライは自信作だったのに、なんだか味わう余裕がなかったが……。
「ごちそうさまでした」
三人も手を合わせて、晩ごはんがやっと終わったことに、俺は安堵のため息が思わず漏れてしまった。
「なあなあ夏樹ぃ。明日の朝ごはんはなに?」
「お前、今食ったばっかでもう明日の飯かよ。一応、牛乳とはちみつがあったから、フレンチトーストのつもりだけど」
「あぁーいいねえー……。夏樹の家に泊まると、ホテルみたいな飯が出るから嬉しいよ」
すでに腹が減ってるみたいに腹を擦りながら織花は立ち上がり、姉妹に「それじゃ、ボクは夏樹の部屋に戻るよ」と軽く手を振り、先にダイニングから出ていった。
俺も早く部屋戻るか……。
じゃないと――。
「お兄ちゃん」
やっべ。
秋菜の顔が無だもの。織花は逃げるタイミングが上手すぎる。俺も今度、その逃げるタイミングを掴むコツ教えてもらお。
「なんなのあの織花って人! 只者ではない感じがパワフルなんだけど!」
なにその言い回し。
只者ではないのは、確かだけど。あいつほど独特な性格をした人間も、そういない。俺と友達やれてるくらいだし。
「そうね、なんだか、独特なペースっていうか、何言われても揺らがない感じ。ちょっとうらやましい」
姉さんは織花に好意的なようだ。まあ、織花は結構からかわれたしな。仕方ないといえば仕方ないのだろうけど。
「それで、ナツくん?」
「ん、なに? 俺、部屋戻らないと。片付けは作らなかった二人がやってくれるんだよね」
「うん。そうじゃなくて、一つ聞きたい事があるの」
姉さんが微笑みながら、俺の目をまっすぐと見て、妙にはっきりとした口調で言った。
「ナツくんは、ああいうのが好みなの?」
「だっ」
俺は、何か考えるまえに声が漏れてしまい、咄嗟に何か言えなかった。
さっき、織花に言われた『こういう仲ですぅ』を本気にしてるんじゃないだろうな……。
「織花とは付き合ってるわけじゃないって、マジで。家族いるのに、家に彼女連れてくるわけないじゃん」
まあ、姉妹の彼氏はぜひ俺の前に連れてきてほしいが。絶対に人間性も将来性も完璧な人間じゃないと、大切な家族を嫁に出したくない。玲二さんも同じ気持ちだろう。
「ふぅん。でも、女の子にくっつかれて嬉しいなぁとか、お兄ちゃんも考えてるんじゃないのぉ」
不機嫌そうに、テーブルへ肘をついている秋菜は、なんだか非常に子供っぽい。
そして、その考えがゼロとは言わないけど……。でも、織花とはなんか、もうそういう領域をとっくに越えた感じだからなぁ。
「ったく。二人は色恋沙汰なんてごめんだ、みたいな口ぶりして、やっぱそういう話好きじゃん。いい恋愛映画貸そうか?」
「大丈夫。もう間に合ってるから」
「そうそう。いいから、お兄ちゃんはあの織花って人の相手してきてよ。矛先変えてこっち来るかもしれないじゃん」
織花の事をなんだと思ってるんだ、という秋菜の発現はともかく、もう間に合ってるって姉さん、まさか恋愛してるとかなのかな? ――だとしたら、相手の情報を渡してほしいもんだが……。
少し問い詰めたい気もするが、部屋に織花待たせっぱなしだと、俺の部屋で何するかわかったもんじゃない。二人に部屋へ戻ると告げ、俺もダイニングを出た。
階段を登りながら、次は織花が提案してくる映画はなんんだろう、などと考え、部屋の前にやってきた。
「おまたせ織花。次はなんの――」
部屋に入った俺の目に飛び込んできたのは、ベッドの下に頭を突っ込んで、尻を振っている織花だった。
さっきの「ああいうのが好みなの」という言葉を思い出して、織花の尻に一瞬釘付けになってしまい、頭を振った。
俺って単純……。いや、大丈夫、大丈夫。下着黒なんだとか、小さくて形のいい尻だなとか、思ってない思ってない。
「……なにしてんの」
「エロ本探してんの」
「バカだろお前。一人暮らしの時だって、見つかった覚えがないぞ」
……スマホに入ってるからね。ほんと、お前にAV借りて暴発した時から、絶対に形に残る媒体でエロいのを持たないと決めたんだ。
「ちっ。つまらん。お前に変な性癖があったら、笑って姉妹に報告しに行くのに」
「お前それほんとやめろよ!? 泣いちゃうから俺!」
織花をベッドの下から引きずり出し、俺達はやっと、映画鑑賞を再開することができた。
眠気の限界まで見て、ぶっ倒れるように雑魚寝する。
いつものことだが、これって確かに、恋愛関係じゃない男女のやる行動じゃないよな……。
眠る直前に、俺は織花との関係について、改めて疑問を持ってしまった。まあ、今更すぎるんだけどね。
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