第13話『お気遣いの話』

 心配は心配だが、しかし、俺だって織花と徹夜で映画見るの楽しみだし、それに杞憂という可能性もある。というか、そもそも、女の子といえど、友達が家に来るだけなのだ。心配する俺の方がおかしい。


 そんなわけで決意を固め、俺達はファミレスを出た。


 織花に何が食べたいか聞いてみると「タルタルソースたっぷりのエビフライがいいねえ」なんて言われたので、姉さんと秋菜に『晩ごはんはエビフライです。今から織花連れて帰ります』とグループメッセージを飛ばし、スーパーで買い出しして、家に向かって歩いていた。


「いやぁ、楽しみだなぁ。学校で人気者の鈴本姉妹とお食事なんてさ」

「楽しみって、何がスか」


 いやらしい笑みを浮かべる織花に、俺はなんだか少し、いろいろ思い出して疲れてしまった。織花はいたずら好きだから、何かにつけてからかわれる。

 今までもそうだったんだ。なんだか、途端に不安が襲ってきたぞ……。


「織花……。頼むから、おとなしくしてくれよ。今、姉さんと秋菜は難しい年頃なんだから」

「それ、同年代の夏樹が言うのおかしいだろ」


 ひっひっひ、と笑う織花。まあ、言い方がおかしかったのは認めるけどさ。


「まあ心配すんなって。ボクだって、むやみやたらに風船をつつくつもりはないんだから」


 あんまり失礼な事言うと、ボクが膨らむぞ、とわざとらしく頬を膨らませて見せる。いやいや、俺はお前からされたいたずらの数々、忘れてないからな。


「俺、まだお前から借りた映画のDVDの中身がAVだった事、謝ってもらってないんだけど」


 あれはホント、大変だった。再生した瞬間、爆音でトップメニューが開かれてバレたしね。家に玲二さんしか居ないときでよかった。玲二さんには


『夏樹……君が思春期の男だって事もわかってるし、僕にも覚えがないとは言わない。けど、ウチには女の子が二人もいるんだ。そういう物の扱いは、慎重にしないと駄目だよ』


 と、めちゃくちゃ優しく怒られてしまい、本当に泣きたくなった。怒鳴られるより、こっちの方が心に沁みる。全然信じてくれなかったし。友達から映画を借りたはずが、なぜかAVになってたってとこも。


 ……今思い返せば、誤魔化しとしてはよくある手だもんなぁ。そりゃ信じてくれんわ。


「いいじゃんかよぉ。ボクだって、ちょいと驚いたんだぜ? レンタルビデオ屋で借りた映画の中身がAVだったんだ。店員が間違えたんじゃないかなって、すぐ返しに行こうとしたんだが――その前に、いたずらしておこうかなって」

「そのワンクッションがおかしいってんだよ! いいから謝れ! 今日AVとか持ってきてねえだろうな!」

「はいはい、ごめんごめん。持ってきてるわけないだろ? ボクだって、男の子と二人っきりでAV見るほど不埒でもアバズレでもないつもりだよ」


 それもそうか……。

 男にAV貸すのが不埒じゃないのか、というつっこみは置いといて。


 そもそも、外で女の子とAV、AVと連呼している時点で、相当不埒だと思うが。


 ……周囲に人目もないし、なかったことにしよう。

 はしたない事など何もしていない。


 俺はさっきまでの話を忘れ(恨みは忘れないけど)、織花と共に家の前にやってきた。


「さーて、さて楽しみ、楽しみっと」


 ごきげんそうな織花を見ていると、ほんっと不安が煽られるからなんとかしてほしい。


 荷物を片手にまとめてから、ポケットの鍵を取り出して、扉を開いた。


「……ただいまぁー」


 中を覗いてみると、人の気配がない。……靴はあるから、二階の自室にいるのかな。


「おじゃましまぁーす」


 俺の後ろから、家に入り込み、靴を脱いで階段を上がっていこうとする織花。まあ、いいんだけど。先に俺の部屋行っててもらって、俺は晩飯に使う物は冷蔵庫に放り込んで、映画見ながら食べたり飲んだりする為のジュースとお菓子を持って、自室へと向かった。


 ちょっと派手めに足音を立てて歩いてみたが……マジで出てこないな、姉さんと秋菜。織花と出くわさなきゃ、面倒もないわけで。それはそれで助かる。


 自室に入ると、すでに織花は靴下まで脱ぎ、というか、なぜか寝間着(淡いオレンジのダボダボTシャツ一枚)にまでなって、映画のソフトをしまっている本棚を見ていた。。


「お前、くつろぎモード入るの早えな相変わらず。俺が着替えてる最中に入ってきたらどうすんだよ」

「気にしない、気にしない。下着ってのは見られる為におしゃれするんだ。下着見られるくらいなら、かまやしないよ」


 なんなら見るかい、と、織花持ってきたリュックを指差す。こいつは絶対おかしい。俺はあんまり女の子と関わりないけど、それだけはわかった。


「すげえ魅力的な申し出だけど、それやっちゃったら友達じゃなくなりそうだから遠慮しとく」

「まったく賢いね、夏樹は」


 くすくすと笑い「何を見ようかなぁ」とソフトを吟味している織花の隣に立ち、俺は一本の映画を出した。


「ん? 『西風に撃て』って――これ、西部劇か」

「そう。古い映画だけど、この間見てみて、面白かったんだよ」

「好きだねえ、こういう男臭い映画」

「男だからな。かっこよかったんだよ、主役のガンマンが自らの正義を貫き通すその生き様。惚れ惚れするぜー」

「それ以上は見てから決める。ボクは映画の前評判はできるだけ聞きたくないタチなの、知ってるだろ?」


 そう言えばそうだった。

 ぐだぐだ言う前に、映画ってのはとにかく観るもんだ。


 俺はDVDを取り出し、デッキに入れた。


 二人でテーブルに座り、お菓子をつまみながら、並んで観る。


 家映画のいいところ、それは、くっちゃべりながら観てもいいことだ。一人で観るのとも、劇場で観るのとも、また訳が違う。


「へえ、これが主役?」

「あぁ」

「結構イケメンだね、好みかも」

「お前、結構そういうとこうるさいね」

「当たり前だろ? わざわざ金払ってんだ。どうせ観るなら、顔がいい方が決まってる」

「わからんでもないけど」

「ふーん。こっちがヒロインか。村娘、ってな役回り?」

「そう。可愛くない?」

「美人だけど、村娘って感じじゃないな。都会美人、って感じ。こういうとこは映画の難儀だね。村娘にしちゃあ、垢抜けてる」


 はあ、そういう見方があるのか。

 確かに、村娘って感じではないな、この人。


「村を襲うアウトローに対抗する、ってのが、あらすじかありがちといえばありがちだ」

「あぁ。でも、ありがちがつまらねえ、ってわけじゃないだろ」

「おっしゃる通り。膝借りるぞー」


 そう言って、織花は俺の膝に頭を乗せる。

 あくびをしながら画面を観ているが、これはあんまり映画に乗り切れてない時によくやる行為である。


 マジかぁ、面白いって言うとおもったんだけどな。


 けど、こっから体を起こしてのめり込むパターンもあるからな。もう少し、織花がハマるのを待ってみるか――。


 俺がそんなことを考えていた時である。


 ギシッと、廊下の外から音がしたのだ。だから無意識にちらりと、ドアを見た。


 ドアが少し、開いていた。

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