第9話 Renegades

 出雲は『なりかけ』の少女を捜索中に、突然現れた大型ハイブリッドを単独で討伐する事に成功する。

 

 オペの二人が出雲の戦闘スタイルに驚愕する中、討伐の余韻に浸る間もなく出雲は『なりかけ』の少女の捜索を開始する。


 だが、手掛かりすら発見できない暗礁に乗り上げた捜索に皆の焦りは次第に蓄積していくのだった。


―――Re:write―――


「クッソ。――ここにも、いねーか……」


 出雲は遠隔ビットを何度も地下に飛ばしては地上に戻しを繰り返す。

 だが、手掛かりは全く言っていい程出てこないのであった。

 『なりかけ』の少女を一刻でも早く見つけたいと言う気持ちだけが空回りする現状に、繊細な操作が必要となるリンカービット捜索は拍車をかけたように出雲の体力を奪うのだった。


「宍道。そっちは?」


 無線から聞こえた出雲の問いかけに宍道は首を横に振る。


「こっちは反応なし」


「――そうか。…了解。セレンの出力。範囲15m、角度70度で再探査してくれ」


「わかった。直ぐに調整する」


 宍道達も地上部分を捜索しながら地下に向けて地中レーダー『セレンディッパー』を使用し懸命な捜索に当たるが、オペレーターのレーダー機器と併用してのフル稼働捜索でも少女の手掛かりは一向に見つからない。


 刻々と時間だけが前に進み、時計の数字が繰り上がるごとに皆に焦りだけを蓄積させると、成果を得られない結果に浪費した時間が重く圧し掛かる。


 だが、光明の見えない悪循環に呑み込まれようが、誰しもが諦める素振りは見せなかった。

 いくら状況に悲観しようが皆が脚を止める事は無く、共通認識のように掲げる少女救出の意思だけは決して折れることが無かったのである。

 

 そして―――


 懸命な捜索が続く中、雲の隙間から光明が差す様に突然転機は訪れるのであった。



 オペレーターの熊本の見つめるモニターに『なりかけ』と思われる微弱な反応が現れると、熊本は座席から立ち上がるようにしてモニターの一点を凝視する。そして、多数のモニターを瞬時に切り替えると出雲に通信を入れるのだった。


「…いた!! 出雲君! 反応ありだ!!」


 出雲は熊本の少し焦るような声に即座に反応すると、自身の耳につけるヘッドセットを片手で抑える。


「熊さん! 位置は?!」


「待って、目標ホールドしたから出雲君のデバイスに直ぐに印つける!」


「了解っ!」


 出雲と通信しながらも熊本は両手でキーボードとマウス型のインターフェースを操作し、即座に出雲のデバイスに自身が得た情報を送信する。


「出雲君、送ったよ! 場所はそこから南西。出雲君の位置からだと建物で見えないと思うけど」


 出雲は即座に自身の腕につけたデバイスを開くと熊本から送られてきた情報に目を通す。そして、送られてきた情報を精査するようにデバイスの画面を指で操作すると、熊本がつけた印と自身の現在位置を繋ぐルートを瞬時に作成するのだった。

 

 画面に映る一筋の希望にも見える光だが、点滅を繰り返す光は人に与えられた生命の鼓動のようにも感じてしまう。いつかは消えてしまいそうな灯火の様な光に出雲は

一際尖らせた瞳で少女が居る方向を見つめる。


「熊さん、了解! ルート確認できた!!」


 出雲は熊本に返事を返すと自身の右手につけていたダウンザホールハンマーの残りの骨組みを投げ捨てる様にして外すと、直ぐに宍道達と情報を共有するのだった。


「宍道! 熊さんにチャンネル合わせてんな?!」


「――合わせてるし、全部聞こえてる! 今から俺達も向かうから」


「了解! 頼んだ! ――布志名!!」


「――こちら布志名。内容は全部聞こえてる。ただ、ハイブリッド対応で足止めを喰らったせいで目標地点までは距離がある。どうぞ」


「了解! 無茶言うけど、なるべく早く頼む」


「――了解! なるべく直ぐに向かう!」


 出雲は皆に情報が共有されているかを確認すると、崩壊した街の中を目標に向かい駆け抜けて行くのだった。

 

 自分が乗り越える凹凸おうとつの付いた少し躓きそうになる地面を見つめ、出雲は障害物を乗り越えながら目標に進む自身の姿を、頭の中に浮かんだ人物と重ねるのだった。

 

