第15話『過去の話』

「ナ、ナツくんって……お友達、いないの……?」


 トイレで手を洗った事がないやつでも見るような目を向けてくる姉さんの視線がやたら傷つく。

 ええ? 友達二人って、そんなに驚くことかなぁ。


「で、でもお姉ちゃん……。確かに、お兄ちゃんが家に友達連れてくること自体、そもそも初めてに近くない……?」

「そ、そういえば……」


 昔から織花を連れてきているんだけど、覚えてねえのかな……。それとも、お互いの友達と認識していたのか。ありえない話じゃないけど……。


「ねえ、ナツくん」

「……はい?」


 一転して、姉さんと秋菜が心配そうな表情になった。俺は、説教されてたんじゃなかったっけ……?

 なんで説教されてるのかはわかんないけど。


「友達は、同性間でも、膝枕なんてしないのよ」

「……はあ、一応、知ってるッスけど」


 っていうか見てたの?

 別にいいけど。


「じゃあ、なんであの女にはしてたの?」

「え、なんで、って。別に理由はないけど……」


 ほんと、自然にする事なので、理由とかいちいち覚えてない。強いて言えば、ちょうどいいクッションがなく、膝がいい高さだったから、織花が「やって」と言い出したからだ。


「よくわかんないんスけど、もういい? 俺、晩ごはん作らないと」

「ダメだよッ!」

「ダメよッ!」


 ダメなの!?

 驚いて、思わず肩がビクッと跳ねてしまった。


「じゃあ、どうしたら俺は晩ごはん作りに行っていいんスか」

「それがわかんないから!」

「私達も困ってるの……」


 俺はなんで怒ってるかもわからない人達に怒られて、正座させられてるんかい。

 しかしまあ、人間機嫌が悪いと、よくわからない方に突っ走って、袋小路に追い込まれに行ってしまうことが多々ある。今回も、そういう感じのものだろう。

 二人揃って機嫌が悪いのは、珍しいが。


 こうなると、放って置くのが一番だな……。


 晩飯腹いっぱい食べれば、機嫌も直るだろう。それで直らないような機嫌なら、どうしたって直らない。


 諦め、というか、開き直って、俺は立ち上がった。


「あっ、まだ立っていいって言ってないし!」


 勢いよく俺を指差す秋菜。しかし、その勢いに中身がない事は、もうわかっているので、呆れてため息が出てしまう。


「はいはい。話は織花が帰った後に聞くから、内容まとめといてよ。俺は晩飯作ってくるから」


 そう言って、二人を残し部屋を出た。

 何か後ろから言っていたけど、聞いている暇もない。織花待たせてるし。機嫌が悪い人間からは、一度離れてみるのも有効な手段なのだ。


 問題の先送りとも言うし、時間が解決してくれるとも言う。


 エビフライ、そこまで時間のかかる料理じゃないが、あんまり晩飯が遅くなるのも嫌だし、ちょっと急いで、階段を勢いよく降り、織花の待っているリビングへ。


「やぁーっ、長かったねえ」


 リビングでは、織花がテレビの前に置かれたソファで寝転がり、バラエティ番組を見ていた。


「おぉ、悪かったな」


 織花はこっちを振り向かず、手を小さく振る。


「最近、コントをやってくれるバラエティが減ったなぁ。ボクはコントが観たいんだけど」


 なんだかぶつぶつ言ってるな。

 俺は滅多にテレビ観ないから、その悩みはわからんけど。


「さーて、手っ取り早く作っちまお」


 なんでか知らないけど、姉さんと秋菜に足止め食らったからなぁ。

 キッチンに立ち、使うものを予め取り出しておく。


 エビフライに大事なのは、海老をどれだけまっすぐに揚げられるかというところである。

 普通に作ると丸くなってしまい、一口サイズになっちゃうんだよな。これだとなんだか物足りなさが大きい。


 なので、衣をつける前に、小さくいくつかの切れ込みを入れて、串を刺したりして少し伸ばしてから、串を外して衣をつける。

 エビフライが丸くなるのは、熱で筋が縮まるから。つまり、先に筋を切っておけば、縮まらないというわけだ。


 鈴本家のお母さん、美香さんから教わった小さい一手間である。


 キャベツのみじん切りとプチトマトを添えて、ネギと豆腐の味噌汁をささっと作り、それに白米と浅漬けをつけて完成っと。


 できた皿をダイニングテーブルに並べ終わり、少し離れたところにいる織花を呼んだ。


「おーい、織花ぁ。お前のリクエストできたぞー」

「はいよー」


 ソファから立ち上がって、頭を掻きながらあくびして歩いてくる。……あいつ、テレビつけっぱで寝てたな?


