第9話『自分の話』
「明日は私と出かけましょう」
さばの味噌煮というのは、なぜこうもおふくろの味感があるんだろうな。俺、実母のさばの味噌煮なんて記憶にないぞ、なんて考えながら、鈴本姉妹と俺の三人で夜のリビングにて晩ごはんを食べていたら、いきなり姉さんが口元にご飯粒をつけながらそう言った。
俺は、口元を指差して「ついてるよ」と言って、姉さんがご飯粒を取ったのを見届けてから「別にいいけど」と返事をした。
なにせおとといのバイトも、おやっさんに言って入れてもらったもんだし(おやっさんは引っ越して生活が落ち着くまで休めと言ってくれたが、抗議してシフトを減らすに落ち着いたのだ)。
「うわぁー……。翌日また別の女とデートするんだ……」
姉さんの隣に座っていた秋菜が、俺に道端の軍手を見るような視線を向けてきた。その別の女って、キミの姉だからね?
「いいじゃない、今日はアキちゃんに譲ったんだもの」
「別に止めてないけど……」
「三人で出かけるんじゃ駄目なの?」
言ってみると、二人同時に「それはそれ」と返されて、俺には一体なにがそれなのかわからなかった。
姉さんと秋菜の会話を見ているの好きだから、三人で出かけるのいいと思うんだけどな。
「なんか用事でもあるの?」
「用事がないと、ナツくんと出かけられないの?」
ちょっとシュンとした顔で見てくる姉さん。
なんだそのめんどくさい彼女みたいな言い方は(いたことないけど!)。
「いや、別にそんなんじゃないけど」
「じゃあ、いいじゃない。明日、私はちょっと美術部に顔だけ出さないといけないから、美術室に迎えに来てもらえる?」
「あぁ、わかったよ」
「ホントは言わなくても迎えに行くんだよ」
今日迎えに行かず、織花と話し込んでた事をまだ根に持ってるのか秋菜。
俺は「次回の参考にするよ」と言って、晩ごはんを食べるのに戻った。
「早く帰ってくるんだよ! 一人で食事なんてやだからね!」
「そんな薄情なことしないって」
苦笑して俺が言うと、姉さんはサッと俺から目をそらした。
おいおい……する気だったんかい。
■
「秋菜ちゃんがダメなら、春華さんを紹介してほしい」
翌日、投稿してすぐ、机に座ってスマホで映画感想ブログを眺めていたら、目の前に立った松永が真剣な表情でそう言ってきた。
こいつ、バカなんだろうか。
妹がダメなら姉、という発想がもうバカすぎるし、妹がダメなら姉もダメだろ。
「昨日と同じ理由でダメ」
「ダメかぁー。貴様、シスコンだな?」
……まあ、それでもいいけど。
松永も「あんだけキレイな姉妹なら仕方ないけどなぁー」と朗らかに笑って納得しているし。
「んじゃあよお、今日、遊び行かね?」
……は?
