第4話 Sweeping Up Operations

 朝7時50分


 まだ、朝の早い時間。

 晴れ渡る晴空の下を出雲ともう1人、男が肩を並べ防壁の第1ゲートに向かって歩いて行く。


 出雲と会話する男は色素の薄い中性的で異様に整った顔立ちを出雲に向けると、出雲より高い身長と甘いマスクから放たれる白い歯を光らせるのだった。

 その人物は外見で判断すると誰が見てもイケメンという部類に入る事は間違いない人物だった。


 ―――Re:write―――


 ゲート付近の喫煙場所につくと出雲は煙草にライターで火をつけ深く煙を吸い込むと、不満そうな顔つきで隣にいる男に顔を合わせるのだった。


布志名ふしなはなんであの時、はかなを助けに来なかったの?」


 出雲の何とも言えない情けなく眉を垂らした表情に布志名と呼ばれた男は若干苦笑いするように眉を垂らした。


「何だよ、その顔。――実際こっちも大変だったんだよ。でも――」


 布志名は出雲に言葉を返すが、なにやら、時折堪えられないと言わんばかりに笑い声を漏らし始める。


「――ふふっ、お前の所。ふッ、凄いことになった、フフッ、見たいだけど。フハッ。ごめん。ははは―――」


 布志名は速報で回ってきた出雲のバイブロ倒壊事件を思い出すと遂には耐えきれなくなったと言わんばかりに顔を破顔させると大きく笑い声を上げたのだった。



『バイブロハンマーにて建造物を破壊及び人身落下災害』


 先般出雲が引き起こしたバイブロハンマー倒壊事件は各方面に速報で流れており、アルファベットでSと書かれた被災者名も、見れば出雲の事だと誰もが認識できる程だったのであった。



 布志名は暫く堪えられなくなった笑い声を上げた後、若干瞳に涙を浮かばせたように指先で拭うと出雲に再び顔を合わせるのだった。


「ははっ――由里香ちゃんに相当怒られたらしいな。辺り一帯バイブロで破壊するとかどうやったらできるんだよ? 北浦さんもお前のいい加減な報告に相当怒ってたからな」


 出雲は不貞腐れたようにして視線を反らすと若干顎を尖らせる。


「始末書書きました。始末書。もう、いっぱい書いた」


「そ、それはそうだろ。あれだけ盛大に壊してるんだからさ。お前の事だからダイナマイトでも使ったのかと思ったよ。フハハっ」


「ははっー、面白くねーからな! ――まあ、俺のバイブロはダイナマイト級だからしょうがねーし。全然気にしてねー上に隙あらば使うからな!!」


 出雲が左手を高々と掲げバイブロハンマーを左手にセッティングしていることを誇らしげに布志名に見せつけると、布志名は半ば呆れた様子で見つめると乾いた笑い声を上げるのだった。