 ♢


『はっ、俺が助けてやったんだ。せいぜい長生きしろよ! じゃあな、クソガキ!!』


 地上に照りつけられた陽光で輝く陰影の付いた姿が両目に焼き付く。

 その人物はガッシリと両腕を組みながら、厳つい風貌で顎を突き出し、頭上から自分を見下ろす様にして微笑する。


 どこか横暴な態度も、投げかけられた言葉の粗雑さも、その人物の荒々しさを際立たせるのだが、全く嫌な気はしなかった。むしろ、その姿は自身に芽生えた目標や理想のように脳裏に残り続けるのだった。


『俺はエレクトリカ最強! 名前は木田きだ 流水りゅうすいだ。俺に助けられた事を幸運に思えよ!」


 木田流水と声高く名乗った男は、獣のようなギラついた瞳で出雲を見つめると自身の指先を突き付ける。


『クソッタレな、この世界システム。だからこそ生きてーだろ! なぁ? クソガキ!!』


 自身満々な横暴なセリフを豪語し、煙草の煙を吐き出す木田の姿。

 粗雑で乱暴で自身しか見えていないようなセリフだが、絶望するしか出来なかった自身のくさびを断ち切るには充分すぎる程に鋭利に輝いたのであった。



 自身を駆り立てる声を頭の中で反復させると、出雲は更に奥歯を軋ませるように噛みしめ、瞳に強い光を灯す。

 

 自分を助けてくれた偉大な人物の影を見失わないように――

 目に焼き付いた理想の姿を影で終わらせないように――

 自身に強く言い聞かせる様に頭で繰り返し呟く。


(エレクトリカはハイブリッドを倒すだけじゃねー! 俺は、あの人みたいに人を助ける為にエレクトリカになったんだ!!)


 出雲は強く自分に言い聞かせると、自身の両足に更に力を込め走り抜けるのだった。


『距離100。対象は今も地上に出ている。現時点では出雲君が1番近い』


「了解! この建物の向こうか!」


 出雲はオペの熊本に言葉を返すと建物の前で急ブレーキをかけたように止まると、少女を驚かせないよう建物の影に自身の姿を隠す。そして、建物からそっと顔だけを出すと慎重に覗き込んだ。


 壁の向こうをのぞき込んだ出雲の視界が捉えたものは、辺りを見回しながらモゾモゾと動く少女の姿だった。

 挙動不審に見える動きを繰り返す少女は何かに怯えるようにキョロキョロと辺りを見渡しては、少しの物音でも警戒するように自身の姿を岩陰や瓦礫がれきなどに隠していた。


「――はぁ、見つけた」


『うん。識別反応からも間違いない。――『なりかけ』だね』


「ですね。露出してる部分が鉄化してる」


 出雲は熊本に即座に返答すると少女を注意深く観察する。

 少女は宍道が言っていたように低い身長と幼い見た目から10代前半に出雲の目にも映る。


 地面と地下を這いずり回ったかのように黒く汚れた服。

 着ている服に無数に空いた穴からは斑に混ざった銀と肌色の皮膚だけで無く、逃げ回っていた時に付いたと思われる紫色のあざ切創せっそうが多数浮かぶ。

 洗髪できていないであろう油分の浮いた髪の毛からも、少女が数日この殺伐した世界にいた事も分かってしまうのだった。


「クソがっ。――なんで、あんなちっさい子がここに」


 出雲は苛つきを表す様に自身の拳を握ると苦言を口から吐き出すが、直ぐに自身の怒気を抑えるように大きく息を吸い込む。そして、一呼吸置くことで乱れる心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出すと、少女に気づかれないように慎重に相手との距離を詰めて行くのだった。


「宍道。俺の反対側から回り込め」


「――了解。回り込むと、少し時間かかるよ?」


「ああ。反対側を塞いでくれれば良い。出来るだけ早く頼む」


「――了解」


 出雲は少女を見つめながら宍道に無線で指示を飛ばすと、ジリジリと距離を詰める様に再び歩みを進めて行く。

 ハイブリッド戦で見せた派手な動きとは対照的に足音を鳴らさない静の動きは気配さえ消し去っている様にオペからは見えるが、音のない世界には戦闘とは違う独特の緊張感も漂う。


 オペ室のモニターから出雲を見守る熊本は、張りつめた緊張からか静かに喉を鳴らすのだった。


『――ん。うん。対象のロックはしてる。地下以外なら大丈夫…』


「了解。あちこちに地下への通路が空いてるから、逃げられたら最悪ですよ」


 熊本に応答しながら出雲は視線の先にいる少女と周囲の状況を伺う。

 少女は何かに怯えるように辺りを見回し、地下への道をしきりに確認すると目の前の建物に入ろうか迷っているように見える。そして、ウロウロと挙動不審な動きを繰り返しては空腹なのか散乱しているゴミの山をゴソゴソと探り始める。


