第10-2話 Name is Riruka.Aled(2)
出雲が『レネゲイズ』と呼んだ、リルカ・アルデと名乗る女。
出雲とリルカはお互いに会話を交わした後、ぶつかることが必然的だったように交戦する。
リルカは不気味に微笑み、出雲に旧時代の遺物と比喩されたエンジンブレードを振りかざすと、一瞬の隙をつき出雲に強烈な回転蹴りを叩き込んだのだった。
地面を転がる出雲が態勢を立て直した直後、次に出雲が捉えた光景にはエンジンブレードを自身に振り下ろそうと微笑むリルカの姿があった。
―――Re:write―――
リルカは出雲の前で振りかざしたエンジンブレードを頭上に掲げる。
武器を握りこんだ両腕には、込められた力に比例するように筋が浮かび上がると鉄槌の如く振り下ろされようとする刃は、相手を一刀両断するかのように不規則な音を立ててはデコボコの刃を歪に回転させる。
態勢を立て直したとはいえ、依然地面に手を付いた状態の出雲はリルカを下から見上げるようにして、自身に振り下ろされようとする刃の切っ先を見つめる。
「死ねよぉ! 腐れエレクトリカァアア!!」
とどめと言わんばかりにリルカは怒声を上げると、エンジンブレードを出雲に向けて上から振り下ろすのだった。
歪に回転する刃が空を切り裂き、自身に振り下ろされる瞬間。
出雲はリルカに右手の人差し指を突き付けると、そっと自身の右目を閉じる。
そして、自身が死に直面した状況にも関わらず笑ったのだった。
「お前がな」
「?!」
目の前で不敵に微笑んだ出雲に、少しだけリルカの意識が奪われた瞬間。
暗闇の中で走った青白い閃光は、置き去りにした破裂音を後から響かせるとリルカの体を一直線に貫いたのだった。
高速の光の矢にも見えた青白い閃光に体を貫かれたリルカの髪は重力に逆らうようにぞわっと浮かび上がると、身体は硬直したように動きを止める。
「がっ??!」
自身の身体を貫いた閃光に困惑の表情を浮かべながらリルカは短く悲鳴を漏らす。
力強く握りこんでいたエンジンブレードも自身の意思とは関係なく地面に音を立て落ちると、身体に走りだした痛みに混乱するように目を見開く。
リルカが自身の身に起きた出来事を推理しようとした瞬間、青白い閃光は再びリルカの体中を駆け巡ったのだった。
「があぁぁァァァアアア―――」
青白く輝く閃光がリルカの身体を駆け巡り、周囲にリルカの悲鳴が響く。
出雲は感電するリルカを横目に右手の親指を暗闇に向け立てると、今度は左目を閉じて微笑むのだった。
「さすが相棒。タイミングに感電しそうだぜっ」
出雲の仕草と声に応えるように、出雲の視線の先に居る人物も『任せろ』と言わんばかりに自身の右腕を掲げると、ゆっくりと出雲に近づいて来るのだった。
リルカは予想だにしなかった攻撃に崩れ落ちる様に地面に膝をつくと、自身の言う事を聞かない身体を支えるように両手を地面に添え支える。自身の意思とは関係なく微動し続ける力の抜けた身体を歯痒そうに見つめると、表情を強張らせるのだった。
「――はぁ、はぁ、はぁ」
リルカは息切れしたように短く息を漏らすと、身体の痛みから湧き出た汗が地面に
「…クソが、…クソが、……クソが―――」
リルカは俯いたまま、うわ言のように同じ言葉を繰り返すと、歯痒そうに奥歯を
「クソがぁぁぁああ!! …邪魔ぁ、しやがってっ! 誰だよテメェ?!」
リルカが虚勢を張るようにして大きく叫び声を上げる。
リルカの血走る視線の先からは地面をゆっくりと蹴り上げる足音が一つ響く。
その足音は徐々にリルカに近づいて来ると、暗闇から姿を現した。
「そいつの相棒。って言っておこうかな? ふふっ」
悔しそうに自身を見つめるリルカの問いかけに答えると、暗闇から現れた布志名は出雲を指差して微笑む。
「大丈夫か? 出雲」
「ああ、問題ねー。っと!」
布志名の言葉に出雲は飛び上がるようにして、その場に立ち上がると布志名に微笑み返すのだった。
「正直助かったぜ、サンキュー布志名」
「どういたしまして」
出雲はリルカを横目に徐々に布志名に近付いていく。
「危うく、アレ使うとこだったぜ」
「ふふ、地下道崩壊させる気かよ」
