第2話『妹の話』
勝手に綺麗にされた部屋を見ながら、やることがなくなってしまった事を嘆く俺。心底から働き者だからね、などと、一人冗談を呟いた。
しかし……マジでやる事がなくなっちゃった。
さすがに本棚の並びとかは直したい部分もあるが、正直それをやる気分でもなくなった。この為にバイトを休ませてもらったのに、なんだか申し訳ない気分になるが、まあたまにはいいだろう。
「姉さんって、あんなキャラだったっけ……?」
俺は、布団に寝っ転がって、天井を眺めながらぼんやりとする。
女性の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、照れくさくなって体を起こした。こういうのは勘弁してくれ……。
戸籍上家族とは言っても、血縁じゃないんだから、こういうことをされると意識してしまう。
「やっぱ帰ってくるんじゃなかったかな……」
夜だけ帰ってきて、二人が寝るくらいになったら帰ってくるとか。……いや、でも事件ってそういう時間に起こるんだもんな。どっちにしても、帰ってくるしかなかったんだろう。
こういう時ほど体を動かしたいんだが、今日はバイトも休んでるし、暇だ。しかし、一応帰ってきた当日。暇だからって友達と遊びに行く、ってのも感じ悪いしなぁ。
というより、せっかくだし、仲直りしなよと玲二さんに言われてるし。俺が仲直りの為に動かなくてはならない。
姉さんはそんなに心配いらなさそうな感じだが。あれは姉さんなりに、歩み寄ってくれてるんだろう。
それならこっちからも歩み寄らなくては。
俺は立ち上がって部屋を出る。ちょうど時間も昼飯時だし、なんか飯でも作ろう。
台所で食材を確認し、まあ簡単にチャーハンとスープでいいか、と献立を決め、二階に戻り、姉さんの部屋をノックした。
「姉さーん……」
さっきのことがあるし、前からこうだったので、遠慮がちに部屋の中にいるだろう姉さんを呼ぶ。
「俺、今からお昼作るけど、姉さんと、それから秋菜は食べた?」
ドアが開いて、姉さんが顔を覗かせる。
あれえ? 俺が家を出る前は、返事をしにわざわざ顔を出すなんて珍しかったのにな。普通に出てきちゃったよ。
昔とは、ホントにずいぶん違ってるなぁ。
「お昼を作る必要はないわよ」
「へっ? もう作ったとか」
「そうじゃなくって――」
姉さんが何か言おうとした、その瞬間だった。
階段の下から鍵が開くがちゃん、という音が聞こえて、俺は後ろの階段を見た。
「秋菜、帰ってきたみたい。顔見せてあげたら、ナツくん」
「へ?」
姉さんからそう言われて、俺は思わず渋い顔をしてしまった。
「そんな顔しちゃ、秋菜が可哀想でしょ」
「ん、ああ……まあ、ごめん……」
正直、姉さんは家を出る前「そっけない」で済んでいたのだが、秋菜に関して言えば、完全に「反抗期」だったのだ。
俺が話しかけると「うっさい!」だし、なにか頼むと「イヤッ!」だし、俺が「忘れ物だぞー」と、出かける秋菜に財布を渡そうとすると「そんなのいちいち言わなくていいし!」だしで、言葉を選ばずに言うと、すげえめんどくさかったのである。
別に秋菜が嫌いというわけではないし、俺は普通に家族として好きだが、さすがに反抗期相手に積極的なコミュニケーションを取れるほど、広い心をしてはいない。
だから、秋菜に対しては向こうが謝ってくるのが筋なんじゃないのか、と思いつつも、俺は一応お兄ちゃんである(ここ数年そんな呼ばれ方したことないけど。最近は名前で呼び捨てだった)。
仕方がないので、俺は姉さんに「行ってくる」と伝え、階段を降りていく。家族というのは一つ屋根の下に暮らしているし、ずっと喧嘩しっぱなしでは疲れてしまう。だから、どっちかが折れてでも仲直りしなくっちゃな。
「ただいまぁー。お姉ちゃーん、重たいの一杯あるから手伝ってよー」
玄関の縁に座りながら、靴を脱いでいる秋菜。傍らにはスーパーで買い物してきたのか、ネギがはみ出したビニールが置いてあった。
トレードマークのサイドアップが、靴を脱ぐ動作で揺れている。赤いチェックのシャツとホットパンツという、露出の多い格好をしていて、動きやすさ重視の秋菜らしい、と思った。
「手伝おうか」
「うん、ありがとー」
俺の言葉に振り返って、顔を見ると、なぜかそのまま秋菜は固まってしまった。
すげえ久しぶりに秋菜の「ありがとう」って聞いたな。姉さんに言ったつもりっぽいから、今回はノーカンにしとくけど。
