第13話 A Role Assigned ③ AHE Mechanic

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 善波と薫が現場から姿を消すと、出雲は前髪をかき上げ背伸びをすると大きく頭上に手を伸ばす。


「さーてと、宍道しんちゃんと合流しますかー、布志名。」


「出雲、後は俺に任せろ。バイブロ、センターに持って行きたいんだろう?」


 布志名の分かっていたかのようなセリフに出雲は少し驚いたように目を見開く。


「えっ?いいの?」


「いいから任せろ。」


「そんな事言うと、お言葉に甘えるよ俺。…もう、ほんと優しいんだから栞ちゃんは。…もう、ちゅき。儚はー、栞ちゃんんん、ちゅきー―――」

「もう、いいから行けよっ。」


 体を震わし気持ちの悪い動きを披露した出雲に布志名はすぐに行けと言わんばかりに、片手で追い払う様に手を振ると少し乱雑に言葉を返すのだった。


 布志名との会話が終わると出雲はすぐに準備を整え隔離ゲートに向かい歩き出す。だが、突然数歩歩いたところで布志名を振り返った。

 振り返った出雲の顔は先程のまでのお道化た感じを全く感じさせないどころか、何かに嫌悪するかのように目つきを尖らせると真剣な表情で布志名を見つめていた。


「布志名。」


「うん?」


「ごめんけど、薫ちゃんの出自と―――」

「任せろって言ったろ。…阿須那に連絡してある。あの子に任せれば、詳細は直ぐに分かるだろう。…だから、絶対勝手な事はするなよ!!」


 出雲から頼み事があるのを分かっていたかのように布志名は言葉を返すと、少し叱咤するように出雲に注意するように呼びかけた。その釘を刺されたような言葉に、出雲は微笑すると言葉を返す。


「りょ。…まあ、俺がブチ切れ無かったらだけどな。…由里香より短気だぜ、俺。」


「ふふっ、その時は俺もいくから。…北浦さんには悪いけどな。」


「ははっ。そうなったら北さん、まーた禿げんな。」


「どんだけ禿げようが、あの人ならやってくれるよ。」


「だな!俺らの後ろには偉大なハゲがいるからな。起源にして偉大なハゲがっ!!ははははは―――」


 笑いながら去っていく出雲だったが、暫くして急に俯くと怒気を放ち顔を歪める。そして拳を握りしめた後、怒りを解き放つかのごとく言葉を吐き出した。


「…アラーツなめんなよっクソ野郎どもめっ!!」


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 15分かけて最寄りのゲートについた出雲は、慣れた手つきで自身の身分を示すカードを警備システムに読み込ませゲートのロックを外した。


『確認しました。ゲートロックを解除します。忘れ物はございませんか?』


「大好きな栞ちゃんくらいかなー。…いやー、宍道の魂も消滅させて無かったな。霊柩無き者はただ滅―――」

『ゲートを開閉します。区画線より前へは侵入しないで下さい。』


 自動アナウンスに意味不明な独り言を答える出雲だったが、ゲートの扉はその言葉を遮るように音を立てて自動で開いていくのだった。


 扉が開き隔離地区を離れた瞬間だった。出雲のスマホに着信が入る。

 その軽快な音色と対照的に通話の相手を見た瞬間、出雲は非常に嫌そうな顔をすると声を漏らす。


「うげっ、やっば。」


 出雲は漏らした言葉通り若干渋るような手つきで通話ボタンを押すか迷うが、着信音を暫く鳴らした後、観念したかのように溜息を洩らすと恐る恐る通話ボタンを押し通話を開始する。


「はい、出雲はいません。…The number you have called is no longer in service.」


「な、何言ってんの?!横見てよ、よーこ。」


 出雲はそのスマホから聞こえる声に嫌々従うよう、恐る恐る首を言われた方向に向けると、自身の横腹に両手を添え待ち構えるように佇む一人の女性と目が合う。


 その人物は出雲と視線が合うと、やや縁の大きなゴーグルの様なサングラスを上へずらす。  

 

 その人物の出で立ちは、セミロングの髪を後ろで乱雑にゴムで縛り上げたような髪型で、服装は作業着を腰に巻き付け灰色のタンクトップからは素肌が覗く。所々油汚れで黒く染まっている服に、下はダボダボのパンツをゴツめの編み上げブーツに入れ込んでいる見るからに整備職のような外観。ただ、服装から想像するにガサツに見えるが、小柄な身長ながら顔は非常に整っていると言える程に端正で、見た目は美しいといった表現が良く似合う20代半ばの女性が少し顔を顰めると青いスポーツカーの横に佇む。そして、その女は自身の手に持つスマホの通話を切ると、出雲に向かい言葉を掛けながら近寄ってきたのだった。