「やれやれ。あんまり面白い番組やってなかった」

「あー、そうかい。人が飯作ってる間、惰眠ぶっこきやがって」


 ポケットからスマホを取り出し、鈴本家(子のみ)のグループメッセージで二人に「ご飯できた」と送った。


 うーん、無料でメッセージ飛ばせると、こういう横着しちゃうよな。


「これで降りてくるだろ。先食ってていいぞ」

「バカ言うない。家の人間が全員揃ってないのに、よそ者のボクが勝手に食えるかって」


 言ってる事は立派だが、頬に髪の毛の跡がついてんだよなぁ。


 だいたい二分くらいそのまま待っていたら、二人が降りてきた。


「おまたせ、二人共」


 と、姉さんがいつもの席に座った。


「うわぁ、エビフライ美味しそう」


 秋菜が笑顔で手を合わせる。いやぁ、なんだか嬉しそう。そういう顔をしてもらえると、作った甲斐があるってもんだ。


 俺達四人、姉妹が隣に並んで座り、俺と織花が並んで座って向かい合う形になり、晩ごはんの時間となった。


「いただきまーす」


 四人でそう唱えて、手を合わせる。やはり、食卓に座る人数は多いほうがいい。季節的にちょいと早いが、その内、鍋でもやりたいな。


 懐かしいなぁ、一人暮らし時代、俺と織花ともう一人の友達三人で、冬場は鍋やったっけ。


 あの時は大変だった。もう一人の友達が、辛いの大好きだからってキムチだの唐辛子だのぶち込みまくったから、地獄みたいな鍋になったもんな……。


 俺がしみじみと、昔のことを思い出していたら、なぜかちらちらと姉さんが織花のことを窺っているのに気づいた。


「と、ところで、桐谷さん?」


 そして、ついに姉さんが口を開いた。なんだかずいぶん、遠慮がちな口調である。後輩なんだから、もっと堂々と行けばいいと思うんだけどな。


「ふぁい、なんれふか?」


 エビフライをしっぽごと食う女の返事である。なんだか品がないようにも感じる。


「ナツくんとは、どういうご関係で?」

「それっ、あたしも気になってた!」


 と、鈴本姉妹が、殺気じみた雰囲気を出しながら織花に食って掛かる。

 一体何がこの二人をそうさせてんだかわからないので、エビフライをかじりながら、事の行末を見守った。


 やっぱり、真っ直ぐな方が、エビフライは風味が感じられていいな。


「どういう、って……」


 ちらりと織花が俺を見る。

 いや、見られてもな。素直に親友と言えばいいじゃん。


「そうですねえ……。こういう関係ですぅ」


 ぴとり。

 俺の肩に頭を添えて、腕を組む織花に驚いて、俺はエビフライを吹き出しそうになった。


 姉さんと秋菜の眉間が体全身のシワが集まったんじゃないかってくらい歪む。なんで!? なんでそんな怒るの!?


 家族いるのに恋人連れてきてんじゃねえぞ、っていう感じ!?


「ちっ、違うよ? 俺と織花は、そういうんじゃ――」

「――そうっ。ボクと夏樹は、そう単純な関係じゃないんです。例えて言うなら、『ラッシュアワー』のジャッキー・チェンとクリス・タッカーのような……」


 映画を見ない姉さんと秋菜は首を傾げていた。っていうか、あいつら最初こそ仲悪いが要するに相棒じゃねえか。単純な関係性だわ。


 そもそも、別に最初は仲悪かったとかないしね。


「よ、よくわからないんだけど、恋人とかじゃないの?」


 不安そうに尋ねる秋菜。

 飯が進んでないが、飯より大事な話か? これ。


「ちぇーっ。もう少しこの冗談で引っ張りたかったんだけどな。ボクと夏樹は、親友ですよ。唯一無二の」


 やっと俺の認識と同じ言葉が出てきて、一安心。織花の冗談は心臓に悪いぜ。


「そ、そこまで言い切るのね……。それはそれで、なんだか羨ましいけど……」


 姉さんがどういう感情を持ってそう言っているのかはわからないけれど、俺からすれば織花がこういうことを言うのはわりと普通なので、もう慣れっこである。


 しかし、女三人寄れば姦しい、なんて言うが、あんまりそんな感じじゃあないなぁ。


 鈴本姉妹は女の子女の子してるが、織花はそういう感じじゃあないからな。男の俺と波長が合うくらいだし。そういう意味じゃあ、女三人じゃないのかな。


「っつーか、桐谷さん?」

「織花でいいよぉー」


 味噌汁をすすって、口元にネギがひっついた笑顔を見せる織花。言っている内容か、それとも、やたらいい笑顔にか、秋菜は目を少しだけ大きく開き、びっくりしていた。


「……織花、さんは、お兄ちゃんとはどうやって出会ったの?」

「出会った、ってもんじゃないなぁ。別に、大したエピソードがあるわけでもないし。ただ、中学時代、映画館に行ったら何度か見かけたんだよ。そうしたら、お互いに同じクラスだから顔を覚えてるだろ? 何回も見かければ『こいつ、映画好きなのかな』って、興味を持って話しかける。それが始まりかな」


 すげえ懐かしい話。

 俺も織花も、学校じゃ珍しい映画フリークだったから、趣味の合うやつ全然いなくて。映画館行ったら結構な頻度で見かけたから、声をかけたんだ。


 同じ趣味を持つやつと話したい、ってのは、当たり前だからな。


「夏樹、覚えてるか? ボクらが話すきっかけになった映画」

「当たり前だろ。『ラスト・リゾート』面白かったな」


 あれは俺にとっても思い出深い映画なので、よく覚えている。

 人類最後の観光地。過去を消し去った島で、主人公はリゾートに止まった人々の過去を探し出す。というあらすじだ。


 娯楽映画(ストーリー的にわかりやすく、万人受けに近い設計)とテーマ系映画(監督のやりたいもの優先映画)の中間くらいで、映像美が素晴らしく、いろんな過去を探っていく内、主人公の秘められた過去が明かされるというプロットは、圧巻だった。


「あれも『ブラッドベリサーカス』の監督と一緒だったな。ザックス・アドランド」

「そうそう。あれ、テレビじゃCM打たないから、これ観に来るとは、こいつ通だなと思ったからね。よく覚えてる」


 あれの落ち、すげえよかったよなぁ。

 上映終わった後、映画館近くのファミレスで、初めて二人で感想会をやったんだっけ。


 懐かしい。俺達二人じゃ、こんな話はしないからなぁ。

 ノスタルジーに浸れるなら、過去を思い出すのも悪くない。


 ――いや、まあ、なんか俺達が映画と過去の話で盛り上がってる間、ずっと姉さんが俺を睨んでるし、秋菜がテーブルの下で俺の足を蹴ってんだけど。


 なんなの二人共。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る