「…全然反省してないな、お前。…まあ、言い方は悪いけど、その方が俺は気が楽だよ」


 布志名は出雲に言葉を返すと、目尻を下げ優しく微笑むのだった。

 見る者を魅了できそうな程に爽やかな笑顔を向けてくる布志名を出雲は真顔で見つめるのだった。


「あれだな、お前。『イケメンですが。何か?』見たいなタイトルで、ラノベ書けそうだよな?」


「なんだよ、それ? 小説書くならお前の方が絶対面白いだろ。――タイトルは…うーん、なんだろ?」


 布志名は腕を組み考え込むように視線を上に向ける。

 考えるような素振りを見せた布志名に出雲は斜めに傾けた顔を合わせ口を開く。


「『ババババイブロ』とかで良いよ」


「ふっはははは―――。『ババババイブロ』って。ごめん、ははっ。つ、ツボにハマった。ははは――」


 布志名は出雲の発言がツボにハマったらしく暫く身を捩るようにして笑い声を上げるが、出雲はその光景を不思議そうな顔つきで首を捻りながら見つめていたのだった。


「別に面白く無いからな。お前のツボ、いまいちわかんねーよ…」


―――Re:write―――


 出雲と布志名は他愛ない会話をしながら第1ゲートの前まで歩いていくと、既に先般の対策会議に出ていた面々が顔を揃え、出雲達を待ち構えるようにタバコを吸っていた。


 宍道は編み込んだ長い左のもみ上げを揺らしながら歩いてくる出雲に気づくと手を挙げ合図する。

 布志名も宍道の合図に気づくと手を振りながら近づき、集まっているメンバーに軽く会釈したのだった。


「お久しぶりです、みなさん。今日もよろしくお願いします」


 皆に言葉を掛け、再度頭を下げた布志名に宍道は人差し指と中指を重ね上に挙げると左目でウインクするのだった。


「お久しぶりっす布志名さん。――あと隣の人も、お疲れさんです」


「あぁ?! お前、売っとるんか?!」


 出雲が口に咥えていた煙草を即座に右手で掴むと指先で弾き飛ばす様に宍道に投げつけると、宍道は飛んできた煙草を身を捩りながら回避するのだった。


「あっぶねーな。――もー、ごめん、ごめんって出雲君」


「あんま調子乗んなよ宍道! ――それに、なんでみんな布志名だけ『さん』づけなんだよ。…もう俺の事、今度からキング出雲って呼べ! エンペラーでも可」


 出雲の言葉に場が静まり返り返答がないまま暫く時間が経過するが、宍道は若干噴き出しそうになると出雲から顔を反らすのだった。


「――既に馬鹿だったらついてんじゃん。現に『みるちゃん』とか冠詞かんしでそう呼んでるし、ほんと馬鹿www」


「あぁん?!」


 宍道は口元を手で覆いボソボソ小声で呟くのだが、聞こえてしまったのか、小馬鹿にした顔つきで分かったのかは分からないが、出雲は不機嫌に口を曲げ、尖らせた瞳で睨んだ後、宍道の目の前まで行き軽く頭を小突くのだった。


「武器の稼働テストして点検シートにもきちんと記録つけとけよ」


「わかってるって! そんなの基本じゃん。――もう聞こえたかと思ったじゃん…」


「なにぃ?!」


「なんっも言ってないって!」


 宍道は焦ったのか腕で額を拭うと厚めのシートを地面に広げ始めた。

 その後、皆もシートの上に今回使用する武器や機材を綺麗に並べ始めると、各々が最終確認と言わんばかりに動作確認を行うのだった。

 宍道は自身の使用する道具を確認しながら、皆の様子も気にする様に視線を向けると時折声掛けを行うのだった。

 

 出雲は少しだけ布志名と会話し、その後全体を見回すと宍道に顔を合わせたのだった。


「宍道。お前、針刺した?」


 出雲に声を掛けられると、宍道は頷き地面に置いてあったクーラーボックスのような物から極小の採血管容器を取り出すのだった。


「バッチリ。先に渡しときますね」


 そう言うと穴道は極少量の血液の入った容器を数本、出雲に手渡す。

 出雲は容器を受け取ると確認するように一つ一つ見た後、宍道に怪訝な面持ちで顔を合わせたのだった。


「お前一人に任すと心配なんだよな…。――因子チェック、俺も確認するからな…」


「信用ないなー。――まあ、ダブルチェックは基本だからね。お願いします」


 出雲は宍道に言葉を返した後、採血容器を小型のモニターの付いた機器に一つ一つ丁寧に設置すると、慣れた手つきで操作する。そして、瞬時にでてくるデータを確認しながら保存していくのだった。

 

 宍道達は出雲が確認する間、今回使用する道具を運び出したり、自分に身に着ける工具や武器を安全帯の腰袋等にセットするのだった。

 

 布志名は周りの様子を確認しながらも今回の作戦で使用する資料や地図などを掲示板に設置すると、出雲から渡されていたデータを見ながら重要ポイント等をマーカーで強調していたのであった。

 