「君に何回も連絡してるんだよ、僕。イケメン君に電話繋がったから良かったけど。電話とってよっ!!」


「…儚、知らない。生駒ちゃんからの着信履歴なんてなかったもん。」


「もんじゃないよっ!僕、何遍も掛けてるし、熊さんに言伝も頼んだよっ。」


 どんどん出雲との距離を詰める生駒に出雲はずっと斜め下を俯いたまま、しょぼくれた表情をしていたが、生駒はそんなのお構いなしとどんどん距離を詰め顔を近づけてくるのだった。そんな生駒に出雲は制止するように肩に触れると、何故だが酷く憐れんだような視線をぶつけると、自身の首をゆっくりと横に振り続ける。


「…貴方のお探しの茨木童子はここにはいないよ、酒呑童子。」

「酒呑童子じゃねーよっ!」


 出雲の自分を憐れむような声と小馬鹿にしたようなセリフに、生駒は跳ね上げるように出雲に顔を上げ怒鳴り返した。生駒のリアクションに、ようやく出雲は笑顔を見せると両手を合わせて謝るのだった。


「ごめんごめん、生駒ちゃん。」


「もーー、僕も怒るんだよっ。」


 出雲が生駒と呼んだ女性は、出雲に両腕を上にあげながら抗議するように言葉を返した後、頬を膨らませるように口を尖らせ、むくれっ面を見せつける。


「仕方ねーだろ、お前の名前バッカスで登録してたんだから。」


「酒と狂乱の神でもないよっ!…後お前って言うな、僕年上だぞっ。」


「えっ?…鬼人暦ならでしょ?」


 出雲の真顔で放った煽り文句に、生駒は怒りでワナワナと体を震わすと出雲から視線をわざと反らした。


「…何遍も言うけどね―――」


 生駒は震える小声ながら殺意を込めた様に力強くボソリと呟いた後、出雲を仰ぐように自身の顔をガバッと起こした。


じゃねーよっ!!…もー、出雲君ほんッッと嫌い。僕、疲れる…」


 小柄な体に似合わぬ大きな声で出雲に言葉を返した生駒は大きくため息をつき、疲れた言わんばかりに落胆するように肩を落とす。そして、首を俯かせると前屈みの姿勢になるのだった。


「おいッッ!!」


「なにっ?」


 落胆し沈み込む生駒に出雲は何故か怒鳴るように声を掛ける。その横柄な態度に生駒は怒りの感情を高ぶらせ怒った物言いですぐさま言葉を返した。


「見えるから屈むなっ!!」


「えっ?なっ?!み、み、みみみ見ないでよっ!!」


 出雲から自分にかけられた言葉の意味を瞬時に理解した生駒は慌てふためく様に自身の胸を両腕で隠し半身になると、瞬時に赤くなった顔を恥ずかしそうに歪める。


「見たくねーからだろっ!!童子切で無い乳切り落とされて―か。」

「…君。…ほんと僕の事嫌いだろ。」


 生駒が恥ずかしさで慌てふためいているにも関わらず、出雲は心無い一言を言い放つと、顔を赤く染めていたのが馬鹿らしくなったように生駒は真顔になると若干生気を失ったような声で無感情に出雲に呟いた。


「…もういい。僕帰る。」


「あー帰れ帰れ、大江山に帰れ。そいで頼光四天王に討伐されろ。」


 落胆した表情で生駒は言葉を呟くと後ろを向き、とぼとぼと足取り重く自身の乗ってきた車に向かう。落ち込んでいるのがまるわかりの態度をとる生駒に対しても出雲は虫でも追い出すかのように手を乱雑に振ると、またしても追い打ちするように心無い一言をつけ加えた。


 尚も自分を罵る出雲に生駒は顔を俯かせ、時折自身の腕で涙を拭くような素振りをすると体を震わせながらも立ち去ろうと歩いていたが、少し歩いたところで歩みをピタっと止めた。


「―――おに言う。」


「あん?!」

 

 生駒のボソリと呟いた声がよく聞きとれなかった出雲は聞き返す様に言葉を返すと、生駒は後ろを勢いよく振り向いた。


素直すなおに言うからね、僕っ!!」


「おまっ!!それはっ!ちょ、ちょっと待て!!」


 生駒の荒げた声と告げた内容に出雲は心底慌てふためく。先ほどまで煽っていたはずの出雲だったが、生駒の言葉に瞬時に動転すると、それは反則だと言わんばかりに取り乱す様に腕を大きく振り続ける。だが、生駒は今までのうっ憤を晴らすかの如く淡々と言葉を続けた。


「…知ってると思うけど素直と僕、親友だからね。君の好きな素直に告げ口するよ、僕は。」


「ち、ち、違うわ。す、好きじゃねーし。」


「好きじゃなくてもいいよ。…素直に言うって事は―――」


 生駒の言葉をなんとギリギリのところで持ちこたえていた出雲に、とどめと言わんばかりに生駒は言葉を貯める。その嫌な間の作り方に、ごくッと出雲が喉を鳴らした後、勝ち誇ったかのように生駒は凄く悪い顔を出雲に見せつけると言葉を解き放つ。


