第8話『好物の話』
そんな、改めて考えるとちょっとこっ恥ずかしいやり取りを終え、学校を出る。
向かうのは、雉蔵酒店がある商店街だ。あそこにはスーパーがあるし、他の店もいろいろある。
ちょっと寄り道したい、なんて言っていたが、どうせ、寄る場所なんてあそこしかない。
たいやき屋『ぴんぽんぱん』
ここらでたい焼きを出す店はここしかない。正統派から変わり種のメニューまで、その種類は豊富だ。
商店街の一画で、窓際に置かれたたい焼き機で、一心不乱にたい焼きを焼いているおじいさんがいて、ほんと、四六時中焼いているのだ。お客さんがいなくても。
……無駄になってないのかな、って、常に思うが。
長年潰れてないんだから、多分大丈夫なんだろう。
「秋菜、食べるのはいいけど、晩ごはん食べられるのか?」
「大丈夫。晩ごはん、あっさりめにするから」
晩ごはんより間食の方が大事なの?
俺は、店主のおじいさんに「カスタードクリームとチーズクリームたい焼きください」と頼む。
痩せこけた、白いタンクトップを着たおじいさんは、ゆっくりと頷いて、たい焼きを温め直してくれる。
「はいよ」
紙に包まれた二つのたい焼きをもらい、三百円払い、秋菜の元に戻る。
店の前に『食べてない人座るのお断り』とペンキで書かれているベンチがあって、そこに座って秋菜は待っていた。
「あ、お兄ちゃん、これ」
と、店の横に置かれていた自販機から買ったのだろう、缶コーヒーを俺に放り投げて渡してくれる。
交換で、俺もたい焼きを放り投げ、秋菜の隣に座った。
「飲み物代、いくらだ?」
「いいよ別に。たい焼き代おごってくれたお礼」
ほぼトントンじゃないか?
……まあいいや。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
俺達は二人揃ってたい焼きの頭をかじる。
じわりと甘みが広がってきて、美味しい。美味しい、んだけど、間違えた。
「お兄ちゃんっ! こっちチーズクリームじゃん!」
「悪い、間違えた」
かじったたい焼きを交換して、改めてかじった。
甘いのがそんなに得意じゃないから、チーズクリームにしたが、これ結構うまいな。
がっつり目だけど、俺は結構食べる方だし、これくらいなら晩ごはんは全然入る。
「でも、結構チーズクリームも美味しいね。今度はチーズクリームにしようかな」
「そう言いながら、結局次もカスタードだろ?」
「お兄ちゃんが買ってきてくれたらいいんだよ、二つ」
おごれってか。
別にたい焼きくらいいいけど。
「はぁー……」
秋菜は、一口レモンティーを飲んで、何か風呂にでも入ったようなため息を吐いた。
「ため息をつくと幸せ逃げるぞ」
「そんな薄い幸せならいらない」
なんでそんなちょっとかっこいい事言うんだよ。笑いそうになっちゃうだろ。
「いや、そういえば、言わなきゃいけないこと、一個あったなって」
尻を浮かせて、俺に向き直って、秋菜は俺に頭を下げた。
一体なんだ、と驚いて、俺も秋菜に胸を向けた。
「今まで、お兄ちゃんのこと避けててごめんなさい」
……自覚あったのか。
年齢的なもんだと思っていたが、そうじゃないのかな。
「いいって別に。どんだけ避けられて嫌われても、俺にはあんまり関係ないから」
「か、関係ないって?」
予想外の反応だったのだろうか。
秋菜は、目を丸くして、俺の目を覗き込んでいた。
「鈴本家の子供で、唯一の男だからな。嫌われようが避けられようが、俺は二人を守る義務があるんだよ」
鈴本家にもらわれたその理由は、きっと姉さんと秋菜を守る為だ。
家を出たのも、二人に俺がいらないと言われている様な気がしたから。それなら、俺は二人から離れるだけだ。
「頼もしいお兄ちゃんだね」
「あったりまえだろ。玲二さん、美香さんの恩義に応える為、秋菜と姉さんが好きな男を作るまで、俺が守らなくっちゃな」
それが俺の、当面の生きる意味だ。
「好きな男、ね……」
秋菜はそう呟くと、残っていたたい焼きを頬張り、何故か俺のたい焼きにまでかぶりついた。
「うおぉッ!? なんでだ!」
「ふんっ! お兄ちゃんのそういうとこだけは、本気で嫌い!」
えぇ……。
どういうところだ? ちょっとセリフくさすぎたか?
「嫌いでもいいって。ほら、ゴミ貸して。捨ててくるから」
「ありがと!」
不機嫌そうなお礼を言いながら、飲みきった小さいペットボトルと紙ゴミを俺に渡す秋菜。
ベンチから立って、ぴんぽんぱんの横にあるゴミ箱にゴミを放って、秋菜の元に戻る。
うーん……。秋菜に恋愛話ってタブーなのかな?
そういえば、松永は「鈴本姉妹は浮いた話がない」みたいなこと言ってたけど、本当なのかな?
誰にも秘密の恋だとすると、非常にやばい相手との恋愛なんじゃないかって心配が。
「秋菜って、彼氏いないのか?」
「はぁ?」
ロシアの吹雪みたいに冷たい視線が飛んできた。
体感したことがないので、もっと冷たいのかもしれないが、俺が浴びてきた視線の中で一番冷たいのは間違いない。
「いやぁ、高校生だろ? そろそろ、彼氏だの好きな人だの、一人くらいいないのか?」
秋菜が舌打ちをしたので、俺は「なんてデリケートなんだ。モテない男子高校生かよ」と思ってしまった。
「いーなーいっ! もうその話やめてよ。いろんな人から言われて、うんざりしてるの。お姉ちゃんもだと思うよ」
ほお、そうなのか。
でも確かに、俺から見ても、みんな鈴本姉妹の動向を気にしてるもんな。友達からも聞かれたりしているんだろう。
「わかったよ。でも、好きな男ができたら、ちゃんと俺に言うんだぞ?」
どんな相手だろうと、できるだけ応援するし、協力するからさ。
「……大丈夫。まず最初に、お兄ちゃんに言うから」
「そか」
俺もある程度信用されてるみたいで、ちょっと安心した。
安心したら、腹が減ってきた。たい焼き程度で高校生の空腹は抑えられないからな。
「ところで、秋菜。今日の晩ごはんなに?」
「結構大事な話してたんだけど。……まあいいや、今日は何がいい?」
「さばの味噌煮とかがいいな」
時間かかるなぁ、と、めんどくさそうに頭を掻く秋菜。
え、作れるんだ、と感心した俺には気づいていない様子だった。
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