第12話『趣味の話』

 なんだか、その後の姉さんはちょっと不機嫌というか、上の空というか、そっけないというか。様子が変になってしまった。


 一体何がどうしたというのかはわからないが、その日のデートはとりあえず何事もなく終える事ができた。


 ……帰ってきてしばらくしたら、秋菜の様子も変になっちゃったのは、やっぱり女の子連れ込むというのに、あんまり姉妹が賛成していないのかもしれない。


 しかし、織花は俺の数少ない友人なので、そこはわかってもらうしかない。もしくは、明日三人には仲良くなってもらおう。なんて、こんな事考える俺は少し楽観的ですかね。


 まあ、織花は俺と違って、人見知りしない方だから、心配いらないだろう。


 気まずい姉妹との一夜を終えて、俺は翌朝、ちょっと早起きして、味噌汁と前日の残りである肉入りきんぴらをご飯と一緒に平らげるという軽い朝飯をとって、織花との待ち合わせ場所へ向かった。


 どうせ映画見た後に、昼飯を一緒に食うし。俺は映画館で食べるホットドッグが結構好きだから、腹の容量は残しとかないと。


 姉妹が起きてくると、また面倒なことになりそうだ。

 さっさと家を出よう。早めについても、喫茶店入って暇潰せばいいだろ。


 そんなわけで、休日の朝。

 朝っぱらから出かけると、なんだか体がシャキッとするような気がする。平日に登校している時より、道が静かだしね。


 ――俺と織花がお互い贔屓にしている映画館は、鈴本家から二〇分ほど、電車で一駅。隣町の、銀幕通りという映画館である。


 映画館、というか、商店街の中に映画館があるみたいな感じで、いろいろなイベントがやってたり、たまーに映画やドラマの撮影で使われたりしているスポットだ。


 その銀幕通りの前にある広場は、露店がいくつか出ていて、映画館の中で飯を買うには高いので、その露店で買ってから映画館の中に入るのが、俺と織花の間では推奨されている。


 金の無い高校生なので、そういう節約テクにはちょいとうるさい。


 スマホをいじり、次見る映画を考えながら待っていたら、約束の時間を五分過ぎた辺りで、俺の目の前に織花が立った。


「よぉ、遅かったな」

「おめかしに時間がかかってね」


 そうは言うが、やつの格好は赤いチェックのパーカーに白いタンクトップとスキニージーンズと黒いコンバースのスニーカーという、いつも通り動きやすさ最重視の格好で、俺は織花がこの格好をしているのをすでに何度も見たことがあった。


 その背中には黒いシンプルなリュックがかかっている。泊まりだからな。着替えとか、映画ソフトとか、入ってんだろう。


「映画の時間まで余裕あるからいいんだけどさ。……あ、これ、チケット代」


 財布から二千円を引き抜いて、織花に渡す。


「あいよ。二百円バックね」

「いいよ。手間賃ってことで。飲み物代の足しにでもしてくれ」

「マジ? てんきゅぅー」


 織花は笑顔を見せながら、赤ワインみたいな色した財布に札をしまった。


「なんか久しぶりな感じがするな。夏樹とこうして映画行くの」


 二人で近くの露店を眺めながら歩いていると、織花が突然そんな事を言いだした。


「毎週の様に行ってたからなぁ。先週、先々週とちょい俺が忙しくて行けなかったからな」


 引っ越しとか、休む前にたくさん働かなきゃってことで、バイトを入れまくったから、あんまり織花と遊んでなかった。まあ、久々だからって、なにかを思うような間柄でもないが。