「俺と?」
「お前と」
「お前が?」
「俺と!」
なんでだ。
俺達、今までろくに話したこともないだろ。
「言っとくけどな、松永。俺がお前とどれだけ仲良くなっても、お前を『恋人にどうですか』って姉さんと秋菜に紹介することはないからな」
「ばっきゃろー。俺はあっさり塩味松永くんで通ってんだよ」
知らねえよ。どういう意味だよ。
「しつこくない、って意味だ。俺は一度断られたら、二度とその話はしないタイプなの」
「んじゃあ、なんで俺と遊び行くんだよ」
「だってよぉー、女目当てで声かけて、それが断られたからってはいさようならじゃあ俺って最低に見えない?」
「別に気にしないけど……」
中学のときは結構そういうのあったしな。
俺が無視されるのは慣れっこだ。
「俺が気にすんだよ。それに、お前結構面白そうだし、せっかく同じクラスなんだ。友達になってもいいじゃん」
「まあ、それなら別にいいけど……」
「おっ、そうかぁ! んじゃ、連絡先、交換しようぜ」
俺達は互いにケータイを取り出し、連絡先を交換する。
「よっし。んじゃ、今日遊びに――」
「あ、いや、今日遊びに行くのはダメなんだ」
「へえ? なに、バイトとか?」
「いや、バイトじゃない。姉さんと出かける約束がある」
「……」
うわぁ、すごい表情。
例えて言うなら「あんな女興味ねえよ」と言っていた女子と付き合いだした男友達を見るような、腑に落ちない感じの表情だ。
「いや、お前さぁ……。この話の流れで、マジか」
「しょーがないだろ。昨日から約束してたんだし」
「男を優先しなさいよそこは! あたしたちの長年の友情、その始まりの一日じゃない!」
ちょっと高い声で、カマっぽい喋り方をする松永。男を優先しろ、という話でなぜオカマっぽくするんだ。
「いや、普通に先約を優先するわ」
「お前、この流れで春華さんと遊びに行くって……。家族ならいつでも行けるし、っつーか、その年で姉と出かけるって!」
「そう言われてもなぁ」
だって、血が繋がってないから、あんまそういう感じの意識ないし。
家族だからいつでもいける、というのも、この間までちょっと洒落にならない気まずさがあったから、そうも言ってられない。
「とにかく、先約があるんだ。今日はダメ」
「なんだよぉー。んじゃ、また今度。空いてる日に声掛けなり連絡なりしてくれ。待ってるぜー」
と、松永は他の友達の所へ去っていった。
なんだか悪いやつではなさそうだ。それだけわかれば、とりあえず今日はいいだろう。
「夏樹が男の友達を作ったようで、あたしゃ嬉しいよ」
どこにいたのか、織花が目の前の自分の席に座って、涙を拭くような動作をする。泣いてないだろお前。泣かれる理由もないわ。
「中学の時から、どうにも人付き合いがよくないからね夏樹は」
「えぇ? そうか?」
「そうだろ。ボク以外に友達っているか? 中学の時から今まで連絡を取ってるやつは?」
そんくらい、居るだろ。
思い返してみる。だって、別に中学の時から友達がいないとか、放課後遊びに行ってないとか、そんなんじゃないし――。
「あ、あれ?」
しかし、高校に上がってから連絡を取った友達が、織花以外に一人もいない。
今まで織花と一緒に映画見まくっていたし、アパートに越してからお隣さんとも楽しくやっていたから、孤独感というものがなかったから気づかなかったが。
さては俺、友達いねえな!?
「やっと気づいたか。お前に友達が少ないということに」
ボクにさえ女子の友達がいるというのに、などと肩を竦める織花。
なんでそんなひどい現実を突きつけてくるんだよ。
「心配してるんだよ、ボクはさ」
「はあ? 俺をか?」
頷く織花。
「中学の時からそうだろ、お前。姉妹のことを優先しすぎなんだよ。心当たりあるはずだぜ。姉妹紹介してくれってせがまれたやつ全部断ったりしたから、結構男子からは文句言われてたし。姉妹のインパクトに押されて、ないがしろにされてること、お前結構あるだろ」
松永はいいやつだと思うぜ、と、織花は言って、俺の肩を叩く。
……まあ、織花の言うことは心当たりが確かにある。
姉妹が人気者なので、ダシに使われそうなことは結構あった。
でも別に、それは全部断ってたし、不満はない。織花もいるし、友達も多くはないが気の許せる人がいるし。
「いいんだよ。俺ぁ織花がいるから」
そう言うと、織花が小さく笑って。
「それなら、友達甲斐があらぁな」
そう。俺にはこの日常があればそれでいいのだ。
姉さん、秋菜と仲良くできている今なら、最高だ。別にこれ以上何もいらないし、変化する必要などない。
「でも、ボクはそれでも思うよ。もう少し、お前には自分を鑑みてほしいってさ」
織花はそう言って、前を向いて、どうせ使いもしない教科書を机に出していた。授業を受ける気はあるんです、というアピールにしか使っていないのだから、出さなくていいと思うんだけど。
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