3.とめたほうがいいよ

 

 その夜、俺は夢を見た。

 きっと千尋のを見たせいだ。

 眉をハの字にして、今にも泣き出しそうな瞳で、それでも俺を睨んでくる、とても複雑な表情。

 あれを見て「哀しそう」だなんて思うのは、もしかしたら俺だけなのかもしれない。


(大喧嘩したあのときと、同じ顔――)


 それまでは、とても仲のいい幼なじみだったのに。

 一緒に遊んでいたとき、千尋が突然口にした一言が、俺たちの運命を引き裂いたんだ。


「基樹くん……お父さんが行くのとめないと、死んじゃうよ?」


 一度聞いただけでは、意味がわからなかった。

 自分のなかで何度か反芻してやっと、その意味がわかってくる。


「ど、どういうことだよそれ……」


 返す声は、自然と震えていた。

 千尋の顔なんて、とっくに青ざめていて。


「だから、そのまんまだよ。とめないと事故で死んじゃうから、とめたほうがいいよ」

「…………っ」


 その言葉を、百パーセント信じたわけじゃなかった。

 ただ、少しでも可能性があるならそれを排除したいと思って、まだ幼かった俺は自宅に急いだ。

 俺の親父はその日、出張のために夕方から飛行機で沖縄まで行くことになっていた。

 息を切らして家に戻ると、親父はちょうどタクシーに乗りこむところだった。


「待ってお父さん! 行かないで……っ!!」


 その頃はまだ素直に「お父さん」と呼べていた俺は、力の限り叫んだ。

 必死に訴えたのに……そんな俺に対し親父が見せたのは、照れくさそうな笑みだった。

 どうやら、俺が淋しがって「行くな」と言っているんだと思ったらしい。

 結局俺は親父をとめることができず、その結果――


 親父は死んだ。


 千尋が言ったとおり、親父は空港へと向かうタクシーで交通事故に遭った。

 頭を打って即死だったという。

 それを聞いたとき、俺はまっ先に千尋を責めた。


「おまえが不吉なこと言うから、そのとおりになっちゃったんだ……全部おまえのせいだ!」


 言いがかりだってことは、自分でも痛いほどよくわかっていた。

 だがそのときは、言わずにはいられなかったんだ。

 なにかのせいにしなければ、自分を守れなかった。

 哀しみに溺れそうだった。


「なんであんなこと言ったんだよ……なんで……なんでっ!?」

「ごめん、ごめんね基樹くん、わたし……」

「おまえのせいだからな! もうおまえとは絶交だ!!」

「――っ」


 そのときに見せた、

 今でもはっきりと憶えている。


(ああ、でも、なんで……)


 今日の千尋はどうして、あんな顔をしたんだろう?

 

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