高校生の俺に告ぐ

氷円 紫

1.最初のメールは

 

 そのメールが届いたのは、高校一年生になってしばらく経った頃のことだった。

 放課後の教室で帰る準備をしていたとき、制服のポケットに入れていたスマホが震えたんだ。


(またなにか買ってこいってメールか?)


 俺の母親は、いまだにガラケーを使っているから、用事があるとLINEじゃなくてメールで送ってくる。

 そして用事とは、大抵の場合「○○を買い忘れたから帰りに買ってきて」といったものだった。

 正直、スーパーに寄って買いものをするのは面倒くさい。

 だが、無視するともっと面倒なことになるから、現状はおとなしく従うしかなかった。


「…………チッ」


 自分にしか聞こえない舌打ちをして、スマホを取り出す。

 画面上部の通知アイコンは、やはりメールのものだ。

 だが――嫌々ながら画面をタップした次の瞬間、俺は「えっ」と息を呑む。


(なんだこれ……?)


送信者:

 未来の※

件 名:

 高※生の※に告※

本 文:

 彼※を信※ろ


 たったそれだけの内容。

 ところどころ入っている『※』は、文字化けだろうか。

 一応送り主のメールアドレスを確認してみたが、そこにあったのは無意味なアルファベットの羅列で、当然まったく知らない相手だった。


(誰かのいたずらか?)


 なんだか気味が悪くて、すぐにそのメールを削除しようとした。

 そのとき、


「――どうしたの? 基樹もとき。変な顔して」


 不意に声をかけられ、スマホの画面から顔をあげる。

 長い髪を揺らし、俺の席の傍に立っていたのは、同じクラスの皆川みながわ千尋ちひろだった。

 なかなかにかわいい顔をしている千尋は、男子にも女子にも人気があり、こいつから話しかけられたら大抵のやつは喜ぶんだろう。

 でも俺はというと、思わず眉間にしわを寄せてしまった。

 そんな俺を見て、引きつった笑顔を浮かべた千尋は、くり返すように告げる。


「どうしたの? 基樹。

「いや……なんでもない」


 言葉を濁してごまかすしかない俺。

 そう、千尋は、ただのクラスメイトではなかった。

 仲のいい幼なじみ――んだ。

 小学六年生のとき、大喧嘩するまでは。

 そのときから今でも、めったに話をしない間柄になっていた。


「おまえのほうこそ、なんで俺に声かけた? なんか用事か?」

「『なんか用事か?』じゃないわよ。あんたも日直でしょうが。日誌はわたしが書いておいたから、職員室に持っていくくらいはしなさいよ」

「ああ、そうだったな……」


 日直のことなどすっかり忘れていた俺は、素直に日誌を受け取ると立ちあがる。

 こいつも、無視するともっと面倒なことになるタイプだから。

 それに、なるべくこいつとは一緒にいたくない。

 どちらかというと、そっちのほうが理由として大きいかもしれなかった。


(嫌なことを――嫌な自分を、思い出すから)


「っ……基樹?」


 教室から出ようとしていた俺は、再び呼ばれて振り返る。

 同じ場所に立ったままの千尋は、ひどく哀しそうな表情を浮かべていた。

 

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