「なっ、ななななっ! なんで夏樹がいるの!? だって、予定ではあと一時間くらい後じゃん!」
「そのはずだったんだけど、予定がなくなってさ」
バイト先でシフトの確認兼、ちょっと店長とお昼を食べる予定だったのだが、店長に急用ができたため、早くついてしまったのだ。
「んなわけで、久しぶりだな、秋菜。まあ学校でちらっと見てはいたけどさ」
こうして話すのは久しぶり、という意味だったのだが、秋菜はなぜか、口をパクパクとさせて、顔を赤くしていた。まさに金魚、という感じ。
秋菜はすぐに顔を俺から背け、肩で息をするみたいに上下に揺らして、なにかブツブツ言っている。
何を言ってるのか気になったので、耳を近づけて聞き取ろうとしたら、顔を向き直してきたので、俺は驚いて一歩退いてしまった。
「おっ、おかえりなさいっ、お兄ちゃん」
「……あ?」
一瞬、何を言われたのかわからず、ガラの悪い返しになってしまったが、その直後「お兄ちゃん」という言葉の意味に気づいて、
「え、お兄ちゃんって俺?」
そう言って首を傾げてしまった。
「他に誰がいるの! 秋菜のお兄ちゃんでしょ! 夏樹は! 自分で言ったんじゃん!」
言った、というのはよくわからないが、まあ、確かに俺がお兄ちゃんである。
「いや、なんかすげえ久しぶりに呼ばれたから、びっくりが勝っちゃって……」
あはは、なんて、乾いた笑いをする俺。
秋菜がそれに対し、何かを言おうとした瞬間、背後から「ナツくん、私が久々にナツくんって呼んだ時は反応しなかったクセに、お兄ちゃんだと反応するのね」なんて、姉さんの声が聞こえてきた。
「うおっ! 急に背後に立たないでよ姉さん……」
振り向くと、非常に冷ややかな目線で、俺は一歩たじろいだ。先程の秋菜の分と合わせてプラマイゼロなので、結局元の位置に戻った。
「いや、あれはいろいろ驚きがあって、呼ばれた時にはもう驚きなれたっていうか」
「驚き?」
なんで新鮮に聞き返せるんだよ。
「姉さんが俺の布団に包まって寝てるとは思わなかったもんで。そりゃ、驚くでしょ」
姉さんと秋菜、俺にそっけなかったわけだし。
そんな相手が布団に包まってると思うわけ無いだろう。
俺がため息混じりに、姉さんへ皮肉を言っていたら、後ろで「はぁ!?」と、秋菜が大きな声を出したので、また驚いてしまった。
やめてちょっと。俺、けっこうビビリなんだから。
「お姉ちゃん! それが目的で部屋の片付けしとくなんて言い出したんでしょ!」
「違うわアキちゃん、誤解よ。よくあるじゃない、部屋の片付けをしていたらちょっとウトウトして、目の前に気持ちの良さそうな布団があったら包まる。全然不自然じゃないわ」
「なんか余計な事言ってないでしょうね!」
「私がアキちゃんの不利になるような事を言うわけ無いわ。ただ、これからアキちゃんがご飯作るって、お昼を作ろうとしたハルくんに言っただけ」
研ぎたてのナイフを思わせるような鋭い視線で、俺を睨む秋菜。姉さんの話が間違ってないか、を訊いているんだろう。俺は頷いた。
「ならいいけど……」
半信半疑、といった様子の秋菜。そんな秋菜を見て、いま姉さんが言った言葉がひっかかった。
「えっ、っていうか、秋菜が料理するのか?」
「なに、悪い?」
不機嫌そうに唇を尖らせる秋菜。
悪かないけど、というか、
「料理、できるのか?」
俺、秋菜が料理してるとこなんて見たことないんだけど。
「できるって! なつ――お兄ちゃんが驚くようなやつ!」
なんだかお兄ちゃんって呼ばれすぎて、頭が混乱してきた。中学卒業直前くらいから呼ばれてないので、二年近く呼ばれてないのに、こんな急に呼ばれまくると、なんだか酔いそう。
「驚くような、って……」
その言い方は非常に不安だ。
料理にほしいのは驚きより安心感だぞ。
「ハルくん大丈夫。私も、アキちゃんの料理は味見してるから」
姉さんが俺の肩に手を置いて、微笑む。
……うーん、いや、いいんだけど。俺たちって、そんなに仲良かったっけ?
姉さんと秋菜は、そりゃずっといいけども。
結局、なんだか不気味な物を感じながら、秋菜が作ったハンバーグを食べた。味は確かに美味しいし、二人からもなんだか、歩み寄らなきゃ感が伝わってきたので、何かを企んでいる感じではないのだが、もう少し苦労して距離を縮めていく物だと思っていたので、拍子抜けだった。
……なんだろ、この必死さ?
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