 暫く各自が準備を行っていたが、出雲は皆の血液チェックが終わると布志名を呼び寄せ少し打合せするように話した後、皆に声を掛けるのだった。


「――よっしゃ! ――みんな集まれ! 朝礼やんぞ!!」


 出雲の大きな声と手招きするような合図を見て、皆が出雲の周りに集まってくるのだった。


「うし!! はじめに体調確認すんぞ」


 出雲はチームメンバーを見渡しながら名前を点呼し始める。


「布志名、 体調は?」 

「いいよ」

「風俗は?」

「ふ、風俗?! …う、うん。先週行ったけど…」

「良かったねっ!! 次――」

「何で怒んの? お前…」


「宍道!」

「元気、元気すぎ。頭から果実とか生えそう――」

「――あっそ!! ドクツルタケでも生やしとけよっ!! 次―― 」

「なんだよ、それ…」


「禿げ!」

「禿げじゃないし! これ、剃ってるし!」

「じゃあ和尚さん、いや、蟹坊主?! いや、ぬっぺふほふの方が――」

「――もう、いいよ。体調は良いです」


「――次はーー、エロゲ星人」

「ばっちりっす。昨日もやりました」

「何をですか?」

「ナニですね」

「………」 「………」

「はい! 元気!! 次――」


 若干ふざける様にして体調確認していく出雲だったが、八雲の順番になると真剣に瞳を尖らせながらも口角は優しく緩めた顔になると微笑した顔を合わせたのだった。


「八雲君は初めてだから布志名の指示に従って分からない事は必ず聞く事。いいね?」

「は、はい」

「年上とか、役が付いてるとか気にしないように。――みんなチームだからね」

「は、はい!」

「気負ってもいいけど、気は抜かないで。緊張するのは当たり前だし、怖いと思うけど――」

 

 出雲は八雲以外のメンバーを見渡した後、八雲に顔を合わせた。


「――ここにいるメンバーなら必ずフォローできるから安心して」


 出雲の声を聞き、八雲が周囲を見渡すと各々が親指を立てたり、腕を上げたり、微笑んで合図してくれるのだった。出雲も皆のリアクションを見て両手の親指を頭上に掲げた後、再び八雲に顔を合わせた。


「任せろってさ。――うん、体調は?」

「は、はい! 元気です!」


 八雲の肩を軽く叩いた後、出雲は最後の体調確認する人物に顔を合わせる。そして、暫く無表情でお互い見つめ合った後、出雲は口を開くのだった。


「津和野さんは酒が残っているのでアルコールチェックした後、最寄りの警察所まで行ってください。 以上!!」

「ひっ! 人聞きの悪い事言うな!! 残ってねーよ!」


 出雲は津和野に意地悪そうに微笑んだ後、皆の体調確認欄にチェックをつけたのだった。


「みんな大丈夫そうだな」


 皆に声を掛けた後、出雲は何故か項垂れる様に地面を向く。


「いいなーみんな…。俺は連日連夜の業務に追われ若干ヘラってるのに…、会社に不平等宣言とか提出してやろうかなー。もう、グループチャットに『あなたは幸せですか?』って書きこんで、もし幸せって書いたら、藁人形貰って地獄に流してもら――」