「今日は寝かさないぜ夏樹ぃ。ボクはお前に感想を聞きたい映画が溜まってんだ」

「明日休みだからいいけどさ。俺もお前に見てもらいたい映画あるんだよ」


 俺たち二人は見つめ合い、にっ、と歯を見せて、子供みたいに笑った。互いに面白いと思った映画を見せあい、感想を言いあうのが、俺達の楽しみである。


 露店で互いに軽食と飲み物を買い、チケットを発券機で受け取り、劇場の中に入った。


 今更、織花と席を打ち合わせるまでもない。あいつが、というか、俺もだが、映画館でいつも座る席は、真ん中辺り。


 しかもこの映画館には『プレミアムシート』という物がある。劇場の真ん中に、席の間隔が広くて、座り心地のいい、ソファーかこれと言わんばかりのシートがある。


 織花と俺はここの会員なので、このシートが少し安く取れる。映画観る環境に妥協しちゃ駄目よ、とは、俺達の合言葉である。お財布と相談するのが第一条件ではあるが。


 俺たちはそんなシートで、ゆっくりと映画を見た。


『ブラッドベリサーカス』


 それは、簡単に言うと、身を焦がすような愛を持ってしても、生まれ持った性を変えられない男の話だ。


 男は世を騒がせたピエロの格好をした殺人鬼であり、愛する人を見つけて殺人をやめるも、体に染み付いた衝動はそう簡単に抜ける物ではなく、我慢を続けていくが、日に日に異常が起きていく。


 夢の中で子供に戻った彼は、サーカスを見ていた。


 そこは残虐ショー。火の輪を潜るライオンの代わりに裸の人間が飛び、アクロバットではなく、拷問が行われる。


 普通には戻れないのか、主人公はそう苦悩する。しかし起きた時、妻の笑顔を見て、踏みとどまる事を決意する。


 そんな彼の思いとは裏腹に、夢の中だけだと思った異常は、現実にも及び始める。鏡を覗けば、自分の顔がもう何年もしていないピエロのメイクになっていたり、常に耳元で楽しげな音楽が鳴っていたり。


 彼は目に見えて憔悴していき、周囲から心配されるが、それも逆効果だった。愛しく、温かいからこそ、壊してみたくなる。壊したらどうなるのだろう、そう考えてしまう。


 そして、ついに彼は、またピエロに戻ってしまった。


 同僚を殺し、妻を殺し、死刑台に送られた彼は言った。


『やっと舞台から降りられるよ』



 そこで画面が暗転し、スタッフロールが流れ、劇場内に明かりが戻った。


「「ふぅー……」」


 俺と織花は同時にため息を吐いて、顔を見合わせる。良いものを観るのは、体力がいるので、ちょっと疲れたのだ。


 周囲の観客達が半分くらい出ていった辺りで立ち上がり、黙って劇場を出て、その足で向かったのは、近くのファミレスである。


 ウエイトレスさんに席へと通された俺達は、互いにコーヒーを頼み、そして、同時に口を開いた。


「「面白かったな!」」


 言葉を合わせた俺達は、次の瞬間には握手していた。

 さすが織花である。わかってるぅー!


 ちなみに、劇場を出てすぐ感想を言い出さなかったのは、これから観るであろう人が近くに居た時、ネタバレになっちゃまずいからである。これは映画好きのマナーだ。


「織花はどの辺りがよかったんだ?」

「ボクは、異変が現実に侵食してきた辺りかな。主人公の胸に虫が湧いたろ? あれを見つめる役者の表情がよかった」

「わかる。あそこ丁寧だったよなぁ。二度あったよな、あれ。一度目はびっくりしてたけど、二度目はなんか、懐かしい物を見るような感じでさ」

「あれが彼の衝動だったのかもね。虫っていう嫌悪感の象徴から、彼が自分の衝動を快く思ってないのがわかったよ」

「ああいう描写の積み重ねなんだよなぁ……。おかげで、人殺しまくったお前が悪いんじゃんって序盤思ってたのに、最後はなんか悲しくなった」

「そうなんだよなぁ。やっぱあの監督の作品はいいよ」


 うんうん、と頷く俺達。

 やはり、趣味の合う者同士、こうして語り合うと、なんだか心がつやつやしてくる気がするな。


 ウエイトレスさんが持ってきてくれたコーヒーで唇を濡らしていると、織花は伸びをしながら


「んでっ……これからどうするぅ……?」


 体を反らしているせいか、苦しそうな声でそう言った。


「いろいろ買い出しして、ウチで昼飯にしようぜ。そっちのが安上がりだし」

「おーっ、夏樹の料理久しぶりだなぁ」


 今日は俺が晩飯当番だし、ついでに晩飯の買い出しもしてしまおう。


 楽しみだなぁ――って、織花と映画見て、感想会するの好きだから素直に言いたいんだが。


 昨日の姉さんのリアクションから、なんか嫌な予感するんだよな……。


 だ、大丈夫だよな? 織花、連れて帰っても。

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