 出雲は自身の目の前に映る光景を歯痒そうに見つめると、今までどうしてやることもできなかった自分の不甲斐なさと現状を取り巻く環境に奥歯を軋ませるのだった。


「――ふぅー…今は苛立つな…。助けるのが目的だ」


 出雲は自身の両手で口元を隠すと、集中するように静かに息を吐く。

 少女の距離はジリジリと縮まってはいるが、確実に捕まえれると言える距離までには至らない。

 焦って好機を見逃せば再び少女は危険に晒されるが、あまり時間も掛けられない。

 

 見るからに体力を消耗し、心身が疲弊ひへいした少女。

 いつ敵が現れてもおかしくないハイブリッド残存区域内。


 出雲は色々とジレンマを抱えながらも、少女の張り巡らせる警戒網が緩み、意識の外に視線を外す一瞬の隙を狙い続けるのだが――


 ――運がなかったとしかいえない事象が起きてしまう。


 自身の身を隠すようにしていた建物からパラパラと小さな瓦礫が降ってきたのを皮切りに、突然大きな音を立てて外壁が崩れてしまうのだった。


「嘘、だろ…」


 間の悪さだけが際立つような出来事に、出雲は驚いたように目を見開いた後、音と共に降り注いできた瓦礫を建物から飛び出す様に身を乗り出すと地面を転がり回避するのだった。


 自身が負荷を掛けた訳ではなく、老朽化による建物の崩壊が、たまたまこのタイミングで起きた偶然の出来事。だが、余りにも間の悪い偶然に出雲と熊本の二人は言葉を失うと無情にも上がった砂埃を呆然と見つめることしか出来なかった。


「キャっ!! だれっ?!」


 建物が無情に崩れる音が周囲に響くと『なりかけ』の少女は瞬時に音が鳴った方向を振り返ると、一目散に地下に逃げ込もうとする。


「待って!!」


 出雲はすぐさま少女を呼び止めるように声を張り上げると、少女は怯えた様に体を震わせながら後ろを振り返る。


「恐いだろうけど話を聞いてっ! 俺は君を助けにきたんだ!」


 懸命に少女に語り掛ける出雲の声が周囲に響くが、少女は涙ぐむようにして潤んだ視線で出雲を見つめると、震える唇を縦に開いた。


「嘘ツキ! アタシを助けてくれた人達も、そうやって…そうやって―――」


 少女は言葉を途中で止めると、自身の両手で体を包むように抑える。

 縮こまるようにした小さな体からはガタガタと芯から震えが起こると、何かを思い出したのか青白い顔を俯かせるのだった。


 ♦

 

『見つけたぁー♡ よーうやく、お前達を助けてやれんよ――』


 甘い女性の声色なのに恐い。


『なぁ? こっち来いよ。助かりてーだろぉ?』

 

 甘い語り掛けなのに恐い。


『そろそろ、お寝んねもしてーだろー?』


 笑い顔が笑い顔ではなく――

 チクチクと物見するような刺す視線も、歪んだ口角も――


 ――全部が恐い!!


