2.二通目のメールは

 

 次にスマホが震えたのは、ちょうど家に帰り着いた頃だった。


(もしかして、またいたずらか?)


 二階にある自分の部屋に戻ってから、今度はあらかじめ警戒して画面をタップする。


送信者:

 未来の俺

件 名:

 高校生の俺に告ぐ


 予想どおり、どうやら同じ相手からのメールらしい。


(『未来の※』って、『未来の』だったのか……しかも『高校生の俺に告ぐ』って)


 ますます怪しいが、中身も文字化けが解消されているかもしれないと期待して、タップしてみた。

 そこには、前よりも明らかに長い文面が並んでいた。


本文:

 元気にしてるか? 高校生の俺!

 俺は今、三十年後の未来にいる。

 そこそこ幸せに暮らしてるぞ。

 けどな、自分の人生を振り返ってみたとき、いちばんつらかったのは高校時代じゃないかと感じたんだ。

 だから、高校生の俺が少しでも楽になるよう、なんでもいいから手伝いたいと思って、今このメールを送ってる。

 なにか悩みがあるなら、気軽に言ってくれ。

 他人に話すのは恥ずかしくても、自分自身になら話せるだろ?

 じゃあ待ってるぜ!


「………………なんだこれ」


 たった一行だった前回よりも、ずいぶんと恩着せがましい内容だ。

 今の俺に悩みごとなんて特にないし、だいいち高校生活はまだ始まって数か月しか経っていない。

 なのに「いちばんつらかったのは高校時代」なんて言われたら、楽になるどころかむしろ逆効果だろう。


(せっかくさ、これからきっとなにか楽しいことがあるに違いないって、期待してたのに……)


 どうして誰かのいたずらなんかで、こんな思いをしなきゃいけないのか、だんだん腹が立ってきた。

 俺は勢いよくベッドに寝転がると、素早く返事を打ちこむ。


件名:

 Re:高校生の俺に告ぐ

本文:

 いい加減にしろ!

 誰だか知らないが、勝手に人の人生で遊ぶな

 俺に悩みなんかない


「送信っと……」


 力をこめてタップして、少しだけスッとした。

 ――本当は、無視すべきだということはわかっている。

 詐欺って多分、こういうメールから始まるんだ。


(でもこいつ、そもそも俺が一通目のメールに反応する前に、二通目送ってきやがったからな……)


 もしかしたら、俺が反応するまで、延々と送りつづける気だったかもしれない。

 メールアドレスで受信拒否をしたところで、向こうがこっちのメールアドレスを知っている以上、あまり意味はないんだ。

 だからといって、こいつのためだけにこっちがメールアドレスを変えるのも癪だし。

 登録されてるメールアドレス以外は全部拒否する機能も、できれば使いたくない。

 受信したいメールが増えたときに、面倒だからだ。

 そう、俺はだった。


(そういえばまだ、二通目のメールアドレスを確認してなかったな)


 ふと思い立って、送信者のところをタップしてみる。

 案の定というかなんというか、一通目とは違っていた。


  15cm@kakeyome.com


(十五センチ? なんの長さだ……ドメインはフリーのみたいだけど)


 と首を捻っているうちに、再び震えるスマホ。

 ちなみに、俺のスマホは常時バイブ仕様だ。

 音が鳴るのがなんだか煩わしく感じて、マナーモードを愛用していた。

 バイブが身体に当たるのがちょっと気持ちいいとか、断じてそんな理由ではない。

 断じて。


(もう返事きたのか? やっぱりめっちゃ反応を期待されてたんだな……)


 すでにちょっと面倒くさくなってきているが、一応メールの内容を確認してみる。


送信者:

 未来の俺

件 名:

 どうやら信じてないようだな?

本 文:

 本当に俺は俺なんだ。

 信じられないなら、そうだな……一学期の期末テストの出題範囲を、ピンポイントで教えてやろう。

 もし当たったら、俺を信じてくれ。

 いいな?

 まず現代文は――


 以下、各教科ごとに出題範囲が細かく書いてあった。

 ものすご~く長いメールだ。


(当たったら信じてやるなんて、俺は一言も言ってないけどな!?)


 でも……もしこれが本当だったら、よけいな勉強をしなくていいわけだ。

 この出題範囲だけを丸暗記すればいいのだから。


「…………チッ」


 癖になっている舌打ちをひとつ鳴らして、俺はベッドから立ちあがる。

 床に転がったままの学生鞄を逆さまに持ちあげると、理由のわからない苛立ちをぶつけるように、中身をぶちまけたのだった。

 

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