お互い言葉を交わしながら合流すると、出雲は地面に膝をつきながら荒い息を吐くリルカを指差した。
「布志名。あの女、間違いなく『レネゲイズ』だ。捕らえるぞ」
「了解。…相手の
「まだ見てねぇけど。…あの女――」
出雲は視線を不意に尖らせると真剣な顔で布志名を見つめた。
「エフェクト抜きでも、かなりヤベーぞ」
「了解」
出雲と布志名の二人は短い情報交換を終えると再びリルカに視線を合わせた。
出雲はリルカを警戒するように電光ナイフを逆手で握りこむと自身の顎先で構える。左手につけたバイブロハンマーは相手の未知の力に備えてか防御するかのように前に突き出した。
布志名も出雲が身構えたのを確認すると、再び体に雷撃を纏うのだった。
「2対1が卑怯だなんて言うなよ。うちらはチームだからなっ」
「だな。これも力だからな」
出雲がリルカに掛けた言葉に布志名は頷き言葉を返す。
二人の視線を集めるリルカは地面に片膝をついた状態からゆっくりと立ち上がる。
血管を顔に浮かべながら怒りの形相を出雲達に向けると、感電で悶えていた先程までとは違った、怒りからくる震えに体を揺らす。地面に落ちていたエンジンブレード不意に掴み取ると、自身の身体を無理やり持ち上げるように地面に突き刺すのだった。
「…グチグチー。……グチグチグチグチ―――」
リルカはうわ言を呟いた後、右手に持つエンジンブレードを地面を抉るようにして勢いよく切り上げた。
「―――うるっっせんだよ! カスの分際で!!」
リルカは
「…うぜーうぜーうぜーうぜー。うぜー! うっぜー!!!!」
リルカは語尾を徐々に荒げると地団太を踏むように地面を蹴りつける。声量に比例するように力強さを増していく脚の力は地面にヒビを入れ始めると、視認できるようなドス黒く濁った狂気、根本から湧き出たような殺意を纏い始める。
「―――やんよ」
リルカの金色の瞳はギラギラと獣の様な殺意を放ち続ける。
「―――てやんよ」
リルカの小さい呟きは、徐々に言葉の重さを増していく。
漠然とした殺す意思を伝えてくるように、一足をゆっくりと前に出す。
「…やってやんよ」
リルカは俯き加減で、瞳孔の開いた瞳を二人にぶつける。
野にいる獣。
ルールを知らない生物。
人とは形容しがたい、リルカと名乗る生物。
それは、
「やってやんよぉーーー!! 腐れエレクトリカあぁああああ!!」
その形相は人と呼ぶには余りにも
「布志名ッ!!」
「ああ。…これはマズいな」
出雲と布志名はリルカから放たれる尋常では無い殺気に
「
リルカは呟くと不敵な笑みを出雲達に見せつける。
2対1。ましてや、能力持ちと呼ばれるエレクトリカ2人に対し、微塵の怯みも見せつけない担力。
「It goes a-1,2,3《いくぜ。1,2,3》―――」
リルカの言葉、一つ一つがカウントダウンのように恐怖心を植え付ける。
徐々に近づいて来る恐怖、殺意。
リズムに乗るように揺らす体と一緒に、暗がりでより輝かせた瞳の色彩が炎のように揺れ動き続ける。
掌握していく。
支配されていく。
己が最強と誇示する反逆者は、出雲達に自身の指先を向ける。
「just burn《ただ、燃えろ》 by the ”bomb track”《爆弾級の曲で》」
闘いの始まりの合図を知らせる様に、リルカが口に放り込んだ何かを噛み砕こうと自身の歯を出雲達に見せつけた瞬間だった。
♪♪♪
突如鳴り響いた、場を乱すような大音量の洋楽。
闘いの直前に鳴った、間の悪い呼出音にリルカはクイッと一回首を捻ると自身のポケットにしまっていた携帯の様な物を取り出す。徐に取り出した携帯だったが、リルカは画面に映るものを見た瞬間に目を見開いた驚愕の表情を見せるのだった。
「っ?! …マジかよ」
リルカは舌打ちと共にボソリと呟くと、自身の手に持つ携帯から歯痒そうに視線を反らす。落胆したようにも見える表情で髪をかき上げると苛立ったように左手で携帯を握り潰すのだった。
「…ありえねぇ」
リルカは不満を吐き出すと自身の口に入れたカプセルを地面に吐き出す。そして、カプセルが地面に落ちると同時に、身に着けていた厚底のブーツで苛立ちをぶつける様に力いっぱい踏み抜いた。