「わかるよねーー!!!!…君ならーー!!!!」

「ごめんなさい二度と言いません。すいませんでした調子に乗りました八つ裂きにしてください。…あ、これバイブロハンマーっていう武器なんですけど、2式って言ってとんでもなく可愛い生駒楓という天才メカニックがお作りになられた逸品なんですけど人間に使うと死ぬと思うんで、僕にぶちかましてください。構いません私はあなたの豚ですブヒィ。駆り立てたるのは楓の清心と容貌、横たわるのは出雲の豚野郎と罵っていただいて結構です。」


 参りました、もう無理ですと言わんばかりに出雲はひたすら頭をぺこぺこと下げながら謝罪の言葉と自身の愚かさを自虐するようにこき下ろすが、尚も誠意が足りないと感じた出雲は地べたに這いつくばるようにして生駒のブーツにしがみつくのだった。


「…ほんと?…僕可愛い?」


「可愛い可愛い、クソ可愛い。AHMメカニックきっての天才美女。」


 生駒はしがみつく出雲を見下ろす様にして問いかけると、出雲は肯定するように地面に頭を擦り付け必死に生駒を称賛する。生駒も出雲が本心では言っていないだろうとは思ったが、可愛いと連呼され気分が高まると自身の頭を搔きながら照れたようにようやく顔を緩めた。


「…天才美女かー、ふへっ。…でも、ほんとに思ってるー?」


 生駒はだいぶ緩んだ顔を出雲に更に近づけた。その近づけられた顔に出雲は何度も頷き返すと言葉を返す。


「思ってる思ってる。世界の絶景10選。もう、その少し褒めただけで粘着するように俺を追い回し、電話がつながらないだけでわざわざ現場にくる言動も、鐘と一緒に安珍を焼き殺した―――」

「清姫じゃねーよ!!」


 誉めて突如落とす出雲のいつもの言動に、即座に生駒は勢いよく突っ込みを入れると、あきらめたように言葉を漏らす。


「…もーさ、折角迎えに来た僕をクソ地雷女みたいに言わないでよっ。…ほんっとアセチレンガスで焼き殺すよ。」


 生駒は言葉を言い終わると、バルブを捻るような動作をしゴーグルを降ろすと、手で何かを出雲に突きつけるように構える。出雲はその動作に笑いながら言葉を返す。


「はっは。美人に火葬して貰えるとか本望だよ。圧力調整器が破損して逆火が起こるぜ。」


 出雲は握った手を開き破裂したような表現をすると軽口を返した。


「大爆発すんじゃんっ!!…ふふ、ははは。…でもさ、ほんっっっといつもの事だけど。余計なこと言うよねー君は。」


 出雲の返しに生駒は口に手を当てて笑った後に出雲の頭を軽く小突いた。


「ははっ、生駒ちゃんは話してておもしれーし。…まあ、本気で美人だとは思ってるよ。今日の業務日誌に書いてやりたい位だ。」


「おーぉ言ったなー。じゃあさ第7のグループチャンネルに今言った事書き込んどいてね出雲君。書き込まないと僕、素直に言うからね。はははっ。」


「任せろっ。」


 出雲は地面に胡坐をかくと生駒に親指を立てた。


「うん。じゃあ、センター行くよっ。…乗って。」


 そう上機嫌で言った生駒は腰に巻いた上着をほどき、バサッとなびかせた後に袖を通した。そして、上着を羽織った後ろ姿を出雲に見せつける。


 生駒がその背中に背負う文字を出雲はじっと見つめる。

 AHE Mechanicと刻まれた生駒楓を現す象徴にも似た文字を。

 Anti Hybrid Equipment Mechanic(対ハイブリッド装備整備士)

 Chief manager(総括主任) K.Ikoma(楓 生駒)


「…やっぱ、それ着るとかっこいっすわ。…天才メカニックさん。」


 出雲はその背中に一言だけ呟き微笑むと、生駒の後ろを追うように歩き出した。

 

――――――――――――――re?write???――――――――――――――――


 この日第7班のグループチャンネルに出雲の謎の言葉が書き込まれる。

 出雲の名前で書きこまれた『生駒楓はクソ可愛い』と書かれたタイトル、その文章は…


『生駒楓は僕っ子でクソ可愛い。溢れ出る俺の股間にウェルポイントを所望したい位だぜ☆』TSKT247@8K7.com


 突如皆に送られた出雲の怪文書に、デスクワークしていた北浦は不思議そうに首を傾げる。


「…あ、あいつ。…うちのチャンネルで何言ってんだ?」


「阿須那。」


 ぼそりと北浦は自分のデスクで呟くと、手招きするように阿須那を呼ぶ。阿須那はその声に北浦を即座に振り向くと、すぐに受け答えたのだった。


「はい。…予約済みです。出雲さんのCTとMRIですよね?」


「あ、ああ。…仕事が早くて助かるよ阿須那。…駄目だ、あい―――。」

「知ってます。」


 北浦に辛辣な言葉を淡々と返した阿須那はパソコンの画面を見つめる。ただ阿須那が無言でタンタタンとキーボードを連続で叩く音が、むなしく北浦に響いていた。

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