5.真価が問われる日

 

 結局千尋との距離感はまったく変わらないまま、とうとうテスト週間に突入した。

 俺はその一日目から、呆然とする羽目になる。


(なんだよこれ……)


 あの怪しげなメールを見たときに思ったことを、また思った。

 あいつが俺に送ってきた出題範囲は、どの教科も見事に当たっていたんだ。

 そりゃあもう細部までしっかりと。

 そこだけ勉強してきた俺が、全問スラスラと解けるほどに。


(ここまでって、むしろドン引きなんだが……)


 難問が次々解けたら気持ちいいだろうなんて想像してたけど、そういう問題じゃなかった。

 いい点数をとれそうでラッキーとか、ヤマが当たってラッキーとか、そんなふうに喜ぶこともできない。

 得も言われぬ罪悪感が、心のなかにわだかまっていた。


「――しば? 羽柴!」


 近距離から何度か呼ばれ、俺は我に返る。


「机後ろにさげるから、どけよ。どうした?」


 放課後の教室では、いつの間にか掃除が始まっていた。

 声をかけてきた礒は、掃除当番なんだろう。


「い、いや、な――」


 言いかけて、口を噤んだ。


(――駄目だ、また「なんでもない」って言いそうになった)


 前に言われたことを思い出し、なんとか別の言葉を取り繕う。


「……ちょっと、テストのヤマが当たりすぎて、動揺してたんだ」

「ハァ? なんだよそれ、羨ましいな! 今度オレにもヤマ教えてくれよ」

「あ、ああ」


 この返答は、どうやらだったらしい。

 俺が立ちあがって椅子を机の上に乗せると、礒は上機嫌で運んでいった。


 不意に、ポケットのなかのスマホが鳴る。

 確かめなくても、犯人はわかっていた。

 俺は教室を出てトイレに向かうと、そのまま便座のある個室に入る。

 クラスメイトたちがいる前でスマホを出すのは、気が引けたんだ。

 なにせこのなかには、みんなが喉から手が出るほど欲しがる情報が記されていることになるのだから。


(……やっぱり、あいつからのメールだ)


送信者:

 未来の俺

件 名:

 信じる気になったか?

本 文:

 そろそろ、俺が教えたテスト範囲は全部当たってたって、認める頃か?

 俺はおまえなんだよ。

 だから遠慮なく、悩みがあったら打ち明けてくれ。

 未来の俺が安心するためにも!


 相変わらず自分勝手なことばかり言っているが、本当に言ったとおりになってしまった以上、俺だってもう疑うわけにはいかなかった。


(未来からメールが来るなんて、信じられない)


 でも――悩みは、あるから。

 二通目のメールを見たとき、「悩みごとなんてない」なんて思ったけれど、あれは嘘だ。

 距離感がうまく掴めない千尋とのことは、常に悩みの種だった。

 だがそんなこと、たとえ俺自身にでも伝えるのは気恥ずかしくて――


「…………チッ」


 結局俺が選んだのは、のほうだった。


件 名:

 Re:信じる気になったか?

本 文:

 俺だってまだ半信半疑ではあるけど、もし知ってるなら教えてくれ。

 俺はいつから「なんでもない」って口癖みたいに言うようになったんだ?

 自分じゃ全然自覚がない。

 おまえも俺ならわかるか?


 我ながら支離滅裂な文章だったが、推敲すら面倒でそのまま送信してやった。

 すぐに返事が来る。


送信者:

 未来の俺

件 名:

 それは千尋のせいだろ


(え……っ?)


 件名を見ただけで、心臓が大きく跳ねた。

 今までのやりとりのなかで、一度も出したことのない『千尋』という名前。

 それを平然と出してくるこいつは、やっぱり俺なんだ!


本 文:

 千尋と大喧嘩したとき、おまえは自分が悪いと感じつつも、自分が思っていた言葉をすべて千尋にぶつけた。

 千尋を責めた。

 それで当然千尋は傷ついたが、実は同じようにおまえも心に傷を負っていたんだ。

 千尋を深く傷つけてしまったことに罪の意識を感じて、な。

 だからおまえは、思ったことを素直に話すことができない。

 俗に言うってやつだ。

 それですぐに「なんでもない」って逃げるようになったってわけさ。

 ま、今の俺はもう克服済みだが。


(克服済み? ってことは……)


件 名:

 Re:それは千尋のせいだろ


「……っ」


 その件名で送りそうになって、千尋に責任転嫁してるみたいで心が痛んだ俺は、珍しく打ちなおす。


件 名:

 千尋と仲直りしたのか?

本 文:

 そのトラウマが解消されたってことは、千尋と仲直りできたんだな?


 祈るような気持ちで、送信した。

 だが――


(……………………あれ?)


 しばらく待っても返事は来なくて。


 翌日になっても。

 テスト週間が終わっても。

 返事は来なくて。




 俺は自分の心すらえぐってしまったのかと、虚しい気持ちになった。

 

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