「…who is your enemy?《…お前の敵は誰だ?》……」
「…………」
突然、リルカは誰かに横やりを入れられ、楽しみを奪われたかのように消沈した顔を俯かせる。ボソボソと出雲達には聞き取れない独り言を繰り返す様も度々横に振る首の動きも、どこか納得がいかないと言っているような仕草だった。
「なんでだよ……」
大きく溜息を吐いたリルカだったが、自制が効かない身体は徐々に震えだすのだった。抑制された思いに徐々に震え出す身体は最終的に苛立ち、わだかまりを爆発させるように大きく口を開いたのだった。
「ここで終われって言うのかよーッ!! アクティビスタぁあ!!!!」
リルカは湧き上がる怒りを吐き出すと荒い吐息を吐き続ける。目一杯に握りしめたエンジンブレードを地面に叩きつけるように突き刺すと、ようやく出雲たちに視線を合わせるのだった。
「…ごめんな。撤収しろだとよ。笑えんだろ? ありえねーよ…」
「あぁん?!」
不意に戦いの終わりを告げられた出雲は驚きの声を上げるが、リルカは何故か申し訳なそうに眉尻を下げながら微笑むのだった。
どこか悲しそうにも見えるリルカの表情に出雲が呆気にとられる中、リルカは気持ちを切り替えた様に出雲の顔を見て噴き出すとお道化た様に舌を出したのだった。
「命拾いしたなぁー。今回はひいてやんが…、次は殺すかーんな♡」
「おま?! なにいっ?!――」
「あんまり、しつこいと女の子に嫌われんぜぇー♡」
出雲は突然の事に慌てふためくようにして手を伸ばすが、リルカは口を
「じゃあな、腐れ、…エレクトーリカ♡」
自身に詰め寄ろうとする出雲にリルカは再び微笑むと、一方的に別れを告げるセリフを吐いた。そして、待てないと言わんばかりに
リルカは地下道に差し込む光を見上げながら地面を跳ねる様にして助走をつけると、ぽっかり天井に空いていた大穴に向け跳躍する。地面にヒビを入れる程の膂力を見せつけ、常人では真似できない跳躍力を出雲達に披露すると、その場から跡形もなく消え去るのだった。
「…えっ?」 「………」
リルカの姿が2人の視界から突然消え去る。
呆気にとられる出雲と布志名は、お互いに不思議そうな顔を見合わせた。
「なにあれ? あいつ空中で跳ね上がらなかった?」
「あ、ああ。…そう見えたけど」
「なに? 空中で二段ジャンプしたの?」
「いや、それは無いだろ。…見間違え…、だろ」
出雲は張りつめていた緊張感からワザとらしく大きく溜息を吐いた。大きく吐いた息と共に魂でも抜け出たのか力が抜けたように地面に倒れこむとデコボコの地面に寝そべる。消化不良に終わった戦闘に不機嫌そうに徐々に眉を尖らせ始めると納得いかないと言わんばかりに口を歪めるのだった。
「でもっ! なに、あいつ?! 頭おかしいの?」
「うん。…何だったんだろうな?」
出雲の問いかけに布志名も分からないと言わんばかりに首を捻る。
「何で逃げんの? もう出雲は自制心が壊れました。もやもやマックスです。いつサイトで見ても指名できない風俗みたいです」
「ははっ、なんだよそれ?」
布志名も笑いながら言葉を返すと、出雲の傍で腰を落ろす。
「しかもだよーっ! 一方的に怒って情緒不安定まき散らした挙句、勝手に去って行って。…スーパーメンヘラじゃねーか、あいつ。…まあ、ヘラってる娘でも、俺は全然いけるけど。あいつは嫌だ。酔った
出雲は寝そべったまま、子供のようにゴロゴロと駄々をこねる。自身の首を嫌そうな顔で横に振り続ける様子も、とても良識ある大人とは思えない態度を披露するのだった。
「ふはっ。おまえーwww。怒られるぞ、
布志名は出雲が最後に吐き捨てた余計な一言を聞き、噴き出す様にして苦笑いを返した。
「アアーーー、無理だー。俺は無理だー! あいつら、2人は人じゃねぇー!」
「お前、二人ってwww 本当に怒られるぞwww」
「だってさー! あの女! 布志名のビリビリ食らった直後に動いたり人間じゃねーだろ? 改造人間か。もう、あれだ! アレスタついた変圧器か雷サージの化身なんじゃねーの?」
まくしたてる様に言葉を言い放つ出雲だが、布志名に合わせた顔を訳が分からないと言わんばかりに何度も捻ると、不思議そうに眉間にしわを寄せる。
