第14話『距離の話』
「……」
閉めた、よな。ドア……。
ホラー映画でよくあるよな。閉めたはずなのに、とか言いながら閉めに行くと、馬鹿みたいな凶器で体を切られたりするんですよね。
そうはならないと思うし、ホラー耐性もばっちりある俺なので、覗きに行くのくらい、できるんだけど、膝に頭乗せてる織花が邪魔だった。
……まあ、いいか。映画の方が優先度高いし、閉め忘れただけかもしれないし。
「つまんない、ってほどじゃないけど、ありがちといえばありがち。古い映画だからなぁ」
織花はあくびを噛み殺しながら呟く。
そう、古い映画って、俺らのように後の世代が見ると、そこがスタート地点なので『もう何度も見たなぁ』となってしまうことが結構ある。
ありがち、王道、そういうのを作ったのがその古い映画だ。だから、その映画はすごくて、面白かったはずなのに、俺達の世代にはそれがわからなくなってしまう。
それでも、俺はこの映画が好きだ。
主人公はただ銃の扱いが上手いだけのアウトローとして荒野を旅し、その腕だけに頼って生きている。自分の力だけで生きている主人公が、かっこいいから。
そして、俺がこの映画で一番気に入っているのは、そのエンディングだ。
「んっ、んー……っ!」
体を起こし、織花が伸びをした。スタッフロールが流れているテレビを見つめながら、呟く。
「いいんじゃない。面白いっちゃ面白い」
「そこまででも無い感じか」
「いや、まあさすがに古い映画だから、新鮮味こそないけど。でもテーマこそ一貫してて面白かった。最後、ヒロインと結ばれないっていう選択を取るのは、こだわりが感じられた」
娯楽映画、って感じじゃないなぁ、とボヤく織花。
俺もそこが気に入っている。主人公が頼るのは、自分の才能だけ。それを最後まで徹底したのが非常にいい。そうしちゃうとテーマとずれちゃうじゃん! ってなるのに、ヒロインとくっつける映画多いからな……。
「夏樹はこういうテーマ系の映画好きだからなぁ」
テーマ系は、俺と織花の間で分けられている映画のジャンルであり、簡単に言うと『エンタメよりも作者が自分が作りたい物を優先する映画』というものであり、こういうのは出た当初こそ興行収入が振るわなかったり駄作とか言われたりするが、しばらくすると知る人ぞ知る名作とか言われて、急に流行りだしたりする。
「ボクも嫌いじゃあないけどね、こういう映画」
ちらりと、壁にかかった時計を見て、織花は腹を擦る。
「腹減ったんか?」
「まあね。そろそろ夕方だし、晩ごはんが食べたいよ」
……お菓子とジュース、結構食ってたよなぁ、こいつ。
「太るぞ」
「女子にそんな事言うのよくないなぁー……。まあ、ボクは体格が変わらない体質だから、あんま関係ないし」
なんだそれうらやましぃー。
そういやぁ、確かに織花がいろいろ食ってるのを見ているが「痩せなきゃ」とか言ってるところは見たこと無いな……。
「中学からほとんど変わってないからね、体格」
「そういやそうだな。……飯食うか?」
織花が頷いたので、俺達は部屋を出て、一階に降りようとした。だが、その前に、
「織花、先に一階降りて、テレビでも見てろよ。俺は姉妹を呼んでくる」
「はいよぉー」
たんたたんたん、とリズミカルに階段を降りてく織花を見送り、俺は、姉さんの部屋をノックした。
「姉さぁーん。晩飯作るから、呼んだら降りてきてねー」
中から返事があるかと思ったら、なぜかいきなりドアが開いて、勢いよく手を掴まれ、引きずり込まれた。
「おぉッ? ――って、なんで姉さんの部屋に秋菜がいんの?」
何故か秋菜と、姉さんが、真顔で俺を見ていた。……なぜだろう、小学校の頃、お母さんに怒られるのが確定している帰り道を歩いている様な気持ちが襲ってきた。
やっべ。織花もいてもらえばよかったかもしれない。俺を庇ってくれそうなの、いま、織花しかいないんじゃ……。
「えっ、なに……? もしかして、映画うるさかった?」
「正座」
と、秋菜が、床を指さした。
「えぇ……俺、晩ごはん作らないと行いないんだけど……」
ほらめんどくさいことになりそうだ……。
まあ、しろと言われたらするけど。
近くにあったピンクのクッションを手に取り、座る位置に置く。
それが、秋菜に蹴られ、クローゼットに当たって落ち、俺はそのクッションをジッと見ながら、なんだか妙に傷ついた。
……え、俺はクッションなしで正座しろって言われてんの?