『――なぁあ?!!」


 突然、怒気を帯びた声が響く。


『腐れ鉄屑紛いスクラップがぁあ!!』


 女は急に振り回した殺意を右手に宿すと躊躇なく振り下ろした。


『邪魔なんよぉ、お前たちは! くはぁっ♡―――』


 ♦


「――ひっ」


 何か例えようのない恐怖を思い起こしたのか、少女は小さな体を大きく震わせると定まらない視線で出雲を見つめる。


「みんな、…みんな。――みんなあいつにコロされた!! …んな。ミンナ死んじゃったんだよ!!」


 少女は感情を高ぶらせた悲痛な叫びを上げると、きびすを返し地下に逃げ込むのだった。


「まっ! 待てって!!」


『出雲くん!!』


「熊さん潜ります! 今追わないと絶対だめだ! ――がいる!」


『しゅ、出雲くん?!』


 出雲はオペの熊本に言葉を返すと、熊本の返答を聞くよりも早く、少女を追うように地下へ侵入するのだった。


 出雲が踏み入れた先は薄暗い照明のない地下。

 昼間なのに視界も悪く、崩れた瓦礫で足元も悪い。

 時折空いた天井の隙間から陽光が差し込むが、暗闇を照らすまでには至らない。

 そして、暗闇の世界には少女の叫びが耳に残るように反響する。


「イヤだ! イヤだ!! いや――」


「待って! 危ないから戻っておいで!」


 出雲がいくら呼びかけても少女は地下道の奥へと逃げていく。

 少女は流れる涙を腕で拭い、目元を何度も擦ると、口からは藻掻く様に悲痛な叫びを吐き続ける。


 出雲も少女を追う為に距離を縮めようと脚に力を込めるが間が悪い事が続く。


 反響した声のせいか、人が踏み入れた振動のせいかはわからない。

 出雲の目の前の天井が突然音を出して崩れると土砂交じりの瓦礫が道を塞ぐ様に降り注ぐのだった。


「なっ! …ありえねーだろ」

 

 出雲は降り注ぐ瓦礫の小さな隙間から遠ざかっていく少女の後ろ姿を眺める。


「待てって! 待ってくれって!!」


 自分と少女を分断する間の悪い出来事に出雲は必死に呼びかけるが少女の悲痛な声も、自分の呼び声も崩壊する音で掻き消されると、見えていた少女の後ろ姿も霞んでいく。


 無情な光景に出雲は奥歯を軋ませた後、大きく口を開くのだった。


「クソがァァーーーッ!!」


 出雲は右足の安全靴で降ってきた瓦礫がれきの山を蹴り上げるとやり場のない怒りに顔を歪める。


「――クソ、が…」


 出雲は消沈したように俯くと消え入りそうな声で呟く。


「俺は…――」


 目の前で起きた理不尽に一度俯いてしまった顔。

 だが、出雲は右の拳をギュッと力強く握ると、再び前を向くのだった。


「俺はエレクトリカだ!! 『』みたいに君を殺したりしない!! 必ず助ける!!」


 出雲は必死に呼び掛けるが少女からの返答はない。

 先程までの泣き叫ぶ声も、もう聞こえない。

 自身の前に遮るように降ってきた瓦礫のせいで姿も見えない。


「…諦めんな、中途半端」


 出雲は無意識に出たセリフに自身の過去を思い起こすのだった。

 

 ♢


『諦めんな中途半端! 諦めれるのは立派に死ねる奴の特権だ!』


 俯いた出雲の顔に突き付けられた木田の言葉。

 木田は睨んでいるように眼光の鋭い視線で出雲を見つめると不敵に微笑む。

 

『要するに立派に死ねねー、半端もんのお前は一生諦めんなって事だっ!! 出雲!!!!』


 ♢


「だー、れー、がぁぁー、――」


 出雲は木田の声に後押しされたように左手につけたバイブロハンマーを掲げる。


「――諦めるかよッー!!」


 出雲は叫ぶと同時に自身の右足を前に出すと腰をどっしりと落とす。

 そして、目の前にある瓦礫の山に左手を添える。


「無理にでも通る! ――アクティブ!!」


 出雲の掛け声で起動したバイブロハンマーは、積もった瓦礫を轟音と共に広範囲に吹き飛ばしたのだった。


 地下は只でさえ振動兵器で崩落する危険性の高い箇所であり、ましてや先程崩壊が起きた箇所にバイブロハンマーを打つことは普通あり得ない事と出雲は理解していた。


 だが、出雲は迷わなかった。


 頭ではわかっていても体が動いてしまったのだった。


 これから瓦礫を安全に撤去しても、別のルートを地上から探しても時間が大幅にかかってしまう。

 

 悩むより先に決断した出雲は目の前に瓦礫をバイブロで吹き飛ばすと、大きく空いた穴に即座に自身の体を通し、少女を追うのだった。



「――聞こえるかい? 聞こえたら返事をして!」


 出雲は前へ進みながら少女を呼ぶが反応はない。

 薄暗い地下道は奥へ行くごとに暗闇を増していくが、出雲は躊躇することなく前へ進むと繰り返し呼び掛ける。

 

「おーい! 返事して――」

 

「――きゃっ! やだ、嫌ぁぁぁッ! 誰か――」


「ッ!!」


 突然、少女が出したであろう悲鳴が、うす暗い地下道に響く。

 聞きたくもない非常事態を知らせる声に、出雲は顔を強張らせると、すぐさま声のする方向に向かうのだった。


 そして―――


 出雲は次に自身の視界が捉えた光景に目を見開く。


「うるせーんよ、お前」


「やだ! やだ! かっ――」


 少女の首を右手で軽々しく掴み上げる女は、少女を見て微笑む。


 女の暗がりでも分かる金色の髪は差し込む陽光で輝くと、危険な性格を表すかのような斑に尖らせた毛先は隙間風に静かになびく。

 マスクで顔を隠しているにも関わらず派手な化粧は暗がりでも焼き付く様に浮かび上がると対照的に全身を包む真っ黒な衣装は沈み込むように闇に同化し不気味さを象徴していく。