「なんだよ、その例えwww」
出雲の例えに顔をほころばせた布志名だったが、少し考える様に瞳を閉じると出雲に多少真剣みを帯びた顔を合わせた。
「…でも、出雲。確かに加減はしていた。加減はしていたけど…、人が動ける程にはしていないんだ」
布志名の言葉に出雲は素っ気ない態度で両手の掌を上に挙げる。自身の鼻の頭にしわを寄せた姿も、片方の口を引き攣らせた嫌そうな表情も確信めいたものがあったように布志名の目に映るのだった。
「だろうなー…。まあ、十中八九レネゲイズだろ」
出雲の返答に布志名も首を縦に振ると静かに頷き返す。
「そうだな」
「だよなー。
出雲は仰向けの状態で頭上に大きく腕を伸ばす。
「ふふ、お疲れさん。…と言いたい所だけど、大事な仕事が残ってるんだろう?」
布志名は少し意地悪そうに出雲に微笑む。出雲は布志名の表情と言葉を分かっていたように寝そべっていた体を起こすと周囲を見渡す。
「まあな。俺らがあいつらとは違うって、少しだけ分かってくれたみたいだし。ねっ?」
出雲はこちらを警戒しながらも、視線を投げかけてくる『なりかけ』の少女に顔を合わせると左目を閉じて笑いかけた。
不意に自身の顔に合わされた笑顔に『なりかけ』の少女は戸惑うようにして体を跳ね挙げると、あたふたと辺りを見渡す。驚きびっくりする様に出雲達は再び笑いかけると少女は恥ずかしそうに二人に顔を合わせるのだった。
「あいつの注意引く為だったとはいえ、大声出したり、恐がらせてごめんね」
出雲の言葉に『なりかけ』の少女は首を何度も横に振る。
「う、ううん。わ、私もゴ、ゴメンナサイ。逃げ、たりして。アイツラにミンナが殺されて……怖、くって…」
「無事だったからいいよ。痛い所とかは無い?」
未だ少し距離はあるものの、ようやく会話ができるようになった『なりかけ』の少女に出雲は話しかけながら微笑み続ける。
「ダ、ダイジョブ…です」
「ほんとー? 無理してないー? お兄さんなんか蹴られたショックで地面に寝てるからねー…っと冗談はさておき――」
遠慮するように顔を伏せた少女に出雲はゆっくりと立ち上がると距離を詰める様に歩き出す。会話できるようにはなったが、まだ恐いのか、出雲の様子を少し震えながら見つめる少女に対し、出雲は少し距離を取った所で膝を折り曲げると低くした視線で少女を見つめた。
「ごめんね遅くなって。でも、もう大丈夫だからさ」
「……う、うん」
「大丈夫。大丈夫だから。恐いのに待たせちゃって、ごめんね」
「…い、…いえ」
出雲は手の届く距離まで近づくと、そっと少女の頭に手を添え優しく撫でた。
今まで恐怖で俯いていた顔だったが、少女は出雲の間近で合わせた顔に少し照れたように顔を反らすと恥ずかしそうに俯くのだった。
「ははっ。お兄さん馬鹿って自覚あるけど、資格いっぱい持っててさ。なんと、お医者さんの資格も持ってます」
出雲の発言の意味が良く分からなかったのか、少女はゆっくりと出雲に顔を合わせると不思議そうに大きく首を傾ける。
「お、お医者…さん?」
「そっ。またの名を何でも屋のエレクトリカと言います」
出雲は自身の体の前で両手の親指を立てると右目で少女を見つめながら笑いかける。お互いが慣れてきたのか出雲は少女の頭をポンポンと連続で叩くと地面に降ろしていた救急箱から一つのアンプルを取り出す。手際よく取り出されたアンプルには無色透明の液体が入っており、薄暗い地下道の中で少しだけ発光するように淡く光る。出雲は容器に入った液体を確認した後、クルクルと器用に掌で回すとポンプに装着し、先端に注射針をセットするのだった。
「ごめんねー。注射恐いよなー? …あそこでイケメンぶってるお兄さんいるじゃん?」
「うん? …う、うん」
注射針に若干緊張した素振りを見せる少女に出雲は不意に布志名を指差す。
少女は突拍子もない出雲の会話に一度は首を傾けるが、出雲の指先に誘導されるように布志名に視線を合わせた。
「あのお兄さんもさー、注射すっげぇー嫌いなんだぜ」
「へ、へぇ~…」
「なんか、この前さ。注射器を見るのが恐いからおしりに刺してくれだとかゴネたみたいでさー。信じられる? あの顔見てー? クソ程イケメンなくせに、座薬じゃねーんだからさ」