しかし、こういう時に「クッションくらいはいいじゃん」とか、あーだこーだ言うと、機嫌がどんどん悪くなるもの。黙って頷いて、自分で自分の怒りに火をくべてるタイミングで口を挟んで、どんどん沈下を目指す。
これが女系家族で生まれた男の処世術だ。
おとなしく正座し、目の前を見る。
私服で俺を見下ろし、優雅にベットへ腰を下ろしている鈴本姉妹。
さて……。こういう時、大抵の場合。秋菜が口火を切るんだが……。
「で、お兄ちゃん。私達が何に怒ってるか、わかる?」
秋菜はそう言って、腕を組んだ。
……これがまた難問である。俺は秋菜や姉さんがとっといたプリンを食べるなんて浅ましい真似はした覚えがないし、多分、織花関係なんだろうが。
「……なんかしたっけ? 俺」
なんか、ブチって音が聞こえた様な気がする。二つほど。
あー、言葉ミスったなぁー。
でも変に誤魔化しても「わかってないじゃん!!」ってブチ切れられるのが落ちだしなぁ。
お怒りを鎮めるタイムを短くするには、とにかく毎回最適解を言うしかない。
……まあ、ほんといざとなれば、土下座土下座でめちゃくちゃ大声で「ごめんなさい!!」しか言わず、勢いで押し通す、という手も無いことは無いが、これは年一回くらいのペースで使わないと、バレて使えなくなるから。今年まだ使ってないし、できればもっと大事なとこで使いたい。
「ナツくん……。あなた……」
と、姉さんが目を細めて、道にかたっぽだけ落ちている軍手でも見るように俺を見た。ようするに、可哀想な物を見る目だ。
「あの織花っていう子とは、いつも、あんな距離感なのかしら……」
「距離感……?」
意味がよくわからないが……。
織花との距離感、っていうのなら、まあ、いつもあんな感じだ。
頷くと、なんか、また何かがキレた様な音がした気がする……。
「ずいぶんと仲が良さそうなのね」
「はあ、そりゃあお友達なので……」
「はあ? お兄ちゃん、女の子の友達みんなとあんな事してるわけ?」
「あ、あんな事? いや、映画見るのは織花だけだけど」
だって周囲に映画好きなんていないし。
鈴本姉妹も映画見ないじゃないですか。
「そっちじゃないわバカ兄貴!」
初めて秋菜に兄貴って呼ばれた……。
なんか、少し感動である。いや、そういう話じゃない。
「それに、よくわかんないけど、たとえどんなことだろうと、女友達相手っていうんなら、織花にしか絶対しない事だと思うけど」
「あぁ!?」
ついに俺の幻聴だけでなく、ヤクザみたいな声を出した秋菜。姉さんも、なんか、∨シネマに出てくる奥方のような顔だ。
「だって俺、女の子どころか、同年代の友達なんて、織花しかいないし」
姉妹は家族だからノーカン。
男友達は一人いるけど、年上だし、女の子の友達は織花だけだ。
俺がそう言うと、二人はなぜか、顔を青くして、俯いた。
……えっ、なに? さっきまで怒ってた人が、なにそのリアクション?
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