 タイトな服に付いた血しぶきの様な赤い斑点も、女が左手に持つ白い日傘の様な物も、外見だけで女の異様さを際立たせるには充分すぎるのだった。


「はっはッー。でも、ようやく見つけたぜー。腐れハイブリッドまがいぃ!」


 女は金色に光る鋭い目つきで少女を見つめると、明確な殺意を伝える様に少女の首を持つ右手に更に力を込めるのだった。


「きゃ…が、ぁ…ぁ…」


 女の右手に浮かんだ筋が浮かび上がるごとに、抵抗するように掴んでいた少女の両手の力が抜けていき、徐々に潰れていく喉から枯れたような声を漏らす。


「やめろッ!!」


 出雲は瞬時に腰道具からコードの繋がった2本のドライバー状の物を抜き取ると、怒号と共に女に投げつける。


「…あぁん?」


 出雲の叫びに反応した女だが、声がした方向を振り向く素振りは見せない。

 だが、出雲が投げつけた物が体に当たる瞬間、女は左手持っていた大き目の日傘を後ろ手に回すと、一直線に飛んできた飛来物を見ることなく弾き飛ばす。  

 金属同士がぶつかるような甲高い音を立て弾かれた飛来物は地面に転がると、辺りを照らす程の白い閃光を放った後、再び光を失うのだった。


「誰だ、てめぇ? あたしの邪魔すんじゃ。ねーよ、腐れがぁ!」


 女はようやく半身の状態で首を捻ると出雲と顔を合わせる。

 出雲を睨み付ける視線には怒気が籠ると、苛ついたように片腕で宙に浮かしていた『なりかけ』の少女を地面に投げ捨てるのだった。


「…ぁっ。かはっ」


「てめぇ!!」


 出雲の怒声にも女は全く動じずに出雲を見つめる。

 悪びれる様子も一切見せず、闇の中でもギラつく瞳で物色するように出雲を見つめると不敵に微笑むのだった。


「てめぇ、もしかしてぇ。…腐れエレクトリカかぁ?」


「だったら、なんだよッ! クソ女!!」


「カッ。ハハッ。――だったら丁度いいやぁ♡」


 女は自身の口元を右手で隠しながら笑い声を上げると、目尻を垂らした不気味な顔で舌なめずりをする。


 出雲は女の態度に眉を寄せた怒りの形相で睨み返すと、左手に付けたバイブロハンマーを女に向け構える。


「何が丁度いいだぁッ! 俺は理に反すれば、女だろうがぶん殴るからな!!」


「オイオイオイ。差別発言だぜぇ。女の子もきちんと対等に扱えよぉ♡ あたしはさぁ――」


 奇妙に体を捻りながらお道化た様に言葉を返す女だったが、喋っている途中で急に眼を見開くと口を歪めるように開いた。


「――つえーんだから、よぉおお!!」


 女は左手に持つ日傘の様な物を振りかざす様にして出雲に突き付ける。

 出雲は殺意を乗せたような女の視線に少し後退りする様にして身構えると、腰道具から刀身の短いナイフを抜き取り身構えた。


 若干膠着するように二人は睨み合うが、出雲は不意に口角を緩めると右目を閉じる。


「ふんっ。わりーな、俺は――」


 出雲は鼻から息を抜くようにして短く笑い声を上げた。


えーけどなッ!!!!」


 自身の強さを誇示するように言い放った出雲の声が地下道に響く。

 戦闘開始を意味する出雲の突き出された左手に、女は傑作と言わんばかりに自身の両目を右手で覆うと小さく笑い声を上げた。


「ハッ、カカッ。威勢だけは誉めてやんよ」


「黙れクソ女。吠え面かかせてやるよ」


 女は両目を覆っていた手の指先を開くと、隙間から覗く金色に輝く瞳を出雲に見せつけた。


「まあ、エレクトリカもハイブリッドも、る事には変わんねーんだ。…2人まとめて――」


 女は独り言のようにボソボソと呟いた後、片方の口角を引き攣らせたように上げ、出雲を睨み付けた。


「――あの世に、送ってやんよ」


 女は首を傾けると出雲に不気味に微笑むのだった。

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