「…ふっ、ぷっ」
布志名のプライベートな話に少女は嚙み殺したように笑い声を上げると咄嗟に口元を両手で覆う。
「笑っていいからね。しかも挙句の果てに俺に向かって、『恐いからしょうがないよね。ははっ』って笑いかけてきて。ははっじゃねーよ。お前は感覚が狂ってるからDNA検査受けろよって言ったもん」
出雲は少女を笑わせたいのか布志名のプライベートな実話を話し続ける。遠慮するように少女は笑いをかみ殺していたが、耐えきれなくなったのか遂には布志名を見つめる視線を外すのだった。
「まあ、恐いものは誰にもあるからね。しょうがない。ふふ」
布志名にも出雲が少女に伝えた内容は聞こえていたのだが、一見自分の恥ずかしいエピソードにも関わらず、布志名は全く気にすることなく、むしろ誇らしげに笑うのだった。
出雲は自身満々に笑顔を見せる布志名に瞳に力を入れたようにして顔を
「ふふ、じゃーねーよ! イケメンだからって、何でも許されると思うなよっ!」
「恐いものは恐いよ」
「なんでお前は恥ずかしげもなく澄んだ笑みで笑えるの? 世間体とか、イケメンのプライドとか無いの?」
出雲の問いかけに布志名は尚も誇らしげに腕を組むと、再び微笑みを返した。
「ないよ。隠したって恐いものは恐いし、恐いなら言った方が良いよ。ふふ」
「…………」 「………ふふっ。…あははは―――」
布志名の言動と整った顔立ちのギャップ故か、耐えきれなくなった少女は決壊したように笑い声を上げたのだった。
「うん。良かった。笑ってくれて」
笑い声を上げる少女を見ながら布志名は笑みを浮かべる。だが、出雲は布志名の言動が少し理解できないのか、訳が分からないと言わんばかりに傾けた首を捻ると多少目尻を落とした情けない顔を布志名に合わせた。
「…うん。なんでお前は格好つけなくても平気なの?」
「格好つけたって自分じゃないから良い事ないしさ。うん」
「………もうさ。…ほんっと
「ふふ、どうも。…それより出雲」
布志名は自身の腕を人差し指を尖らせ指し示すと、注射をそれとなく匂わせるアクションを出雲に繰り返しするのだった。出雲も布志名のアクションを理解したように片腕を挙げ合図すると少女に顔を合わせる。
「今から注射を打つから、腕を出してもらえるかなー?」
「う、うん」
少女は出雲に言われたように右腕を出すと、ボロボロになった衣服の袖を捲る。擦傷も然ることながら、やはり目立ってしまう銀色になった
出雲はその不安げな少女の視線に気づくと銀色になった少女の皮膚に触れる。
「これさ、カサブタだから。怪我だから。この注射で治るんだよ」
「……………」
自信に満ちた表情で伝えられた内容に少女は無言で出雲の顔を見つめる。
少女の大きな瞳に自身の真剣な顔が反射すると、出雲は一度だけ大きく頷くのだった。
「心配ないから。少しだけチクッとするけど我慢して」
「う、うん、はい」
少女の返答に出雲も頷き返すと自身の右手に持つ注射器を少女の右腕に慣れた手つきで刺すのだった。
一瞬で終わってしまった処置だが少女が顔を曇らせる事は無かった。むしろ凄いと言わんばかりに瞳をパチクリと何度も瞬きさせると出雲の顔を見つめていた。少女が気づいた時には針を抜いた時にできた搾刺部には猫のキャラクターをもじった可愛い保護パッチが張り付けられていたのだった。
「はい。終わり。よく頑張りました。…これで、大丈夫だから。地上まで一緒に行こっか?」
「うん」
少女のあどけない笑みに出雲と布志名は微笑み返した。
先ほどまでとは違う少女の笑顔。
怯えるような視線もなく。
常に気を張るように警戒していた擦り切れた心も、そこにはない。
只のどこにでもいる可愛らしい少女。
屈託のない可愛らしい笑みで笑う姿に出雲と布志名の二人は互いの拳を軽く、コンッとぶつけ合った。
「じゃあ、行こっか?」
出雲は少女に手を差し伸べる。
「うん」
出雲が優しく伸ばした腕を少女は怯えることなく握り返したのだった。
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