「――もう、うるせーな! そんな嫌がらせする位なら元気じゃん!! ちゃちゃっと進行してよ!!」 


 出雲の大きな独り言に皆が苦笑いする中、宍道は耐えられなくなったのか大きな声で突っ込むのだった。


「ははっ。苦情が出たから進めっか。――みんな! 因子チェックは問題なしだからね」


 出雲は先程行った血液検査の結果を報告すると、宍道は何故だか得意げに自身の両腕を上に挙げると、両手の親指で自分を指し示すのだった。


「エブリシングオーケー!」


「意味わからん英語使うな!! 帰れ! もしくは閉じろ!!」


「閉じろって、なんだよ…」


 出雲は剣幕な顔つきで宍道に手で「あっちへ行け」と合図した後、掲示物の前に移動すると両手を鳴らし合図する。そして、1枚の大きな地図を指差すのだった。


「今日はここ『G30区』から2班に分かれて行動。―――ルートはこんな感じかな。いつも通りGPSナビとオペの指示に従って動くように」


「「はい」」 「Ok」 「了解」


「布志名 、八雲、津和野さんがA班、班長は布志名。――八雲君の事よろしく頼む」


「わかった」


 布志名は「了解した」と出雲に頷くと、出雲も短く一度コクっと頷き返す。


「さっき名前呼ばれてないのがB班、班長は宍道」


「りょーーかい」


「俺が統括指揮。遊撃とサポートも兼ねる。そういう風な感じでいくから」


「出雲君遊撃とか怖すぎるでしょ! ――ホラーかなー?」


 宍道の軽口を聞こえたのか出雲は宍道に顔を合わせる。そして、自身の左腕に装着しているバイブロの骨組みを無言でガチャガチャと握り込むのだった。

 出雲の威嚇するような仕草に、寒気を感じた宍道は高速で首を横に振ると両手を左右に振り続ける。


「宍道。バイブロ痛いらしいぞ」


「い、痛いじゃ、すまないよ!! 死ぬ、死ぬ!」


 出雲は宍道に意地悪そうに口角を歪めた笑顔を見せたのだった。


 ♢


 その後も出雲から作業内容や危険ポイントなどの説明は続く。

 倒壊する可能性が高い場所。

 武器の使用制限がある個所。

 緊急時の対応方法etcエトセトラ――

 的確な指示はまだ続いたが危険予知を済ませた後、出雲は最終指示をする様に皆に声を掛けるのだった。


「25区まではこのルートで各班進む。時間的に一度27区ゲート付近で合流することになると思う。昼食後にまた散開。って感じかな?」


「はい」


「ハイブリッド討伐は各班で対応を頼む事になるけど、オペと連携してと感じる前に応援要請は早めに出す事! すぐ、俺なり、誰かがサポートするから!! 後は『』について!!」


 出雲は右肩の肩紐を外し、十字マークの付いた小さなバックの中からアンプルを取り出す。そして、取り出したアンプルを皆に分かるように右手で掲げるのだった。


「新人がいるから説明する! このアンプルがハイブリッド因子の抑制剤だ! 宍道と布志名にも余分に渡してあるけど、『なりかけ』に使用する特効薬だ!!」


 出雲の声に皆が頷くと、出雲は言葉を続ける。


「『なりかけ』を見かけたら、まずは報告!! 俺も直ぐに駆けつけるようにするけど…、まずは出来るだけ優しく話しかけて、自分たちは助けに来た事を強調してくれ!!」


 出雲の呼びかけに皆が頷く中、宍道は反論するように首を傾けると多少尖った視線を返すのだった。


「でも、出雲くん。『なりかけ』はがいるから、基本逃げるからね…」


 宍道の言葉を聞き、出雲も頷くと視線を尖らせた不機嫌な顔で小さく舌打ちしたのだった。


「まあな。そりゃ逃げ出したくなるだろう。――平気で殺す奴がいるんだから」


「…すね」


「――だから!! 俺達で保護する!! 手荒になるけど逃げるようなら拘束具を使っても良い! 俺達が保護さえできれば、後は医療班にお任せできるからな!!」


「「了解!!」」 「「はい!!」」


 出雲の力強い声に、皆も応えるように頷く。


「みんな頼むぞ! ――」


 出雲は間を空けるように息を吸い込むと、大きく口を開く。


「――ヨシ!! 瞬時判断! 即展開!!」


「「了解! 瞬時判断! 即展開!!」」


 出雲が大声で言い放った決まり文句の様な言葉に皆が続くように復唱する。

 出雲は皆を確認し頷いた後、スマホを取り出し、作業開始を告げる連絡をかけたのだった。


「出雲です。――お疲れ様です。――現時刻8時30分。10分後にG3地区の掃討、救出作戦を開始します! ――了解! ご安全に!!」

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