4.三通目以降は

 

 翌朝登校した俺は、教室に足を踏み入れる前に、一年五組の教室札を見あげていた。

 ほんの少しだけ教室に入りづらかったから、そんな自分をごまかしたんだ。


(迷惑なことに、千尋の机は引き戸のすぐ傍にあるもんな)


 開けた瞬間、どうしたって千尋が視界に入ってしまう。

 それが嫌だった。

 昨日あんな夢を――顔を見たせいで、幼かった自分の弱さを改めて突きつけられるような気がして。


(本当は、今からでも謝ればいいのかもしれないけど……)


 もはや気恥ずかしさが先に立って、謝るどころの話ではない。

 もし中学が同じだったなら、謝るチャンスもあったかもしれないが、どうやら千尋の意思で別の中学を選んだらしいんだ。

 つまり、当時は千尋も俺と顔を合わせるのがきつかったってこと。


(じゃあ、今は?)


 どうして昨日、俺の名を呼んで。

 どうして昨日、あんな顔をしたのか。

 訊きたいけど訊けない。

 それがもどかしかった。


「おい羽柴はしば。なに教室の前で突っ立ってるんだ、邪魔だろ」

「あ、わり」


 クラスメイトのいそに後ろから声をかけられ、一歩横にずれた。

 すると礒が引き戸を開けて教室のなかに入っていったから、俺も礒の陰に隠れるようにして一緒に入っていく。

 これなら千尋と顔を合わせる心配はない。

 と、思ったのだが――


「ん? なにコソコソしてんだよ、羽柴」


 俺のポケットで「ブブブ」とスマホが震えたのが聞こえたんだろう、礒が後ろを振り返った。

 その向こう側にいた千尋と、結局目が合ってしまう。


「い、いや、なんでもない……」


 今さら「隠れようとした」なんて言っても任務は遂行できてないから、やっぱりごまかすしかなかった。

 そんな俺に、礒は肩を竦めると。


「おまえってさ、二言目にはすぐ『なんでもない』って言うよな」

「え、そうか?」


 その言葉が意外で、俺の視線は戸惑った表情をしている千尋から自然と引き剥がされ、不満そうな顔を浮かべた礒に移った。

 男の俺から見ても「男前」と言って差し支えないレベルの顔面を持った礒は、俺の隣の席だからわりとよく会話するほうだ。

 とはいえ、連絡先を交換する間柄にはまだなれていないから、クラスメイトのひとりという表現で間違いはないだろう。

 そんな相手から、自分でも気づいていなかったことを指摘され、俺は複雑な気分になる。

 それが表情にも出てしまったんだろうか、不意にクスリと笑った礒は、明るい口調で告げた。


「そーだよ。毎日聞いてるオレが言うんだから間違いない。無自覚なら気をつけろよ、ちょっと感じ悪いぞ、それ」

「あ、ああ……すまん」


 本当に無自覚だったから困る。

 もしかして、礒とそこまで仲良くなれた感じがしないのは、それが原因だったんだろうか。

 ちょっとショックを受けながら、自分の席へと向かう俺。


(あ、そういえばスマホが鳴ってたんだった)


 思い出し、座ったあとスマホを確認してみると、またからだった。


送信者:

 未来の俺

件 名:

 ちゃんと勉強しろよ

本 文:

 いいか? ちゃんと俺が教えた範囲を中心に勉強しろよ。

 成績いいほうが、学校生活だって楽しいに決まってるんだからな!


(よけいなお世話だっ)


 心のなかでツッコミを入れてから、負けじと俺も送り返す。


件 名:

 Re:ちゃんと勉強しろよ

本 文:

 うるせーよ

 俺はまだおまえのことを信じたわけじゃない

 テストの日まで黙っとけ!




 ――だが残念ながら、メールはその後も幾度となく送られてきた。

 俺はたまにしか返さなかったが、『未来の俺』は全然気にしていないようで、一方的に俺を心配してくる。

 まるで、かつての口うるさかった母親みたいに。

 

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